2:
チョコレートカフェに行くと、既に待機スペースに久林さんは座っていた。女の子たちがちらちらと彼を見ているけれど、その視線を彼は一切気にしていない。今の彼はオシャレメガネってやつで私を見つけてすっと手をあげたので近寄っていくと、私を見た女の子たちが微妙な表情をしていた。
「黒田さん、座ってください」
「いや、そろそろ呼ばれそうだからいいよ。久林さん座ってて」
「女性を立たせたままなんて私が落ち着きませんよ」
押し問答になりそうだったけど、程なく店内に入れたので無駄な争いをせずに私たちは席についた。
「それにしても久林さんとバレンタインフェアで会うなんてびっくりだよ。どうしてここに」
「私はチョコレートが好きで毎年あちこちのフェアに行きますが、今年はここで買おうかと」
「へー、そうなんだ。私はここ数年ずっとこのデパートだよ。品揃えのマニアックさが全然違うもん。ところでお願いって何」
「……今年の一番のお目当てが限定30個のチョコだったのです。ところが昨日、社長のおともをしたせいで今朝少々寝坊しまして、買い損ねました」
「ふーん、それは気の毒に」
「列を離れる際にふと買える人たちを見たら、黒田さんを発見しまして」
ここのショコラ・ショーはとろりとしていて濃厚でビターだ。ついてくる生クリームを少しいれると甘さが増す。あー、美味しい。それにしても、言いよどんでいる久林さんなんて会社で見ることないから新鮮だわ。
「そんなに言いづらそうにしなくても限定チョコだったら分けてあげるよ。ほんとは独り占めしたいけど、今後3年恨まれたくないし」
「私は黒田さんとは違うので、食べ物では恨みませんよ。でも、ありがとうございます」
オシャレメガネ無表情の口元が少しだけぴくりとしている。こ、これは笑おうとしているのか?
「久林さん。無理に笑おうとしなくても喜んでるのは分かるから」
「すいません。黒田さんはくるくる変わって面白いですよね。感情駄々漏れで」
「だいぶ失礼だな。まあいいけどさ、ここで分けるのはちょっとなんだから会社で分けようか。ところで久林さんはどこの店のチョコを買ったの?」
するとまた口元がひくりとしている。言いたくて仕方なかったのか…察せる自分、すごいわ。
久林さんの出してきたチョコを見て、思わず感嘆の声をあげた。
「久林さんは美味しいお店を知ってるね~。この板チョコ私も買ったよ!」
私も戦利品から同じブランドの板チョコを出す。彼のはカカオ80%のカカオ風味が強いもので、私のは75%でフルーティーな味だ。
「黒田さんはそちらを買ったのですか。私もこれと迷いました」
「私も迷ったんだよ。でもカカオ重視のものは結構買ったから目線を変えたの。今年は板チョコが豊富よね」
「Bean to Barが注目されているからでしょうか。チョコ好きには嬉しいことです」
「そうだね~。トリュフも生チョコも美味しいけど板チョコってチョコの原点だし。ところでさ、限定品のチョコを分けるの会社のどこでする?」
「そうですね…ああ、役員フロアの休憩室なんてどうですか。常にすいてますし、窓からの景色もきれいですよ」
「役員フロアに行く用事が営業事務職にはないんで却下」
そりゃさぞかしきれいでしょーよ。高層ビルの上階部分だもん。きっとホテルの窓から下の風景をながめて“ふっ…”ってやる感覚と似ているに違いない…私ってチープだなあ。知ってたけど。
「だったら、私がそちらのフロアにお邪魔しますね。ついでにお昼など一緒にいかがですか」
ここでショコラ・ショーを噴かなかった私を褒めてほしい。久林さんが私のいる場所に来るですと?!
「ちょっとした騒ぎと変なうわさの元になるからやめてよ。玄関口に待ち合わせでいいじゃない」
「騒ぎなんてなりませんよ。私はただの秘書です。でも黒田さんが嫌なのでしたらしょうがありません」
あ、ちょっとがっかりしてる。私はなぜかちょっと罪悪感を覚えてしまったけれど、ショコラ・ショーとともに流し込むことにした。




