突然の訪問者
今日の試合に勝てば、明日は準決勝と決勝だとカオルは張り切っていた。
「でも。100%無理だけど・・・」とも。
昨日と同じように会社の人と一緒に観客席に座っていると
すぐ近くに例の女の人が座っていた。
たまにこっちを見ているようだったが、話すことも無いし
たぶんあたしのことは嫌ってるだろうから見て見ないフリをした。
祐子さんが隣に座り
「お!勝利の女神がきたから今日も勝っちゃうかな〜」と張り切っていた。
祐子さんの格好を見ると選手と同じユニフォームを着ているのが目に入り、
「それ同じなんですね?作ったんですか?」と聞くと
「あら。2枚あるのよコレ。私の彼氏も出てるの。キーパーで」
背中には<MOTHIZUKI>と書いてあった。
「望月さんていうんですか?」
「そう。日本代表を見てサッカーファンになった超ニワカね」
周りには同じようなユニフォームを着た人達が沢山いてすぐにカオルの会社の
応援だと分かる固まりになったいた。
「結構みんな着てるんですね?みんななにか関係あるんですか?」
「そうねぇ。うちの会社、社内恋愛OKだからね」
(結構・・・オープンな会社なんだ。うちの会社もだけど・・・)
しばらくしてアップしていたカオルが隣に座り
「さて。今日の報酬はどうすっかな〜」とニコニコしていた。
「今日は昨日より条件厳しく勝つの前提でハットトリック決めたらね」
「それは、、、無理だろ?俺昨日は10試合ぶりのゴールよ?」
「じゃぁ、、今日は報酬無しだね。残念〜!
すっごいイイの考えてたんだけどな〜 あ〜残念!」
「なに?それだけ教えて!」
「だーめ。後の楽しみ・・・ふっふっふ・・・」
そのやり取りを見て祐子さんが
「矢吹君てそんなに話す人だったのね?全然知らなかったわ」
カオルを見ながら不思議そうに言った。
「え?そうですか?いつもこうだよな?」
「うん。こんな感じですよ」
「じゃあ!俺今日はハットトリック決めますよぉ!
そしたら水曜日は早退させてくださいねぇー!」と意気込んでいた。
「そんなことできたら水曜は休んでいいわよ?」とアッサリ言われていた。
それも(絶対無理!)と言わんばかりの速さで。
それからグランドに戻る時にユニフォームを手渡し、
「これ着て応援よろしくぅ!」と元気に走っていった。
「あんな矢吹君・・・初めて見た・・・・」
「あんな感じです・・・いつも・・・」
そう言いながら走り去るカオルを二人で見ていた。
ユニフォームを広げると<KAORU>と書いていた。
それを着て前を向くと、やはりあの人がこっちを見ていた。
(こわっ・・・・・)
「祐子さん。あの人、、、すっごい見てるんですけど・・・」
「あぁ。気にしなくていいわよ。矢吹君にふられる前は不倫とか
していて会社では男癖が悪くて有名なの。
まぁ、、、ちょっとしたことあったんだけどね・・・
あ!でも変なことじゃないのよ?まぁ、、変なこととも言うか・・
でも二人の間に恋愛がどーこーなんて無いと思うわよ?」
そう言って彼女のほうをチラッと見た。
祐子さんの視線を感じてその人は慌てて前を向いた。
そんな祐子さんの言葉がちょっと気になった。
「ちょっとしたこと」ってなんだろう?
けどそれを聞くほど祐子さんとは親しくないし、
また聞かなければよかったと思うことなら嫌なので黙っていた。
試合が開始して15分。
相手が弱いのかカオルの調子がいいのか、あっさりとゴールが決まった。
祐子さんは喜びすぎて持っていたジュースを勢いよく振り上げ、周囲の人に迷惑をかけていた。
案の定、隣にいたあたしもその被害にあった・・・
そして前半終了間際に相手のファールでPKをもらいそこでも一点決めた。
こんなに優位な展開はそう無いらしく、
応援席は大騒ぎになり、知らない人までカオルのユニフォームを
着ているあたしに握手をもとめに来る人がいたくらいだった。
ハーフタイムにタオルで汗を拭きながらカオルが隣にきて
「俺、、、今日すっげぇカッコイイ〜」と言いながら座った。
「ほんと!今日いいわよ!矢吹君!」と祐子さんは絶賛してカオルの上でタオルを振り扇いであげた。
「まゆ!ユニフォーム交換してもらっていい?
こっちは汗かいてるから着なくていいからさ」
そう言ってユニフォームを脱いだ。
途端に後ろに座っていた人達の視線がカオルの背中に集中した。
「え?なに?」とカオルが言うとみんな目をそらし
「いや、、なんでもない、、後半も頑張れよ」と言って違う方向を見た。
「なんだろ?」と言ったカオルを見て思い出した。
まだ背中にはシッカリと爪の痕が残っていた。
慌ててユニフォームを脱いでカオルの頭に被せた。
祐子さんは
「軽くなったぶん動きがいいのね!よしもう一点だ!」とカオルの背中を思い切り叩いた。
「了解!」と言いながら背中の痛さに悶えていた。
カオルは意味が分かっていないのか笑顔でそう答え、あたしに向かって
「あと一点だぞ?忘れるなよぉ!」と言ってグランドに消えていった。
消えたいのはこっちだと心底思った・・・・
「見えないけど、、、まゆちゃん激しいのね・・・」
祐子さんは横目でニヤついた。
ほんとに消えたい・・・・
後半戦が始まり、前半にはない苦戦が繰り広げられ、
いつの間にか同点に追い上げられた。
「やっぱりうちのチームはこんなもんなのねぇ・・・」
祐子さんは諦めかけていた。なるほど見ていてそう思った。
半分以上の人はもう足がついていっていなかったし、中には足をツル人まで出ていた。
相手チームも同じようなかんじで両方のチームがヘロヘロになって走っていた。
足がもつれて転ぶ人もいて、ウマい具合にそれが原因でボールがコーナーをわりフリーキックになった。
「こんなのありえないわよね・・・・」
呆れて祐子さんが言った。
まったく期待しないで見ていると、ありえないことにカオルのヘッドでゴールが決まった。
「本当にハットトリックしちゃった・・・・矢吹君・・・」祐子さんが放心状態で呟いた。
また応援席が盛り上がりそのまま試合は終了した。
それはもう大騒ぎになり、まだ2回戦目なのに胴上げまでしていた。
今回の相手が優勝候補だったこともあり、
「これは優勝しちゃうんじゃない??」とみんな口々に盛り上がっていた。
カオルが席に来ると祐子さんは
「もう凄いじゃなーい!矢吹君!!!明日も頼むわよ!
水曜なんか休んじゃっていいから!優勝したら10連休あげる!」と興奮していた。
「祐子さんてそんなに力あるの?連休くれちゃうくらい?」
「ある・・・かな?俺の上司だから・・・部長だし」
「えぇー!部長なの?」
そしてあたしの手を握り
「まゆちゃん!貴女絶対勝利の女神よ!明日も絶対きてね!」と言い最後に抱きついて頼まれた。
「あ・・はい・・・わかりました」と弱く愛想笑いをした。
「矢吹君!今日は明日に支障が無い程度にしとくのよ?
腰砕けなら許さないから!」
と言ってカオルの腰を叩き気分良く去っていった。
さすがに疲れたのか、カオルは家に着くと足が痛いといって床に横になり
「俺も若くねぇなぁ・・・」と言ってグッタリした。
あれだけ二日続けて走りまわれば確かに疲れるよね・・・
「カオル、お風呂入ってきて。出てきたらマッサージしてあげる」
「え?どこを?」
「・・・・・疲れていても、そっちのことか・・」
「あ?違うの?でも足痛いからそうしてもらう・・・」
そう言って足を引きずりながら浴室に入った。
出てきたカオルはよっぽど疲れたのか、ベットに横になるとすぐに眠ってしまった。
触った足はパンパンになっていた。
カオルの足を張りが取れるまで時間をかけてマッサージしながら寝顔を見ていると
満足そうな顔で少し笑っているようにも見えた。
(よかったね・・。勝てて)
その間もカオルは死んだように寝ていた。
1時間ほどして、少し足の張りが和らいだあたりで
一旦止め、食事を作ってカオルが起きるのを待った。
起こすのは可哀相だと思って、下でTVを見ているとインターホンが鳴った。
玄関に行くとドアの向こうに例の彼女が立っていた。
その姿を見て開けるべきか迷ったが、電気がついているのに居留守は使えないと思いドアを開けた。
「あ・・・・こんばんわ」
そう言っても彼女は挨拶もしないで
「矢吹君いる?」とだけ言った。
「いま、疲れて寝てますが?」
「起こしてきてくれる?」
その態度にムカッときた。
人が下手にでて挨拶したのに、その言い方かい!と思った。
「疲れてるみたいだから寝かせてあげたいんですけど?」
「ちょっと用事があるの個人的な!」
その声にカオルが目を覚まして降りてきた。
そして玄関の彼女を見て驚いていた。
「池田さん・・・・なんでここにいるの?なにしてるの?」
驚いたようにカオルは彼女にそう聞いた。
「ちょっと外で話せない?」
そう言ってカオルのことを睨んだ。
「いや、、、外って。この場で外なんか行ったら
誤解を招くでしょ?なにかあるならここで言ってくれない?」
「私、貴方が別れろって言うから彼と別れたのよ?
なのにこの人なんなの?」
「いや、、、別れろって言ったのは池田さん不倫してるからでしょ?
それに「別れたほうがいいんじゃないですか?」って言っただけで
俺は「別れろ」とは言ってないよ?
別に池田さんのことどうこうしようと思ってないし?」
「なにそれ?この前と言うことが違うじゃない!」
なんだか彼女の迫力とは逆なボケェ〜としたカオルの反応に
ただただ驚いてその光景を見ていた。
真ん中に挟まれて、動くに動けないポジションだった。
カオルを見るとまだ寝ぼけたように目を擦っているし、
彼女を見ると物凄い目つきでカオルを睨んでいるし。
「あのさ。誤解してたら困るからハッキリ言うけど、
俺は池田さんには興味無いから。彼女の前で言っておかないとさ。
それに誤解されたら俺、捨てられちゃうの」
「酷い!矢吹君最低ね!!」
そう言って池田さんは思い切りドアを閉め帰っていった。
「変な女だなぁ・・・・」とポツリとカオルは呟き部屋に入った。
なんとなく心配になった。
いくら祐子さんが池田さんのことを悪くいったとしても、
本当に彼女の誤解なんだろうか?
誤解であそこまで乗り込んできて怒るだろうか?
それとも本当にカオルがなにかしたとか?
それにしてはカオルが冷たすぎる。
本当は冷たい人なんだろうか?
そんなことを考えて玄関に立っていたら
「まゆまでなにしてんの?」と普通の顔で言われた。
「あ・・・ううん・・・・」
「あ。もうこんな時間か。飯待っててくれたの?起こしてくれたら
よかったのに。ごめんな」
と言いご飯をよそってくれた。
「ビックリした?」TVを見ながらカオルが言った。
「うん・・・」
「でも俺が言ったこと本当だから」そう言って目はTVから 動かなかった。
なにも言わずに黙ってご飯を食べた。
その姿を見てカオルは、
「もしかして疑ってる?」と聞いた。
「いや、、、あんなに怒ってるから、、なにかあったのかなって」
「なにかって?」
「よくわからないけど・・・」
「俺って信用無いんだな・・・・」
そう言ってカオルは食事を終え二階にあがっていった。
信用してるとかしてないじゃなくて、あんな場面をいきなり
見せられたら驚くだろが!と思ったがなにも言えなかった。
食事の後片付けをして二階にあがるとカオルは寝ていた。
そのまま隣に入って寝る気になれずに下に降りて
パソコンのスイッチをつけて、部屋にいってみた。
HNはちゃんとRioにして・・・・・
部屋に入ると人が沢山いた。
みんなが気軽に挨拶をしてくれたのを見てポロッと涙が出た。
この涙がなぜ出たのかわからなかった。
<ヤス> 「お?今日はリオで来たな?カオルは?」
<ハヤ> 「聞いたぞ?カオルのとこにいるんだって?」
<ミライ> 「言ってくれたら一緒に行ったのにー」
次々に出される文字に答えることができずにただ黙って涙を拭いていた。
しばらくすると二階からカオルが降りてきた。
「足、かなり楽になったよ・・・ありがと」
そう言って隣に座った。
そして泣いているのを見て慌てていた。
「な、、なんで泣いてるの?俺、本当になにもしてないんだよ?
ちょっと、、、泣くなよ?な?俺の言い方が悪かった?」
そう言ってアワアワしているカオルに何も言えなくて黙っていた。
画面のにはみんなが
<レナ> 「リオどうしたん?」
<ヒデ> 「まさかなにかしてるとか?」
<ヤス> 「実はカオルとか?」
そんな文字が出ていた。
「俺のこと信用できなくて泣いてるの?」
そう言ったカオルに「ううん・・・」と首を振り涙を拭いた。
「違うの、、、ちょっと驚いただけ。でも、あんなに怒ってるから
もしかしたらカオルがなにかしたのかなって・・・
違うって言ってるのに、、あたし疑ってたの、、、
祐子さんも、、、気にするなって言ったのに、、、、
ごめ、、、、ん、、、、信じてない訳じゃないの、、、、」
そう言い終わる前にまた涙が出て話せなくなった。
「ごめん。そうだよな。驚くよな。
あの人いつもそうなんだ。一人で勘違いして怒るんだよ。
俺、もう慣れたけど、、まゆはそうだよな。ビックリするよな」
そう言って頭を撫でた。
「大丈夫だから。ごめんね・・・・」
そう言って涙を拭いていた。
「あのさ、、これ一回中断したほうがいいよ」
そう言いながらカオルは画面を見ていた。
そう言われて画面を見ると(喧嘩してるんじゃないか?)とか
(いや!ヤッってんだよ!)とかワーワーと文字が早送りのように流れていた。
<リオ> 「ごめん。なんでもないの。ちょっと買い物してくる」
と出し、電源を落とした。
「やっぱりナンパの話なんか聞かなきゃよかった・・・」
いきなりそんな話を振られるとは思っていなかったのかカオルは
「えぇー!そこまで話戻すのぉ?」と驚いた顔をした。
「戻す訳じゃないけど、そんなの聞いちゃって、ちょっと
この人軽いんだなって思ったとこにさっきのアレで・・・
で、どっちが本当なのかわからなくなって」
「俺、本当になにも隠してないからさ。そりゃ、前に会社の人達で
遊んだ時、みんなで家に来て、その中に池田さんもいたりしたけど、
それくらいだよ?個人的に家に呼んだこともないし。これからも絶対無い」
なんて答えていいかわからず黙っていた。
確かにもしも少しでもあの人に気があるなら、
きっと今回もあたしを誘うことは無かったと思った。
会社の人にも紹介してくれるなんてことも無いだろうし。
「うん。わかった・・・・ごめんね」
「もう誤解してない?大丈夫?」
「うん・・・・」
そう言ってもすぐには元通りのテンションにはなれず、
どことなくお互い無口だった。
「足・・・・どう?少しはよくなった?」
「え?うん。すごく軽くなったよ。ありがとな」
「ううん。まだ痛いならもう少しする?」
「いいの?」
「うん。いいよ。明日も試合あるんだし、頑張ってもらわないと」
そう言って二人で二階にあがった。
本当のところはまだちょっと引っかかっていた。
あたしの知らないカオルがいるような気がしてならなかった。
好きになればなるほどだんだん欲がでてきている。
最初は逢えたことだけで嬉しかったのに、それに満足してくると
もっと自分だけを見て、もっと大事にしてほしいとも思った。
今、大事にしてもらっていることは十分わかっているつもりだけど、
ほんの少しでも心配なことがでてくると、
どんどん悪いほうに考えてカオルのすべてを知りたくなった。
きっと今カオルはあたしに本当のことを
すべて言っているのかもしれないのに
それでも心の底ではほんの少しだけカオルのことを疑っていた。
うつ伏せに寝たカオルの足をマッサージしながら
(もっと信じてあげないと・・)そう思いながらカオルの背中を見た。
「まゆ・・・・」
「ん?・・・・」
「本当に大丈夫?」
「・・・・・・・」
「俺もさ・・・・」
そう言ってカオルは顔を伏せたまま話始めた。
「いつも不安なんだ。なにかあってもすぐには側に行けないだろ?
休みの日とかなにしてるのかなぁ・・とか思うと、
そのうちどんどん変なこと考えて
(もしかしたら今ごろ誰かと一緒だったりして)とかさ、、、
その、、誰かに抱かれているまゆとか想像したりとかさ、、、
それもたったあの4日しか過ごしてない、
この一ヶ月の間、そんなことばかり考えてさ。かっこ悪いよな。俺」
きっと二人はお互いのことを同じように想っていたんだと感じた。
あたしもそんなこと考えたことがあった。
何度となく一人の時に初めての夜のカオルを思い浮かべた。
(他の人にもアノ時と同じようにスルのかな・・・)そんなことを考えた。
「好きになればなるほど、心配になっちゃうの。ごめんね」
そう言うとカオルも起き上がり
「本当だな。でも、今のとこはそんな心配いらないからさ。な?」
そう言って優しく抱きしめてくれた。
人の気持ちや考えは覗くことができない。
だから相手のことを信じることでしか、
それはクリアできないものだったりする。
もしもカオルに裏の顔があっても、今はわからない。
きっとカオルもそう思っているかもしれない。
その日、カオルはあたしが眠るまで黙って髪を撫でていた。
あたしは子供のようにカオルの胸に蹲って眠った。
この瞬間が永遠になればいいのに・・・・
そうおもいながら眠った。