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2.悪の総統、初出動!

黒いマントをタンスから引き出す。

バサッと音を立てて彼女はマントを背中に纏い、首元に繋がる紐を蝶々結びにして留めた。

マントを両手で持って広げ、鏡を見る。


「…少し大きいな。しかし裾上げをするわけにもいかぬ」


裾上げしてあるマントなんて見たことがないしみっともない。丈は大きいが、着ないわけにもいかないのでずるずる滑る裾を引きずりながら寝室の襖をがらりと開ける。

隣部屋のリビングを通ってキッチンカウンターに着くころにはマントの裾が埃で白くなっていた。マントを掴んでぱんぱんと叩くと埃が舞う。

「けほっ…」

咳を一つしてカウンターをみると、そこには写真立てが飾られていた。

その写真には男が写っている。――未愛の父だ。

敬愛していた男はもういない。未愛は姿勢を正して写真を見る。

「お父様。未愛はこれから参ります。どうか見守っていて下さい」

軽く一礼をして、カウンター下に立てかけられた一本のステッキを手に取った。

そしてばさりとマントを翻して玄関へ堂々と向かう。


「さぁ行くぞ、私の目的の為に!私の野望は世界征服、全てを掌握することだっ!」


マントを引きずって玄関のドアを勢い良く開ける。

ばたーん!と大きな音を立てて、未愛は外へ出た。


チュンチュン、チチチと雀が鳴いている。今は朝だ。

「あら、大成おおなりさんおはよう。休みの日だというのに早いわねぇ」

「ハッ!おはようございます小沢さん!今日は重大な用事があるのですっ」

「そうなの~ブカブカマントなんか着てどうしたの?今日はハロウィンじゃないわよね?」

「こっこれは…せ、せいふく、制服なのです!」

「へぇ~制服。わかったわ、そういう趣旨の演劇ね?貴方の高校、演劇部があるものね」

演劇部は確かにあるが、入部していない未愛は少しおたつく。

だが小沢という妙齢の女性はにこにこ笑って手に持っていたカゴを見せてきた。

「それよりほら見て、干し柿よ?さっきお隣さんに貰ったの。大成さんにもおすそわけね?」

干し柿が3つ入った袋を渡してきた。大人しく未愛はそれを受け取る。

「すみません、いつも色々頂いて」

「いいのよ、大成さんは一人暮らしなんだし…大変でしょ?困ったことがあったらいつでも言ってね」

そう言って小沢は自分の部屋に戻っていった。

ここは2LDKの集合住宅。いわゆるアパートなので未愛はよくお隣さんに会う。

彼女は額の汗を腕で拭いた。

「何とかごまかせたか…。悪の総統はすべからく秘密裏に動かねばならんからな」

小沢は自分が世界征服を狙う悪の総統だということを知らない。

知られてはまずい。何故なら、自分の正体がばれれば消さねばならないと、父に教えられているからだ。

「それはさすがにまずいからな。何より私はまだ人間一人を消す技を知らぬ」

父は「正体を知られたら消せ!」と言っていたが、どうやって消せばいいのだろう。

未愛はそんな技は習っていない。だから正体が知られてしまっては困る。…消せないからだ。


「ともかく今日はなんとか小沢さんを誤魔化せたのだ!気を取り直していくぞっ!」


ずるずるとマントを引きずって階段を下りる。アパートが見渡せる程までてくてくずるずると歩いて、ふと未愛は足を止めた。


「…そういえば、世界征服とは、具体的に何をやればいいんだろう…?」


腕組みをする。そういえば世界征服しろと言われていたが、どうやるのか聞いていなかった。

「うーん…」

頭を捻っていると、犬の散歩をしている人が「おはようございます」と挨拶してきたので「おはようございます」と返す。

挨拶を返してからハッと気づいた。

「とりあえずここを離れなければ!アジトがばれては困るからなっ!」

自分には敵の組織があるのだ。いつ彼らに見つかるかもわからない。

未愛は周りに人がいないことを確認して、ステッキを振るった。


「空を舞え!」


思いを込めて言葉を告げると未愛の足が地面から浮き上がり、彼女の身体がふわりと舞い上がる。

地を歩く人々が見上げても鳥か何かにしか見えない高さまで上昇すると、ぴたりと止まった。

ステッキを片手に腕組みをする。


「ううむ…世界征服。世界…か。いきなり世界から手をつけるのも無謀な話だな。やはりこういった大事は小事からやるに限る」

そのままふよふよと飛び、何か世界征服の足がかりになりそうなものはないか、魔法で視覚を強化して人々の営みを空から見た。


未愛は魔法使いである。

なぜ彼女が魔法使いなのか、という疑問は意味がない。何故なら彼女は生まれた時から魔法使いで、彼女の父も祖父も、そのまた祖父もずっとずっと魔法使いだったからだ。

そして歴代魔法使い達は皆、世界征服を理想にして技を研磨し、本懐を遂げる為切磋琢磨してきた。

…そして尽く失敗し、命を散らしてきたのだ。


「…そもそも、征服とは国や民衆を支配下に置くことだ。私の支配下に置く、ということは世界はいずれ私のものになるってことだな」


うんうん、と自分の考えに納得する。


「ということはだ!この町もまた私の支配下であり、私のものなのだ。となればやる事は一つ…!」

きらり、と未愛の目が光る。何か思いついたようにキラキラした顔をしてぐっと拳を握る。

「この町を私が管理するのだ!まずは私の理想の町を作り上げるのだっ!」


それを足がかりに少しずつ管理範囲を拡大すればいい。そうすればいつか、世界征服ができるはず。

未愛はやっと目標ができたように感じて嬉しくなり、人々の営みを空から観察する。


「むっ…なんだあれは」


この町には河川がある。わりと大きな川で、解禁日が始まると鮎釣りする人で賑わったり、夏になるとバーベキューをする人で集まってくる事でこの辺りでは有名だ。

今は鮎の季節でも、バーベキューの季節でもない。

しかし今日は休日だからだろうか、数人の男女がいて騒いでおり、音響スピーカーから大量の音楽を垂れ流して踊ったり、歌ったり、飲み食いしたゴミをあたりに撒き散らしている。


「なんという…っ!由々しき事態だ!私の支配下でこのような美観を損なうような真似は許さぬ!」


ひゅるる、と音を立てて未愛は彼らが立てたらしいサンシェードの上に舞い降りた。

ふわりとマントがたなびき、彼女の足元に落ちる。

突然空から降りてきた少女に、騒いでいた男女達は呆気に取られていた。


「お前達っ!何をしているのか!」

サンシェードの上から未愛は男女達に怒鳴りつける。

「…は?」

騒いでいたらしい男が一人、未愛に呆けた声を上げる。

しかし彼女はそのまま声を上げて怒った。

「こんな朝から大音量の音楽をかけ、近所の皆様にご迷惑だと思わないのかっ!しかもそのゴミだ!公共の場でこのような愚挙は許さんぞ!」

「…とりあえずさ、お前今空から飛んできたの?」

「うむ、私は悪の魔法使いだからなっ!」

ばさっとマントを翻し、毎夜毎夜練習していた決めのポーズをつける。

悪の総統にふさわしい仁王立ちに、片手を大きく振り上げたポーズだ。

「あ、悪い人なの?この子」

「いや…悪人っつぅか、どっちかというと頭が悪そうっていうか…」

「ああ、そっちの悪ね…」

「つぅか、空飛んできたよな?この子」

「ええい!私の話を聞けぇい!!」

ざわざわと好き勝手言い出す男女に、未愛はビシッと人差し指を指す。

「さぁ、今からこのガラクタどもを片付けるのだ!そしてゴミをちゃんとゴミ袋に入れるのだぞ。ああ、ちゃんと分別は忘れるな!」

びしびしと指図する未愛に、段々と男女達はイラついた表情になってくる。

「なんかこの子うざくない?」

「頭弱そうな上にぎゃーぎゃーうるせえよ」

「俺達徹カラ帰りで超テンションあがってんの。ひとしきり歌ったら帰るからね、おじょーちゃん」

「…どうあっても、私の言うことを聞かぬのならお前達を私の標的と見なして危害を加えるぞ?」

パシ、とステッキを手のひらに当てる。

そのステッキを見て、男女達は笑い出した。

「なにあれ!コスプレかよ!」

「マントみたいなのも羽織ってるし、頭がちょっとアレなんじゃない?」

「くっ…言っておくが、私は悪の総統なんだぞ!だから私の野望の為、人に危害を加える事を躊躇ためらいはしないっ!」

そう声高に言い切ると、更にげらげらと笑われ未愛は俯き怒りで肩を震わせた。

「悪のそーとーだって!ぎゃはは!」

「ええいお前達は私の贄にしてくれる!…冬の海よ舞え!」

思いを込めて言葉を紡ぎ、ステッキを振るとサンシェード下にいる男女達の周りに白い靄のようなものがたちこめ、バシャン!という音がした。

気づけば男女達は全身びしょぬれになっており、更に真冬のような寒さが彼らを襲う。

「さむっ!つめた!!!」

「なにこれ!?さささささむい!!!」

寒さに震える人たちを見下ろし、未愛は腕を組んだ。

「私の力を思い知ったか!ふははは!」

ちなみに、ふはははという笑い方は伝統らしい。未愛は父に教わった。

「てめぇ覚えてろ!」

「さっさむ!はやく車、暖房いれてっ!」

「それより風呂だろ風呂っ!」

がたがたと震えながらも色々吼えながら、河川で騒いでいた男女達は逃げていった。


「ふっ…他愛もない」

サンシェードの上でニヤリと笑う。悪の総統はニヤリと笑うものなのだ。これもよく練習した。

そしてしばらくサンシェードの上に立っていた未愛は、ハッとした顔をした。

「しまった、おい!どうせ逃げるなら、これをちゃんと片付けて逃げんか!」

しかし彼らはすでにもう車でどこかに逃げた後である。未愛は、はぁとため息をついた。

「…片付けるか。これも世界征服の礎となろう…」

トン、とサンシェードから飛び降りて未愛はまずスピーカーを切る。

そして彼らがその辺に捨てていたコンビニの袋に、散らかったゴミを入れ始めた。

「くっ…分別が…仕方がない、私の家に持ち帰って分別しなおそう…」

ぶつぶつとゴミを拾っていると、後ろから声をかけられた。


「おー、お前が新しい悪の総統?」


軽いノリで二つ名を呼ばれ、未愛は勢い良く振り返った。

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