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7.VS クロウレンジャーブルー!

昴の住むアパートは、自分が住んでいる所より一回り小さい。ワンルームの部屋が並ぶ単身者用の集合住宅だ。そこの2階、南側の角に昴は住んでいるらしい。

ふわふわ、と飛んでいって昴の部屋と思われる窓をそっと伺うとぴっちりカーテンが閉められていた。

「むっ…これでは寝てるのか出かけてるのか判らないではないか」

警察署にいたあの親切な男が言うには今日、昴は当直帰りの非番のはずだ。

とりあえず空を浮いている自分は目立つ。いつ誰に見つかるかもわからないので、アパートの裏手にヒュンと降り立ち、てくてくと歩いてアパートの前に立った。

「…確認するか」

ずるずるとマントを引きずって階段を上がり、昴が住む部屋のドア前へ。チャイムを押すと同時にダッシュして階段まで逃げ、そっとドア方面を伺った。いわゆるピンポンダッシュというやつである。

…しかしインターフォンからは何の声も聞こえないし、ドアが開くこともない。


留守、か。


がっくりとする。メモ帳を見直すと他のメンバーもここからそう遠くない。昴は諦めて別のメンバーを調べてみようかとも少し思ったが、あまりこの辺りをウロウロして逆に見つかっても困る。戦うのはかまわないが、一人くらいは弱点を見つけておきたい。

「仕方が無い。…少し張り込むか」

さすがに夕方頃になれば帰ってくるだろうと未愛は考え、アパートの向かい側…入り口が見える所で目立たない路地に移動し、昴の帰りを待ち始めた。


10分…30分…50分…。


(あっ…足が、痛すぎる…!)

未愛はひきつりそうになる足をさすって立ち上がった。しかし立ってもふくらはぎの痺れが取れるだけで足の疲れが消えるわけではない。


長時間しゃがむ、という事がこんなに辛いとは思わなかった。

かといってずっと立っていても足は刻々と疲れを主張する。時々テレビで見ていた刑事もので、刑事が張り込むシーンを見ていたがよくやるものだ。心から尊敬してしまう。

はぁ、とため息をついて未愛は仕方なく地面のアスファルトに腰を下ろした。硬くて冷たいから、この状態が続けば次はお尻が痛くなってしまいそうだが足の疲れは大分と楽になる。

(…まだかな…どこに行っているのかな…)

アパートの入り口に人の出入りはない。休日だから、皆どこかに出かけているのだろうか。

一旦、隣にある自分のアパートに帰ろうかとも思ったが、貴重な休日に惰眠を貪るわけにはいかない。それよりも一人でも多く、早く、弱点を見つけなければならない。


何故ならクロウレンジャーの対処以外にも未愛には成就しなければならない本願がある。

世界征服。これを遂行する為、活動もしなければならないのだ。

一人で戦うというのは大変なんだな…と、未愛は少し、ほんの少しだけ「寂しい」と思ってしまったが慌てて首をぶんぶんと振る。


寂しがってはいけない。孤独を感じてはいけない。

自分は「強者」なのだから、そんな感情を持つことは許されないのだ。悪の総統の矜持に関わる。

コテン、と自分の膝に額を乗せてアパートの入り口方面を見た。

…動きはない。

やがてうつらうつらとまぶたが下りてくる。寝てはいけないのに、そんな暇はないのに。

しかし眠気には勝てなくて、しばらくすると路地の角で未愛はすうすうと寝息を立てていた。


◆◇◆◇


「ミア、ミア」

ぺちぺち、と優しく頬が叩かれる。

「ん…ん~…」

「ミア、起きろ。こんな所で寝ていては風邪を引いてしまう」

「風邪…?そんなもの生まれてこの方…ん?」

優しく触れられた大きな手に誘われて未愛はゆっくりと目を開け、目の前にいる心配そうな表情の男を見つめる。

大柄で背が高く、しかし顔は素朴で優しそうな――。


「はぁっ!?」


ガバッと未愛は顔を上げ、慌てて立ち上がる。大柄な男、昴は心配そうな表情のまま立ち上がり、わたわたとしている彼女を見下ろした。

「…どうしたんだ?女の子がこんな所で寝るのは感心しないが」

「ね、寝たのは不可抗力だ!くっ…いつの間に帰ってきたのだ。不覚…っ」

目の前に昴がいたのでは弱みを掴むどころではない。未愛はこっそり彼を観察して弱点を見つけようと思っていたのだ。


慌てて未愛は昴と距離を置こうとする。しかし彼が一歩早く未愛の唇に触れ、指でグイとぬぐった。

「ひぇっ!?」

「…よだれが」

「ぎゃーっ!そんなもの指で拭くなぁ!」

未愛はぐいぐいと自分の袖で垂れていたよだれを拭き、昴の横を走って逃げようとする。が、昴はずるずると引きずる彼女のマントの端を足で踏みつけた。

ピンと張ったマントで未愛は足を滑らせびたんと前に倒れる。

「なっ!何をする!」

「…話に聞いていたが…すごいな、かすり傷ひとつないのか」

「ふっ!こんな衝撃など防御結界で何程にもない!」

しかし昴はいまだ未愛のマントを踏んでいる。必死で彼女はマントを引っ張るが全く動く気配がない。

「足をどかせーっ!」

「どかしてもいいが、質問に答えろ。こんな所で何をしていたんだ?」

「そっ…それ、は」

じっと彼女を見つめる昴から未愛は目をそらせる。

まさか弱点を見つける為にキサマが帰ってくるのを待っていたのだ!とは言えない。だが、彼は未愛が答えない限り足を上げる気がないようで、彼女はそれならばとステッキを振った。

「どかさないのなら、どかすまでだっ!風よま…むぐぅ!」

呪文を唱える前にサッと昴の大きな手が未愛の口を覆う。

「ふーぐ!ふんふん!ふぐぅー!」

じたばたと暴れるが、彼は全く動じた風でもなくそのまま未愛を後ろから羽交い絞めにして口を塞ぐ。やがて静かに彼女の耳元で話し始めた。

「無闇に魔法を使わないと約束するなら手を外そう。俺はミアに聞きたいだけだ。…使わないか?魔法」

ふんふんと未愛は必死になって首を縦に振る。すると昴はあっさりと拘束を解き、手を離してくれた。

荒げる息を整えるように深呼吸をする未愛に昴は再び疑問を問いかける。


「それで、ここで何をしていたんだ?」

「う…。す、昴…を待っていたのだ」

俺を?と軽く眉を上げる男に未愛は悔しげに頷く。

「なぜだ?」

「あの…その…。こっそり観察して、弱点を見つけるために…」

「ふむ、成程。敵の調査は基本だな」

納得したように昴は顎を撫でる。そんな彼を悔しそうに未愛は見上げ、やがて一つため息をついてから背を向けた。

彼女を不思議そうに見て昴は首を傾げる。

「どこへいく?」

「観察の作戦は失敗だろうが。…だから出直すのだ」

「もう諦めて逃げるのか」

淡々とした昴の言葉に未愛はムカッとして振り向き、噛み付く。

「逃げるのではない!戦術的転進だ!今貴様に弱点を聞いて答えてくれるわけでもあるまいし」

「なぜそう決め付ける?もしかしたら答えるかもしれないぞ?」

え?と未愛はキョトンとして身体ごと振り返り、妙なことを言う男を見上げた。

聞けば弱点を教えてくれるのだろうか。明らかに自分達は敵同士なのに。

昴は表情があまり動かなくて、何を考えているかよくわからない。

「…教えてくれるのか?弱点」

「別にかまわない。苦手なものや、されたら困ることを言えばいいんだろう?」

「うっ…そ、その通りなんだが…な、なんで教えてくれるんだ!私は敵なんだぞ!お前には正義の味方クロウレンジャーとしての矜持はないのかっ!」


まったく思考の読めない男に未愛がぎゃあぎゃあと怒ると、昴は少し考えるようにフム、と顎を撫でた。

「…。じゃあ「らしく」行こうか」

「ら、らしく…って?」

「勝負をするんだ。ミアが勝ったら俺の弱点を教えよう。その代わり、俺が勝ったらミアには俺の言うことを聞いてもらう」

「い、言うこ…と?って…?」

恐る恐ると未愛が聞いてみると、昴はいつの間にか地面に落としていたスーパーの袋を持ち上げる。…どうやら買い物に行っていたらしい。

彼は中身を軽く確認してから未愛を見た。

「俺と夕飯を食え」

「はっ!?ゆ、ゆーはんだと!?」

何か思ってもみない事を言われたので未愛は素っ頓狂な声を上げて驚くが、彼は至極真面目に頷いた。

「ちなみにミア、今日の昼飯は何を食べたんだ?」

「えっ!?…あ…き、今日は、食べるのを忘れていたな…。緑茶が一杯か」


そう答えた途端、突然ザワッ…と昴の空気が変わる。思わず未愛は背中がぞくりとして後ろに跳び、彼と間合いを取った。

ざり、と彼は一歩を踏み出し、感情のない目で未愛を見つめる。

「食ってない…?これは少し本気を出して…。ミアの食生活を改善させなければ…」

「食生活!?」

「防御結界とやらで多少無茶をしても大丈夫そうだな。…行くぞ」

その言葉を皮切りに、ダッと足でアスファルトを蹴って昴が走ってくる。大柄で長身なのに恐ろしく足が速い。未愛は慌ててステッキを振って魔法を唱えた。

「氷よ礫となれ!」

思いを込めて言葉を口にした瞬間、未愛の周りにピンポン玉大の氷が現れ、ひゅんひゅんと音を立てて昴に襲い掛かる。彼は着ていたジャケットをすばやく脱いで旗のように前に振り、氷の勢いを殺す。

ばふばふばふ、と音を立てて氷はジャケットに当たり、昴の足元に氷が散らばった。

そのまま未愛に向かって走ってくる。彼女はぶんぶんとステッキを振った。

「空を舞え!」

ふわっと未愛の身体が浮き上がる。空を味方にすれば昴は攻撃できない。上から風の魔法で吹き飛ばしてくれると彼女は空中へ飛んだ。


しかし――。


「きゃあ!」

片足がものすごい力でひっぱられ、未愛は勢いを殺せずにそのままビターンと地面に激突する。

昴が浮き上がる彼女の足を掴み、腕を振って地面へと落としたのだ。

防御結界をかけているからそこまで痛いわけではないが、体制を立て直す前にうつぶせで倒れた未愛の首を昴が膝で押さえつけてくる。

「ぐぎゃ!」

ばたばたと手足を動かすが、昴の膝は少しも動きそうにない。未愛はステッキを持ち上げて魔法を唱えようとした。だが、腰あたりに無視できない感触がきて彼女の頭は真っ白になる。


「ふあっ!ひゃは!ははははっ!ひゃはあー!」

昴は未愛の首を膝で固定しながら腰をくすぐっていた。くすぐりは防御結界ではどうにもならない。未愛は身体をよじって逃げようとするが、彼の膝がそれを許さない。

「やめっ!にゃふふふ!あはははっひぃ…っやめろー!」

しかし彼は止めない。無表情に淡々と、全く表情の読めない顔で黙々とこちょこちょ攻撃を続ける。

やがて腰をくすぐりながら未愛の足を掴み、靴を脱がせて足の裏までくすぐる。

「……っ!ああっ…ひゃはははは、あはははは!いやぁーっ!はははー!」

「…負けを認めるなら止めてやろう」

笑みひとつなく昴は未愛を見下ろし、そんな言葉を吐く。

負けを認める?そんなもの認めるわけにはいかん!と未愛はぐっと気合を入れて歯を食いしばるが、昴は足裏を重点的にくすぐり始める。

気合も虚しくすぐに限界は来た。

「ひゃあはは!やめっ…みとめっ…認めるから…っお願いやめてー!」

「本当か?嘘をついたら腋もくすぐるぞ?」

「いやー!?やめてお願い!みとめっ…負けっ…負けたから、おねが…っ」

ふむ?と昴はやっとくすぐり攻撃を止めて膝をどける。

はぁ、はぁ、と未愛は息をつきながらよろりと起き上がって座り、肩をがっくりと落とす。

笑いすぎて涙がにじんでいた。


そんな彼女を眺めて昴は端に寄せていたスーパーの袋を持ち直し、未愛の前に手を出してくる。

「な、はぁ、なんだ?」

息を切らせながら見上げると、彼は少しだけ首を傾げる。

「メシを食うなら家に帰らないといけないだろう。夕飯作らないといけないしな。行くぞ」

「ほ、本気、だったのか?」

「当たり前だ。…それともまたくすぐられたいのか?」

ぶんぶんぶん、と未愛は首を振る。すると彼は「さぁ」と手を取るように急かしてきたので、彼女は仕方なく昴の手を取り、立ち上がった。

そのまま手を繋ぐ形で昴は未愛を連れて部屋へと向かう。

なんでこんな事になったんだ?と未愛は昴の背中を見ながら眉をしかめた。


◆◇◆◇


アジフライ、山盛りキャベツ、根菜たっぷりの豚汁、白く艶のある炊きたてご飯。

小さな丸い座卓の上にほかほかとしたご飯が並ぶ。

冷蔵庫から昴は手作りらしいタルタルソースを持って来て、それを座卓にトンと置いた。

「佃煮もあるが、いるか?」

「あ、いやそんなには…」

なぜか未愛は正座をしておずおずと並ぶ料理を眺めている。こんな食事は久々…いや、初めてに近い。

昔どこかでお父様と定食屋でこんなのを食べたなぁと思いながらまじまじとアジフライを眺めていると、昴は箸を持って「じゃあ食べるぞ」と声をかけてくる。

未愛は慌てて箸を持って「いただきます」と口にし、豚汁をつつ、と飲んでみた。


(むぅ…っ!お、美味しい!学食の味噌汁50円とは比べ物にならん!具沢山だし!)


具はたっぷりの豚バラに人参、ごぼう、サトイモ、ネギが入っていて、それぞれの旨味が味噌汁に溶け出し、甘く感じる。

思わず未愛はほわほわとした表情になってメインのアジフライを箸でサクリと切る。昴からタルタルソースを貰って少しかけたあと、ぱくりと食べてみた。

さっくりとした歯ごたえ。骨は丁寧に取られていてとても食べやすく、この手作りタルタルソースの酸味がたまらない。何よりご飯にとても合う。未愛はパクパクとご飯を口にしてはアジフライを食べ、豚汁の根菜を食べる。これもほっくりとして美味しい。

やがて昴がまた冷蔵庫に移動し、マヨネーズと中華ドレッシングを取ってくる。

「俺はマヨネーズ派だが、好きなのをかけるといい」

そう言って彼はマヨネーズを軽くキャベツにかけてぱくぱくと食べ始める。未愛は折角なのでドレッシングを貰ってかけて混ぜ、はむはむと刻みキャベツを食べた。

「ん、中華ドレッシング…美味しいな」

「そうか。煉なんかはソース派なんだがな」

などと時々会話をしながら食事をすすめる。

何だろう、むずがゆい。ドキドキというより、何だか居心地が悪くて居たたまれない。


未愛はこんな風にご飯を食べるのは殆ど経験がなかった。

父親は世界征服の活動が忙しくて一緒にご飯を食べる時間などなかった。父親との触れ合いは殆ど全て魔法の勉強と悪の総統たる話、世界征服の必要性について語る日々。

他愛も無い会話をしながら食事をするのは、高校の学食で時々クラスメイトと食べる時くらいだろうか。

だが、学食の雰囲気と今の雰囲気は何かが違う。何故か心がほっと温まるのだ。

なんだろう?これ…。

未愛はもやもやとした気持ちを持て余しながら食事を食べていく。


食後の緑茶まで頂いていると、ふいに「ピンポーン」とチャイムが響いた。

思わず未愛が不安そうな顔をして昴を見ると、彼は安心させるように頷いてドアスコープを確認し、玄関ドアを開ける。

「どうした」

「あーすまん。夏みかんもらってくれ。また実家から大量に…あっお前は!?」

「むっ…その声は…レッドか!」

バッと未愛は臨戦態勢になって立ち上がり、ベッドにおいていたステッキを持って構える。しかし昴がつい、と彼女を見て目で制してきた。

「未愛、座れ。まだ俺の言うことを聞く時間だぞ」

「夕飯はもう頂いたじゃないか!」

「まだ茶を飲み終わっていないし、デザートも食べていない。丁度岬が夏みかんを持ってきたからこれを食べよう」

デザートだと!?と目を見開かせて驚きの表情をする未愛をよそに昴は岬から夏みかんの詰まった箱を受け取って玄関脇にどさりと置く。

「ちょ…まて、説明しろ、昴。なんでここにミアがいるんだ?」

事態についていけない岬が彼と未愛を交互に見て不可解な顔で問う。昴は箱をあけて夏みかんを片手に二つ、もう片手に1つ取って立ち上がった。

「説明してやるから岬も入れ。お前もちょっとは食べるのに協力しろ。酸っぱいものが苦手でもさすがにこんな沢山貰っては俺も困る」

「あ…ああ」

戸惑いつつも岬は靴を脱いで部屋に入り、困ったような顔で座卓に近づく。

いまだ威嚇の表情でステッキを構え続けている未愛に昴は言い放った。

「座れ、ミア」

「うう…」

仕方がなさそうに未愛はぺたりと座る。

それに伴って岬も座り、昴は台所からナイフと皿を取ってきて腰を下ろし、夏みかんをナイフで器用に剥いていく。

そして剥いた夏みかんを二人に配って彼は岬に「説明」を始めた。


「夕方頃にミアと勝負をしてな。俺が勝ったから夕飯を食わせた」

「…悪い、説明されても意味がわかんねぇ。勝負はいいけど、なんで夕飯なんだよ」

「食べ盛りの娘が昼飯を食うことも忘れていたんだ。小柄で手首や足も細いから心配していたし」

淡々と答える昴に「お前なぁ…」と呆れたような声を出して、岬は夏みかんの薄皮を剥いてぱくりとたべる。酸っぱいのが苦手らしくしかめ面になった。

未愛も諦めたような顔をしてしぶしぶと夏みかんを口にする。…思ったよりも酸っぱくない。むしろ甘い。ほんのりした酸味が爽やかだ。

それなのに岬は本当に酸っぱそうな顔をして食べている。

(彼は酸味のあるものが苦手なのか…。むっ!これはいわゆる弱点じゃないか!?こんな所で知ることになろうとは、フフフ…。戦闘時ヤツの口の中にレモン汁か梅干を投入すれば…っ!)

ニヤリとした笑みを浮かべながらあれこれと悪巧みを考えつつ夏みかんを食べていると、ふいに昴が話しかけてきた。


「メシは――うまかったか?」

「フフ…え?あ、ああ。美味しかったぞ。アジフライも良かったが豚汁が絶品だったな」

「そうか。ちなみに聞くが、ミアの食生活はどんな感じなんだ?」

世間話のように聞いてきて、彼女は自分の毎日の食事を思い出す。

「うちはそう、裕福な家というわけではないからな…」

世界征服をするにも毎日の生活の為、金がいる。

父親は何か仕事をしていたらしいがさほど稼いでいるわけでもなく、そう「ご馳走」というものを食べる機会は少なかった。

おまけに父も娘も料理ができないので自然と食事は惣菜や弁当、おにぎりやトーストといった簡単なものになる。料理にかまける時間があるなら1つでも多く魔法のイメージを増やしたい。

そんな話をかいつまんでしているとピシッと昴の額に縦ジワが入った。

「…そうか。それで今もそういう生活をしていると?」

「うむ。お父様が生命保険に入っていたので生活費や学費はなんとかなっているが、かといって贅沢ができるわけでもないし、私も世界征服の活動に忙しいからな」

「…生命保険に入ってる悪の総統って何だよ…」

げんなりした表情で岬が呟くが、昴は腕を組んで表情を険しくさせている。

だが、そんな彼の顔には気づかず、未愛はこちらからも聞きたいのだが、と昴に質問を投げかけた。


「昴は男なのに料理が上手なんだな。一人暮らしのようだがずっと自炊しているのか?」

「…いや、1年前まで二人暮らしをしていてな。妹を世話していて…二人で住んでいたんだ。両親は他界してな」

こんなワンルームに?と聞けば、1年前は2LDKのマンションに住んでいたらしい。

ということは今、妹はいないのだろうか、と未愛はつい好奇心ゆえに昴に聞いてしまった。

「妹さんが独立したとか、別で暮らすことになったのか?」

「……」

彼女の質問に昴は何故か答えない。腕を組んで少し悩むような顔をする。

やがて彼は目を伏せて何か言いづらそうな表情になった。思わず未愛は不安を覚えてしまう。

「あ、あの…もしかして、聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか…」

「そんなことはない。ただもう…妹は…。遠い、遠いところに…行ってしまっただけだ」


がーん!と未愛の頭に重しが落ちる。

そんな事が。彼が未愛のことを心配するのはきっと亡くしてしまった妹と重ねていたからだ。だから彼女の健康や食生活を心配して、こうやって食事をくれたのだ。

「す、すまない!私はなんて浅慮なことを聞いてしまったのだ!敵ながら申し訳ない!」

「…いいや。だが、ミアが俺のメシを食ってくれた時、俺は確かに思い出していた。妹もこうやって美味しそうに食べていたな、と。…あの豚汁は妹も好きだったんだ…」

「た、確かにあの豚汁は絶品だったぞ!だから元気を出すのだ!」

未愛は慌てて昴を慰め、必死に声をかける。彼は「そうだな…」と、どこか遠くを見ながら呟いてから目を軽く瞑り、やがて未愛を見つめる。

その目は慈愛と優しさに満ちていた。

「よかったら…これからも俺とメシを食ってもらえると嬉しい。折角隣同士のアパートなのだからな」

「え、し、しかし…」

何故昴は未愛のアパートが隣だと知っているのか。その疑問に気付けないまま彼の言葉に未愛は困ったような顔をする。何故なら自分達は敵同士なのだ。ごはんを一緒に食べるような仲ではないし、そうなってはならないと思う。

だが昴は珍しくフッと笑って彼女の頭を撫でた。


「ミア、俺達は敵同士だが何も四六時中敵でいる必要はない。お前にとって世界征服はいうなれば「仕事」だ。俺達はそれに対抗するのが「仕事」。だが仕事には必ず終業時間があり、その後の時間はお互いに身を休ませなければ次の戦いに備えることはできない。…そうだろう?」


彼の言葉を未愛は必死で考えた。

確かに彼の言う通り四六時中世界征服の活動をすることなんて不可能だ。ごはんを食べなければ死んでしまうし、寝ないと次の日が辛い。お風呂だって毎日入りたい。

だけど昴とご飯を食べるのは果たしていいのだろうか。


「…呉越同舟ということわざがある。敵同士でも共通の利害があれば協力して助け合うというたとえだ。お前は世界征服の為料理にかまける時間がなく、食生活が乱れているが、俺とメシを共にすればそれを改善することができ、俺はお前に食事を食べてもらうことで妹を思い出し、わずかに心を慰めることができる。もちろん「仕事」の時間は敵同士として手加減する気はないし、ミアも全力で俺達と戦えばいい。…どうだ?」


未愛は今しがた食べた昴の料理を思い出した。おいしくて暖かいご飯。ほわほわな気持ちになる豚汁にさくさくのアジフライ。あんなに美味しいものがこれからも食べれたら嬉しいと思う。

それに昴も。妹を亡くして寂しいのだろう。それを僅かでも慰めることができるのは良いことだと思う。自分だって父を亡くして寂しい思いをしたのだ。家族を失う悲しさは身を持って知っている。


「まぁ食費は折半にさせてもらうが、それでもコンビニやスーパーで買う惣菜弁当よりは安くなるぞ?」

「本当か!?そ、それなら…。それなら…じゃあ…ご、ご飯のとき、だけ…」

「…決まりだな」


ふふ、と昴が優しく微笑み二人は約束を交わす。未愛が「悪の総統」で昴が「クロウレンジャーブルー」の時は敵同士。だけどごはんの時間だけは一緒に食べることを。


◆◇◆◇


夏が近いが腹を出さず、ちゃんと掛け布団をかけて寝るんだぞと声をかけた後、隣のアパートに帰っていく未愛を昴は見送る。

隣でいきさつを黙って見ていた岬がボソッと彼に声をかけた。

「…なぁ、妹さん。1年前結婚したんじゃなかったか?」

「ああ。国際結婚でな。今はアルゼンチンにいる」

ぶふぉ!と岬は噴いた。

遠い遠い所に行ってしまっただけだ。その言葉の意味は。

「そりゃアルゼンチンは遠いけどさ!ミアはどう考えても違う風に解釈してたぞ!?」

「嘘は言っていない。解釈は個人の自由だ」

「い、いや…そうかもしれないが…。お前…確信犯、だろ…?」

すると昴はニヤリとした笑みを浮かべて岬を見る。それは肯定の意だ。

そのまま彼はアパートに戻り、自分の部屋の玄関ドアを開ける。そしてブツブツと独り言を呟きながらついてくる岬に声をかけた。


「夏みかん、これじゃ多すぎだ。綾もここから近いんだし少し分けて持っていけ」

「あ、ああ。…なぁ、昴?お前まさか…お前までミアをどうにかしようなんて思ってないだろうな」

スーパーのビニール袋に夏みかんを移しながら昴はそんな質問を投げかける岬をチラ、と見た。

「俺が?さすがに妹より年下の娘に食指は動かん。俺はただミアの大雑把な食生活が心配なだけだ。あんな若い娘がコンビニ弁当の日々なんて身体に悪すぎる。最近は若者の成人病も増えているんだぞ?…それに、その「役」はすでにいるだろう」

「煉か?まぁそうなんだろうが…。いや、なんていうか…昴、お前って…」

かきかきと岬は頭を掻きつつ、彼から夏みかんの入った袋を受け取る。

言葉の先を首を傾げて促す彼にぼそりと言った。


「…思ったより腹黒いヤツなんだな」


その言葉に昴は不敵な笑みを浮かべた。

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