9.ショートケーキは幸せの味
「はぁ~検挙しても検挙してもキリがないわね」
その日、綾は通常業務として同僚と一緒にミニパトに乗ってパトロールをしていた。
スピード違反に路上駐車、一時停止の無視、色々ある。
休日…特に祝日は多いわねと同僚と話しながら巡回していると、助手席に座っていた同僚が無線を聞き、受信機をカチャリと戻す。
「どうしたの?」
「昨夜からずっと停めてる車があるみたい。近隣住民から通報があったらしくて」
「なるほど。車庫法違反の方ね。チョークあったっけ」
「うん。あるよー。ここから5分くらいね」
地図を確認した同僚がナビに情報を入れていく。綾はその指示に従って車を走らせた。
かりかり、とチョークでアスファルトに文字を書いていると、ブォン!と大きな音が後ろの方で聞こえた。こんな住宅地に何の音?と振り向くと、明らかに一車線しかない細い道路でやたらゴテゴテとした車が猛スピードで走ってくる。
爆音を立ててそれは自分達を通り抜け、そのまま路地を去っていく。
「なっ…!追いかけるわよ!」
「がってん承知!」
どこの時代劇だとつっこみたくなるような合いの手を打って同僚もミニパトに乗り込む。綾はすでにシートベルトを締めており、同僚が座るのを確認すると同時にアクセルを踏んだ。サイレンを鳴らし、暴走車を追いかける。
「くっ…あれ、改造車よ。音も相当イジってるけどスピードも…っ」
「ミニパトじゃ追いつかないわね。白バイに頼むしかないわ」
同僚がすばやく無線機を取り、詳細を報告する。
どんどんと遠ざかる暴走車。綾は悔しげな顔をして眉をゆがめた。その時――。
「…っ!!」
キキィッと音を立てて車を止める。「わっ!」と声を上げて同僚ががくんと身体を揺らすが、綾はシートベルトを解いて空を見上げる。
そしてすぅぅっと息を吸って、大声で叫んだ。
「みーーあーーちゃーーーーん!!!」
途端、空でふよふよと飛んでいた女の子が矢で打たれた鳥のようにぴゅーっと落ちてきて綾の少し先のところで慌てて勢いを殺し、ふわりと浮かんで地面に降り立つ。
綾は空から落ちてきた少女のところに駆け寄っていった。
黒くずるずると引きずるマント、少女趣味満載のステッキ。「自称」悪の総統大成未愛だ。
彼女は耳を押さえて涙目で綾に訴える。
「大きな声を出すなっ!今日は聴覚も強化してたから耳がキーンって…っ!」
「ミアちゃん!この先に逃げていった黒い車があるの!あれをなんとかして止めて!!」
えっ!?と彼女が事態についていけず慌て始めるが、綾はがくがくと未愛の肩を揺さぶる。
「お願い!あんな大きな車がこんな小さな道路を爆走していたら危険すぎるのよ!この辺りは子供も多いし…!」
「むっ…それは確かに無視できん事態だな!私の統治する街で一般住民の方々に」
「いいから早く!!」
「ひゃい!」
鬼気迫る顔で凄むとピャッと未愛は背筋を伸ばして、そのまま呪文を唱えて空を飛び、綾の指差す方向へ飛んでいく。
思った通り車やバイクなどよりずっと早い。それにきっと未愛の「魔法」で車は止めてもらえるだろう。
「さ、追いかけるわよ」
「う…うん。ねぇ綾、今の子…空飛んでなかった?」
「ええ。世の中には信じられないようなことが普通にそこにあるものなのよね」
は!?と目を丸くする同僚にくすっと笑って「行くわよ」とミニパトに乗り込む。
暫く走れば、黒い車は蔓のような長いものに巻かれて停まっていた。運転していたらしき男がドアから出て、車のルーフ部分で仁王立ちをしている未愛に何か怒声を発している。
しかし未愛も負けずに言い返しているようで、相変わらずねと綾はクスクス笑いながら現場に近づいた。
◆◇◆◇
「本当にありがとうね。助かったわ」
「うむ。一般民衆に被害が及ばなくて良かった。子供は未来の労働力だし、何かあっては非常に困る」
ウンウンと頷く未愛に綾は微笑む。同僚はミニパトの中で暴走車の乗車主へ聴取中だ。
「ね、ミアちゃん。ちょっと遊びにきてよ。お礼がしたいわ?」
「お礼!?そ、そんなものはいらぬ!そもそも私はお前とは敵同士だし、どうして敵の本部のようなところに遊びにいかねばならんのだ!」
ズサッと後ろに下がり、威嚇するように言う彼女に綾はニコニコと笑う。
「敵同士っていっても今日はミアちゃんが私を助けてくれたんだもの。人としてお礼をするのは当たり前でしょ?」
「べ、別に助けたつもりは。ただ私はキサマの話を聞いて、あの車が許せんと思っただけだ。だから…っ」
「…ね、お願い。お礼をしないまま帰らせるなんて私のプライドに関わるの。誇り高いミアちゃんならわかるでしょう?この気持ちが」
未愛の手を取ってぎゅっと握る。彼女はうう、と物凄く困ったような顔をしたがプライドという言葉が琴線に触れたらしい。眉をしかめさせたまま、それでも小さく頷いた。
「少し…だけなら」
「本当!?良かったぁ!じゃあミニパトに乗っていきましょうね」
車の移動を無線で頼んだ後、後部座席に同僚と暴走車の持ち主、助手席に未愛を乗せてミニパトは走っていく。
チラ、と未愛を見れば、どこか居心地が悪そうに複雑そうな顔をしてムスッと前を向いていた。
◆◇◆◇
ガチャリと音を立ててドアが開かれる。
未愛が通されたそこは簡素な部屋だった。真ん中には長細い会議用テーブルが3つほど並び、アルミの椅子が適当に置かれている。
「適当に座っててくれる?お茶を淹れるわ」
「ウム…」
ちょこんといった風に未愛はアルミの椅子に座り、綾はドアを閉めてどこかへ行く。
未愛は困ったように辺りを見渡した。
自分はいったいこんな所で何をしているのだろう。ただ今日も見回りをしていただけなのに。
だが、これを機会に綾の弱点を探ることができれば恩の字だなぁ、と思っているとドアの開く音がした。
「おー。本当にミアちゃんだ。久しぶりだねぇ」
「俺は先週ぶりか?おっす」
「!!!」
部屋に入ってきたのは翔と煉。未愛はしっぽを踏まれた猫のように顔をひきつらせるとアルミ椅子を蹴ってくるんと後ろへ一回転するように跳んで間合いを取る。
「イエローにグリーン!」
「翔って呼んでよって言ったじゃーん。大丈夫だよ、威嚇しなくても。今日は綾のお礼で来たんでしょ?」
「そうそう、綾に呼ばれて茶飲みに来ただけだよ、俺らも」
今は就業時間だというのに二人はのんきにしている。警察も暇な時間があるのだろうか。
近づいてくる男二人に戦慄していると、またもドアがガチャンと開く。入ってきたのは昴と岬だった。
「なっ…なーっ!」
「ああ、本当にミアだ…。お前今度は何したんだよ」
「こんにちは、だな」
何てことだ。これで綾が来ればクロウレンジャーが勢ぞろいする。
未愛はいつでも戦いに備えられるようにギュッとステッキを握り、男4人を睨んだ。
しかし珈琲を淹れた綾が部屋に入ってきてキョトンとした顔をする。
「あら、何皆つったってるの?早く座りなさいよ」
「いや…ミアがな」
くいくいと親指で昴が指す。ああ~と事情を何となく察した綾はにっこりと笑った。
「どうせなら皆でお茶会もいいかなって思ったのよ。皆で集まるのって久々でしょう?」
「お、お茶会って…っ!」
「ホラ、座って。今日は戦いとかナシよ。私のお礼につきあってくれるんでしょう?ミアちゃん」
うう、と未愛は唸るが皆も戦う気がないらしいのは雰囲気で判る。
そもそもこんな敵の本拠地みたいな所で戦うのは不利だ。未愛は大人しく椅子に座りなおした。
彼女に続く形で向かいに岬、昴、翔が。何故か未愛の隣に煉が座る。
綾は全員に珈琲を配ったあと、未愛の前だけにトン、とショートケーキを置いた。
「これ…は?」
「ん?お礼よ。近くにケーキ屋さんがあってね?さっき超特急で買ってきたの」
結構美味しいのよと言って綾も煉の反対側、未愛の隣に座る。
彼女はジッとショートケーキを眺めていた。
「…食べないの?あ、もしかして甘いのきらい?」
そう聞けば、彼女はえっ?と驚いたように顔を上げ、ふるふると首を振る。
「あ、あの…じゃあ…いただき…ます」
「ふふ、どうぞ」
綾の言葉に、未愛はフォークを手にとって恐る恐るといった風にケーキを割る。
白いクリームがついたスポンジケーキは真ん中で2つに割れていて、その間にはクリームとスライスされたイチゴが入っており、それを未愛はもたつくようにフォークで刺し、ぱく、と口にした。
もぐ、もぐ。
何故か皆、黙って未愛の様子を見る。
彼女はその視線に気づかず、目を閉じてもぐもぐと咀嚼して飲み込むと、ふにゃりとした笑顔を見せた。
「あまい…おいしい」
ほう、と感慨深げにそんな感想を呟いた後、ぱくぱくとケーキを食べ進める。
ケーキの上にのせられた赤いイチゴは最後まで取っておくらしい。ショートケーキを全て食べた後、もったいなさそうにイチゴを刺し、しばらくそれを眺めた後、覚悟を決めたようにぱくっと食べる。
イチゴの甘酸っぱさに幸せそうな顔をした。
ふぅ、と満足そうに彼女はフォークを皿に置き、珈琲にミルクと砂糖を入れて混ぜながらふと顔を上げると、全員の視線が自分に集まっていることに今更気がつき、目を剥いて慌て始める。
「なっ…なんだ!?皆してっ!」
「いや、お前…。ケーキ、食ったことないの?」
「なぜばれた!?」
隣で聞いてきた煉に未愛はずさっと身体をそらせる。
やっぱりか、と全員が思った。ケーキ一つに対して彼女の反応が初々しすぎるのだ。
「今時ケーキ食ったことないって…ミア、誕生日とかクリスマスとかどうしてたんだよ。親父さん祝ってくれなかったのか?」
岬がそう聞くと、いいや?と彼女は首を振る。
「もちろん祝ってくれたぞ。お祝いの日はいつもじゃがいもケーキなのだ!」
……は?
クロウレンジャー全員の目が点になる、
しかし彼女はその「じゃがいもケーキ」をとても幸せな思い出のように語り出す。
「お父様がな、あの料理をしないお父様が、誕生日やクリスマスの時だけ作ってくれたのだ。あの塩味、マヨネーズの味、忘れられん」
「す、すまんが…そのじゃがいもケーキの詳細を頼む」
昴がうめくように聞くと、未愛は説明を始める。
ようはマッシュポテトだ。それを型につめてケーキ型にする。2段にして、頂点にはパセリを一つ。
呆気に取られる。思ったより未愛の家は…裕福でなかった。
バックアップになるような組織もなく、元々の家が金持ちというわけでもなく、ただ大昔から代々魔法使いだというだけの家だ。しかも父親は世界征服の活動とやらが忙しく、また家事能力も皆無に等しく、さほど稼ぐ男でもなかった。
娘への愛情だけは煉が引くほど溢れていたようだが、まさか甘いケーキ一つ出せないような家だったとは…。
「じゃあ未愛ちゃんは、こういうクリームたっぷりのケーキ、食べた事なかったのね」
「ああ。存在は知っていたし、それが甘いことも知っていたが、機会がな。うむ、しかし初めてショートケーキというのを食べたが、なかなか美味かったぞ!むしろ絶品だった!」
未愛は綾に嬉しそうに笑って甘くした珈琲を飲む。
そんな彼女の姿に昴は一人、ほろりと涙を流して顔を手で覆い心の中で誓う。未愛の誕生日には絶対手作りケーキを作ってやろうと。何というかもう不憫でならない。
そんな昴をおかしそうに見ながら翔は珈琲を一口飲み、未愛に話しかける。
「ふーん。じゃあ今度休みにさ、ケーキバイキング行こうよ。連れて行ってあげる」
ニッコリと笑うと彼女はぶふっと珈琲を噴いて「なんだと!?」とのけぞった。
隣にいる煉が呆れたような声を出す。
「お前なー。ナチュラルにナンパしてんじゃねーよ。コレは俺のお手つきなの」
「ええーちょっとチューしたくらいでお手つきなんて。いつからそんな可愛いこと言うようになったの?お手つきっていうならちゃんとヤルことヤッてから言ってよ」
「お前はその、あけすけな物言いを改善しろ…。未成年の前で言うセリフじゃないだろ」
べし、と下品な事を言う翔に岬がチョップつきでつっこむ。
未愛は二人のやりとりを首をかしげて見つつ「はっ」と思い出したように目を見開いた。
「そうだ岬!岬は酸っぱいものが苦手なんだったな!」
「えあ?ああ…まぁ、苦手っちゃ苦手だけど…なんだよいきなり」
岬が怪訝な顔をすると未愛は「ふっふっふ…」と低く笑い、マントの後ろ側に背負っていたらしいリュックを取り出す。
ごそごそ、と中に手を入れて動かすと、ぱっと何かを取り出した。
「…レモン?」
「うむ。これからキサマに生き地獄を味あわせてくれる」
生き地獄?と眉をひそめると未愛はクククと笑いながらレモンをじいっと見た。
そして机に置いていたステッキを取り、軽く振る。
「この味、移転せよっ!」
何か魔法を使ったようだが、何か変わったわけでもないし、音もなければ目に見える効果もない。
しかし彼女はニヤリと笑う。
「さぁ!その珈琲を飲んでみるがいい」
「…なんかすげー嫌な予感がするけど…」
しかし妙な好奇心もある。恐る恐ると岬は目の前にある珈琲を口にした。
途端、噴出す。
げほげほとむせる彼を翔がどうしたの?と声をかけながら背中をさすると、彼はがばっと顔を上げて未愛に噛み付いた。
「お前これ何したっ!死ぬほど酸っぱいぞ!?というか珈琲の味じゃねえ!」
「ふふふ、色などはそのままに、味だけレモンにしたのだ!すごい頑張ったんだぞ!」
えっへんと胸を張る彼女に呻く岬。翔は隣に置かれた珈琲を一口飲んで目を丸くした。
「…ほんとだ、これ、レモンの味だ」
「まじかよ…む、すげえ。レモンだ」
煉も翔から回された岬の珈琲を飲んで驚愕する。
珈琲の味などひとつもしない。これでは本当に「レモン汁」である。
「お前こんな器用なマネもできるの?」
「あまり得意分野ではなかったが、折角岬の弱点を見つけたのでな。夜な夜なイメージの練習をしたのだ。ひたすらレモンをかじり、味を覚えて、敵の飲み物にこの酸っぱい味を移転させるイメージを作り上げ…苦労したぞ!二週間もかかった!」
「こんな地味な嫌がらせに二週間もかけるなよ!!」
やっと口内の酸っぱさに慣れてきたのか、岬が彼女に向かって怨嗟の声を上げる。だが未愛はフフンと笑みを浮かべて腕組みをした。
「敵に対して対処が打てるのならば私は努力を惜しまぬ!フフフ、これからキサマは飲み物を飲む度に戦慄し、恐怖するがいい。いつどこでその飲み物がレモンになるかは私次第なのだからな!ククク」
「うーわー!地味だけどすげぇイヤな嫌がらせだ!!」
岬は頭を抱える。物理的に殴ったり戦ったりなどの戦闘よりよっぽど嫌だ。
思ったよりも器用な嫌がらせをする未愛に綾が珈琲を飲みながら聞いて来る。
「すごいわねぇ。それってどんな味でもその、移転?できるの?」
「いいや。私もこれは初めての試みだったのだ。私の魔法はとにかく頭で強くイメージすることが大事なのでな。だから味をしっかりイメージできるほど毎日レモンをかじったのだ。なので今は飲み物をレモン汁にすることしかできん」
なるほど、と綾は腕を組み、「ん…」と考えるような仕草をする。
煉も同じように腕を組んで何か考えているようだった。多分、考えていることは同じだろう。
先に煉が口を開く。
「じゃあミア、お前は…イメージさえできれば…何でもできるのか?」
「お父様はできるって言ってたからできると思うぞ?でも明確にイメージを魔法にするには魔力が必要なのだ。大きなものや大規模なイメージはそれだけ魔力を沢山使う。また、これもお父様の話だが、世界的に「価値ある」と認識されているものを具現させたりするのは、本当に沢山の魔力を使うからやめておきなさいと言っていたな」
イメージさえできれば何でもできる。
それは自分達「大人」が考えれば容易に思いつく。金塊や宝石をもしイメージで作り出せたら…そんな夢のような話が現実味を帯びてくるのだ。
だが「世界的に価値があるもの」は魔力を沢山つかう、ということはそういう事なのだろう。
魔力を沢山使うというのは、予想だが未愛の身体が消耗する。
前に「大魔法」とやらを使い、あの綺麗な光の雨が降ってきたあの魔法。あれを使った時、彼女は魔力切れで逃げていった。恐らく身体の消耗か、疲労を感じたのだ。
「世界的に価値あるもの」をもしイメージで出した時の消耗は、どれくらいのものなのか…。
それを確かめる気にはならない。
そんなものを出させるつもりは全くないし、「私欲」で彼女を使ってはならない。
皆がそれを思って、目配せをし合った。
彼女は、危うい。彼女自身が危険なのではない。彼女の魔法使いとしての力を心無い人間がもし知ったら。未愛を捕らえ、無駄な呪文が使えないように口枷を嵌め、私利私欲のイメージだけを無理矢理叩き込み、それだけの為に魔法を使わせる。そんな非道なことをする人間が、いないとは限らないのだ。
「ミア。その話…は、誰にもするなよ」
「誰にもって…こんな話、お前達くらいにしか…あれ?なんで私はこんな重要機密事項を話してしまったのだ!?お父様に魔法使いだけの秘密だよ、って言われていたのに!ああしまった!」
今更思い出したように未愛は頭を抱える。普通に世間話みたいに聞かれたからつい、世間話のように答えてしまったのだ。
しかし煉はふっと笑って未愛の頭を軽く撫でる。
え?と驚いたように顔を上げる彼女にニヤリと笑った。
「それでいい。ああ、お前は俺達のイヤガラセをする為にがんばってイメージトレーニングでもしてろー。とりあえず岬には地味に効果的みたいだしな」
「…うう、確かに地味に効くが…。く…。こんな話聞いてしまったら、甘んじて受けるしかないじゃないか…くそぉ。お前らもなんか弱点言えよ!」
俺だけずるい!と岬が声を上げると、翔がうーんと悩むように指を顎にのせた。
「んじゃ、僕はね、ああ、マンゴー味とか苦手。オレンジ味も」
「あ、じゃー私、ココアが苦手にしとく。そしたら飲み物がココアになるのよね?困るわぁ」
「…俺は緑茶…いや、紅茶…だな」
「お前らそれ全部飲みたいモンじゃねーかよ!!」
この裏切り者ー!と岬は怒り出し、未愛は律儀にメモをした後「飲みたいものだったのか!?」と驚いた顔をして怒り出す。
そんなやりとりを楽しそうに煉は眺めて珈琲を一口飲んでいると、一人何も答えてないのが気になったのか、綾が聞いてきた。
「煉は?ニガテなもの」
「お前、本当に苦手なもの言えよ!?」
岬が畳み掛けるように言ってくる。自分だけ苦手なものを知られているのが悔しいのだろう。煉はくっくっと笑って「俺は何にしようかなー」と呟き、天井を仰いだ。
「ああ、俺。飲みモンじゃなくていいや」
「は?食い物か?」
「食い物か。似たようなもんだな」
ニヤリと笑って未愛を見る。彼女は嫌な予感がしたのかむっとした顔をして煉を見返してきた。
そういう反抗的な目が堪らない。
彼はにっと笑って未愛に「苦手なもの」を言う。
「俺、チューされるの苦手なんだよ。だから俺にイヤガラセする時はチューすると効果的。イメージトレーニングもしなくて楽だろ?」
にっかりと笑うと、未愛はキョトンとした顔をした。何を言われたか理解に時間がかかるらしい。…しばらく考えて、みるみると顔を赤くする。
「そっ…そんなわけないだろ!あんな人にチューとかカミカミとかしておきながら!」
「するの好きだけど、されるのが苦手なんだよ」
「嘘つけー!!」
あからさまな嘘に未愛がむきーと怒り出す。
綾が呆れたように「オヤジくさいセクハラ発言ね…」と呟いた。
作者の警察観は某「たいほしちゃうぞ」と「ぱとれいばー」です。ふ、古い…っ!