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金曜日、社長に急な出張や接待はなかったらしい。ただ、残業はあるらしく、昼どきに営業フロアに現れた久林さんから外での待ち合わせを提案された。
「忙しいなら別に今日じゃなくても」
「私は知りたいことは早めに知りたいクチなので」
「知りたいこと?へー、そんなことあったんだ」
「黒田さんはとぼけるとき、鼻がひくつくんですよ。わかりやすくてなによりです」
「そんなわけあるかいっ!!」
思わず鼻をおさえた私を見た久林さんは口元が少しゆるんでいる…この失礼言動無表情メガネ!!!
「私しか気づいてないのですからいいじゃないですか。そうそう社長からこのようなものをいただきました」
そういって私の目の前にひらりと見せたものは某外資系高級ホテルで行われているデザートビュッフェの特別招待券が2枚。
「こ、これは…平日でも2時間待ちはザラで週末は完全予約制なのに予約困難なやつじゃ」
「ええ。社長が取引先からいただきまして、私に譲ってくれたんですよ。来週の土曜日なのですが、一緒にいかがですか?」
「行く!!」
「…黒田さん、すごい美味なチョコをあげるといわれても知らない人についていかないでくださいね」
「…久林さん、私29歳だから」
「…ああ失礼しました。それではこちらのチケットは今日の夜にお渡ししますから」
「えー。いまでもいいじゃん」
「なに言ってるんですか。これに対しての対価は私の知りたいことですよ」
私は心のなかで失礼言動無表情メガネに悪魔をつけくわえた。
久林さんと入った居酒屋は営業の新年会で使ったところだった。
「黒田さんはお酒は弱いですが、居酒屋がお好きだと聞いてます。ここ、焼き鳥がおいしいそうですね」
「その情報、誰から…もしかして梅岡課長?」
頭に浮かんだのは、うちの梅岡課長。そういえば久林さんと結構親しいと聞いたことがある。年齢も同じ32歳。でも課長のほうが2年先輩なんだよねー。
「梅岡君は私と高校時代の同級生でして、率先していろいろ協力してくれるんですよ。持つべきはいい友人です」
課長!!いや梅岡!!あんたいったい何やらかしたんだ!!失礼発言無表情悪魔メガネが無表情ながら非常に悪い顔をしている!!
たとえお酒に弱くても、巨峰サワー1杯くらいなら大丈夫だ。それにしても上品な美形の久林さんと焼き鳥の評判な居酒屋って、なんかすずめの群れに白鳥が来ちゃったよ的な違和感があるのは気のせいでしょうか。
彼が予約していた部屋は個室だったので、その違和感を味わうのが私だけというのがまた。
「ところで黒田さん。お約束の招待券の対価は忘れてないですよね」
「えー、なんだっけ」
「鼻がひくついてますよ。一時の恥と入手困難の招待券、どっちを取るんですか?」
黒田さんなら招待券ですよねえというその悟った表情はやめろ(無表情だがなんとなく分かる)。悔しいことに、彼の予想は当たっているのだ…。
「…久林さんのあの煩悩発言は私にはセフレ申し込みとしか思えなかったよ」
「私はそういうおつきあいをするタイプに見えたのでしょうか。悲しいです」
「ごめんっ。でもあの言われ方だとそうとしか思えなくて」
「私がそういうお付き合いをするとしたら、現地集合のうえ目的達成後は現地解散です」
「少しは情緒ってもんがないのか」
「情緒?そんな関係に必要ありませんよ。それに黒田さんには現地集合現地解散なんてことはしません。私に口説かれてみませんか」
私、変だぞ。久林さんがかわいく見えてきた。
「…なんか、久林さんがすごくかわいくみえる。無表情なのに、不思議」
「なんですか、それ」
ちょっと困っているような彼をみて、私はますますかわいく見えてしまう。
「わかった、口説かれてあげるよ。でもちゃんと気持ちを込めてよね」
「私はいつだって黒田さんに気持ちを込めていますけどね。このあとの時間も私とすごすのは嫌ですか?」
嫌じゃないから、私はそっとうなずいてみた。




