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6.悪の総統、知略を巡らす

ある日の休日、未愛は部屋の掃除をしてから出かける支度をし、アパートを後にする。

今日、悪の総統としての仕事は後回しだ。早急に調べなくてはならない事がある。

(あいつらに見つかる前に調べてしまわないと!)

未愛が思い描く「あいつら」とは勿論正義の味方、クロウレンジャーの5人だ。

もしもの時を想定して背中のリュックの中にはステッキとマントが入っている。これならもし奴らが現れてもすぐに応戦することができるだろう。

いつもの通学路を歩けば高校近くに図書館がある。彼女はそこに入館した。


(調べる事が曖昧すぎるから、うまく見つかるといいのだが…)


館内に設置されている検索サービスの液晶画面で自分の思う言葉を入れていく。

戦術、戦略、対抗。

検索結果に出てきた本は殆どが経営に関する本ばかりだが、戦争における戦術なんて本も見つかる。

とりあえずどんな本が役に立つか判らないので未愛はジャンルを問わずその本達を探しに行った。


しばらくして――。未愛はやっとあのクロウレンジャーに対抗する方法を見つけ出す。

(これだ…っ!)

図書館なので大声は出さず、心の内でぐっと拳を握る。

読んでいた本は孫子の名言集。なんて為になる言葉が多いのだと未愛は感動した。


思い立ったら即行動が信条の未愛は本を片付けた後トイレに駆け込み、リュックからマントとステッキを取り出す。

ばさりとマントを肩にかけ紐を結び、ステッキを手に取った。

その格好で図書館の出口に向かって歩き出す。突然トイレから黒く長いマントをずるずると引きずって、しかし服装は女の子らしい可愛い格好というちぐはぐな若い娘が突然現れて、受付の女性は目を丸くした。

それに気づかず未愛はそのまま図書館を出て、ささっと裏手に回る。


「空を舞え!」


言葉を紡ぐとふわりと彼女の身体が浮き、空へと舞い上がる。

図書館が小さくなるまで高く昇った未愛は方角を確認すると、ひゅーんと飛んでいった。

目指すは大通りの警察署。


◆◇◆◇


変装が必要だ。

警察署横にある路地裏。一応後ろに誰もいないかしっかり確認して、未愛は一人「ううむ」と考える。

自分が悪の組織、ゲアラハの総統であることを警察関係者に知られてはまずい。

仕方が無いと未愛はつけたばかりのマントやステッキをリュックに片付け、髪はポニーテールにする。

そしてリュックの外ポケットから黒いフチのある伊達眼鏡を取り出し、装着した。

さらに黒のキャップを深くかぶる。

手鏡で見た目を確認して未愛は満足そうに頷いた。


「む、よし。完璧だ。どこから見ても一般市民!」


むんと気合を入れて未愛は警察署へと足を踏み入れる。


警察署の受付には婦人警官が2人座っていて、何か書類仕事をしているようだった。

その人に近づいて「あの…」と声をかける。

「はい、なんでしょうか」

人受けしそうな微笑を湛え、婦人警官の一人が顔を上げる。

「こ、ここに、務めている…警察官のことを…知りたいのです、が」

「…失礼ですがお名前を教えていただけますか?その警察官と何かあったのでしょう。できましたら知りたいという理由もお聞かせ願いたいのですが」

うっ、と未愛はたじろぐ。

考えてみれば警察関係者の身の上を受付の警察官がぺらぺらと話すとは思えない。

「あ、あの、私は大成未愛、っていいまして…ってああ!また言ってしまっ…」

本名を告げてしまったら変装の意味がない。未愛は思わず頭を抱え、そんな彼女を不思議そうに婦人警官が見上げた。しかし未愛は慌てて彼女に言葉を畳み掛ける。

「ええと、れ、煉。そう、煉っていう警察官がここにいてっ!か、彼についてその…っ!」

「煉?煉に何の用だ?」

声は受付側ではなく、未愛のすぐ横から聞こえてきた。


ふぇっと声を上げて彼女は隣を見ると、そこには中年といった風の男が一人、未愛を見下ろしている。

警察官の制服は着ていない。白いシャツによれたネクタイをつけている。サスペンダーでスラックスを吊っており、何だかだらしない雰囲気を感じる。

未愛は頭がパニックになったようにわたわたと手を振って男に話し始めた。

「れ、煉、に、く、口付けとか、だ、抱きしめられて、耳とか舐められたりして…っ!そ、それで…っ」

「ほう。26の男が君みたいな若い女の子に対してキスをしたり耳を舐めたり。無視できんな。強制わいせつ罪や青少年保護育成条例にも抵触しそうだし、君が訴えたらものすごく問題になりそうだ。何せ現職の警察官が未成年に手を出したわけだからな」

顎に手を当てうむ、と頷く。

そして彼女を促すようにそっと肩に手を置いて奥の部屋に誘おうとする。

「あ、あの…!?」

「まぁゆっくり話をしようじゃないか。な?あ、君、お茶を頼むよ」

「は、はい」

ぽかんとしていた受付の警察官は男性に頷き、ぱたぱたと給湯室へと走っていく。

さぁ君はコッチだ、と男は戸惑う未愛をつれて奥の部屋へと連れて行った。


「ちなみに煉は今日公休でね。呼べば来るだろうが、呼んだほうがいい?」

「いっいえ!むしろいないほうが好都合…じゃなくて、け、結構ですっ」

わたわたと未愛が男に両手を振っていると、ノックと共に失礼しますと先ほど受付にいた婦人警官がお茶を持って入ってきた。

コトリと湯のみを置いて足早に去っていく。

未愛は暖かい湯のみを持ち、ずずずと口にする。ほんのりと香る緑茶の香りが気持ちを落ち着かせる。

男も音を立てて緑茶を飲み「さて」と話を切り出した。

「それで君は、煉のセクハラ行為に対して被害届でも出しに来たのかい?」

「ええっ!?ち、ちがいます!私が知りたいのは…れ、煉とか、その…皆の詳しい個人情報…とかで…」

ほう?と男は片眉を上げて面白そうに腕を組む。

「皆、とはどういう事だ?まさか他の警察官にもわいせつな事をされたのか?それは非常に由々しい事態だ」

「わいせつ!?あの、そういう話じゃないんです。でもどうしても彼らの情報が知りたいくて。お、お願いしますっ!教えてください!」

男に対して未愛は頭を下げる。

敵の組織を内包している警察の人間に頭を下げるなど屈辱にも近いが、今のところ未愛の話を聞いて、情報をくれそうなのはこの男だけだ。


孫子曰く――。

「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」


この言葉に未愛は「おお」と感動した。つまり敵を知れということだ。

敵と自分の長所短所を把握すればおのずと対処も思いつく。見極めればたとえ100回戦ったとしても勝てる。なんとすばらしい言葉なのだろう。

己を知るについてはしっかり自分を把握しているから問題ないと、未愛は自分自身について全く根拠のない自信に溢れている。

問題は敵を知ること。なので彼女は自ら敵地である警察署に足を踏み入れたのだ。


「ふむ…どうしても、ねぇ…あ、煙草いいかな」

こくりと未愛が了承の頷きをすると「悪いねぇ」と断って、彼は煙草を一本吸い始めた。

そうしてしばらく味を楽しむように煙草を吸っては吐いた後、それを灰皿に軽く乗せて、未愛を観察するようにじっと眺める。

「あ、あの…」

「ん?ああ…んーと、そうだな。とりあえずその「皆」って誰か教えてくれるかな」

話が進みそうだったので未愛は警察官の名前を口にする。といっても苗字すら知らないのだ。岬、煉、昴、翔、綾の名前だけを短く伝える。

彼はそれを聞いてふむふむと頷き、何かを納得したような微笑みの表情になる。

「成程。その5人ね?フフ…ミアちゃんは正直者というか、回りくどくなく、真っ向から来る子なんだねぇ…」

「ミアちゃん!?あの、何で名前っ!」

「ん?さっき自分で名乗ってたじゃないか。受付で」

「ああっ!聞かれていたのかー!」

未愛は頭を抱えて唸り出す。そんな彼女の仕草に男はクックッと肩を揺らして笑い、再び煙草を軽く吸った。

そのままぴこぴこと指で煙草を動かし、少し意地悪そうな表情を浮かべて「いいよ」と言う。

あまりに軽い返事だった為、未愛は思わず顔を上げて「へ?」と首をかしげた。

「簡単な情報なら教えてあげるよ。ミアちゃん?」

「ほ、本当…ですかっ!あ、ありがとうございますっ!」

ぱぁっと顔を輝かせる未愛に、男はクスクスと笑う。

「書類で出すのは問題だからね、口頭になるけどいいかな?」

「かまいませんとも!メモの用意はばっちりです!」

ごそごそとリュックからメモ用紙とボールペンを出して意気込む未愛に、男はどこか楽しそうな笑みを浮かべながら5人の簡単な個人情報を与えた。


「ふん…ふん。なるほど…よしっ!こんなに教えてもらえるとは!本当にありがとうございましたっ!」

「いやいや、こんなんでいいのなら全然。それで、早速誰から突撃してみるの?」

警察署の前。話を終えた男は未愛を見送るように玄関までついてきて、律儀に頭を下げる彼女に笑いながらそんなことを聞いてくる。

未愛は何の疑問も抱かず真面目な顔をして「うーん」とメモ用紙を見ながら唸った。

「…とりあえず、一番私の中で謎の人物なので、昴から行こうかなと…」

「昴か。うん、いいんじゃないか?綾もまぁまぁ気さくなヤツだぞ。翔と煉は…まぁ悪いヤツじゃないが、イジるのが好きな奴らだからいきなりは疲れそうだしな…あと、岬か」

男の言葉に神妙な顔つきで頷き、メモで岬の情報を確認している未愛に彼はニッカリと笑う。

「あいつはちょっと固いトコがあるけど、話せば判るヤツだぞ。悪いヤツじゃない。ま、色々頑張って」

はいっ!と未愛は素直に男に返事をしてきらきらと見上げた。

なんていい人なんだ。変装しているとはいえ深く事情を聞かずに敵の情報を教えてくれた。

この男は敵側の組織の人間だが感謝せねばならんな、と未愛はしみじみとメモを胸に抱く。


「じゃあ私はこれで!」

「おう。――あ、未愛ちゃん。身体は、大丈夫?」

「…え?」


いきなり身体のことを聞かれて彼女は不思議そうに男へ振り返った。

その男は笑みを崩さず、懐から煙草の箱を取り出してトントンと叩きながら世間話のように聞いてくる。


「いきなり魔法、たくさん使って疲れてないか?一日に使う魔力はちゃんと決められてるんだろ?無理をしてはいかんぞ」


何を言われたのか理解できず、目を見開いて唖然としている彼女に男はクックッと笑って煙草を一本くわえた後、「じゃあな」と言って警察署に戻っていった。


◆◇◆◇


空の上で未愛は一人、腕を組んで首をかしげる。

ちなみにすでに変装は解いており、いつものマントにステッキという格好だ。

「何だろう。一日に使う魔力なんて決められていたのか?お父様にそんな話は聞いたことがないし…。まぁでも、確かに前の休日は初めて沢山魔法を使ったからな、疲れたが。…うーん?」

しばらく考えるが、よくわからない。

しかし魔法の使い方については父親から毎日教わっていた。その中には注意事項も勿論あったが、一日の魔力の量なんて話はひとつもなかった。


未愛にとっては父親の言葉が全てだ。


彼が言わなかったということは、未愛にはさほど関係のない事なのだろうと結論付ける。

「ちょっと心配してくれたということかな?敵ながら優しい人だ。敵に塩を送るというやつだな」

うんうんと頷く。

警察署内でも全てが全て未愛の敵というわけではないのかもしれない。


「よしっ!そんな事より行動だ、行動。貴重な休日。世界征服に少しでも近づくために今は動かねばな」


ポケットからメモ帳を取り出して昴の情報を改める。

彼は一人暮らしをしていている。驚いたことに、彼の住処は未愛が住んでいるアパートの隣にあるアパートだった。

「こんな近いところに住んでいたのか。灯台下暗しとはこの事だな」

図書館で調べたばかりのことわざをわざわざ口に出す。

しかしこれだけ近ければ調べるのもたやすいだろう。彼の日常生活を覗き見て、弱点を見つけ出すのだ。

「例えば犬が苦手とか、ピーマンが嫌いとか、そういう判りやすい弱点があればいいんだが…あとは泳げないとかか?」

もし彼が泳げなければ好都合だ。魔法で水の箱を作り、落としてしまえばいい。

犬が苦手なら犬寄せの魔法であちこちの犬に追いかけさせたり、ピーマンが嫌いならこっそり彼の玄関前に鉢植えを置いてピーマンの種をまき、成長を早める魔法でピーマン地獄に陥れることができる。

想像すればするほど、顔がにまにまとする。

「ふっふっふっ…弱点!なんていい響きなのだ!さぁ、弱点を見つけてやるぞーっ!」


ふははははー!と笑い声を上げながら、未愛は昴のアパートに向かって飛び去った。

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