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「く~ろ~だせんぱいいいい~。本当に久林さんとお付き合いしてないんですか」
「その地を這うような声はどっから出てくるのよ。それにしても暇な会社よね。噂より仕事しないさいよ、仕事」
「仕事もしますけどねっ、営業フロアで一番信頼されている営業事務とクールで知的と言われている社長秘書の恋の行方が皆気になっているんですよお~」
一番信頼されている営業事務ってのには一瞬おおおと絆されそうになってしまったが、恋の行方ってなんですか。
私と久林さんは単に美味しいBean to Barの専門店を食べ歩いているだけだ。単に美味しいチョコを食べたいだけの私と違い、彼は心底チョコを愛していてカカオ豆の種類にも詳しいし有名ショコラティエの店のチェックは私よりすごい。
そのうち、カカオの苗とかも買ってしまうんじゃないかと言ったら“育てるには温室が必要不可欠なのが残念です”と言っていた…栽培しようと思っていたのか。あ、でも一緒に食べ歩いているうちに彼の無表情にはそれなりに表情があることが何となく分かってきたのは収穫だ。
彼のチョコ好きは会社の人間には知られていないらしく、また本人も公表していないので私が広めることではない。第一、大切なチョコ仲間を肉食猛禽類系に売り渡すような真似をしたら呪われそうだし。
とはいえチョコの食べ歩きがデートだと言われてしまうなんて……でも噂にさらされているのは私だけというこの不公平はちょっと面白くない。
このチョコレートショップに併設されているカフェに行くといつもなぜかカップルシートに通される。
「久林さんはいいよね。社長秘書だから誰にもつっこまれないでさ」
「何ですか突然。何か会社であったんですか?」
「あったというか、私と久林さんがつきあってるって噂があるの。一緒にチョコ食べてるだけなのにさあ…うわ、このガトーショコラ濃厚だね」
「コクのある味でなかに入っているナッツがいいアクセントです。私と黒田さんがおつきあいを…なるほど、それもまたありですね」
「はあ?!そこは否定しなさいよ、否定」
「なぜ否定を?2人でチョコの食べ歩きをしたり、ときには夕飯も一緒に食べているじゃないですか。それに私は黒田さんなら別にかまいませんよ。あなたは嫌ですか?」
「嫌な人と一緒にチョコを食べるなんてそんな自虐的な趣味はないよ」
「それなら私は少なくとも嫌われていませんね。だとしたらこのまま噂を本当にしてしまいましょう」
「…どうしてそういう展開になるの」
「私は好きな女性には優しいですよ?それなりに稼いでますし、両親は変な干渉もしてきません。借金や深酒、ギャンブルなどの悪癖などもありません。どうです、けっこうお買い得だと思いませんか」
おまけに無表情だが外見もいいしな。心の中で付け加える。
「私のこと、チョコ好きってことしか知らないのによく言うわ」
「そんなことありません。あなたは周囲からの信頼も厚く、性格だってぎらついてない。何よりチョコ好きなのに限定品を快く分けてくれる優しさがあるじゃないですか」
そんなに限定品のチョコを分けたことが心に響いていたのか…チョコ愛、すげえな。
「私、久林さんと違って雑な性格よ。掃除は週1だし」
「別にかまいません。いろいろ言いましたけど実際のところは」
そういうと、なぜか久林さんは私に顔をぐっと近づけて内緒話をする距離になった。
「あなたは私の煩悩をくすぐるんですよ。まあ手っ取り早く言えば、今すぐここのチョコレートカクテルを飲ませて家に連れ込みたいくらいです」
ここのチョコレートカクテルはウォッカが入ってて確かアルコール度数が23度。
「あ、あのねえっ」
「ちなみに黒田さんがお酒に弱いことも私は知っていますよ。ふふっ、顔が赤いですね」
絶句している私を見て、無表情メガネロボ久林興伸は確かに微笑んでいた。




