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激動

私は、人を好きになるという感覚が分からない。理来は、運命の相手と中々巡り会えない。私たちの悩みは、全体で見れば小さな悩みかもしれない。しかし、付き合うたびにふとした瞬間に虚しくなる私のこの感覚や、好きだと思ってずっと一緒にいた相手と後々折り合いが合わないということに気付いて相手を手放していくモヤモヤする理来の感覚は、やはりどうやっても拭いきれない。私たちは、理来の話が終わってからしばらくは、それぞれ何かを考え込むように黙りこくった。お互いきっとそんなに深く考えを巡らせているわけではなかったと思うが、ただただぼーっとしていた。


「……なぁ」


ふと、理来が沈黙を破って言葉を発した。

私はすぐに反応することが出来ず、しばらくしてから理来の方に顔を向けた。


「彼氏と半年目の日、お前彼氏と何した?」


唐突な質問に驚いた。一般的なカップルにそんな質問を投げかけると、大半は恥ずかしがるだろう。何事にもオープンなお付き合いをしているところは別だが。しかし、私の恋愛は、一般的でもオープンでもないと思う。いや、傍から見れば一般的なのだろうが、理来のその問いに対する私の対応が、一般的でなくさせていた。もしくは、「報告会」だからこそ、恥ずかしがる必要性はないと自分の中で割り切っていただけかもしれない。私は怖いくらいに淡々と、その時のことを話した。


「デートして、彼を抱きしめた。それで、『好きだよ』って言った。彼が照れながら返事をしてくれて、彼も抱きしめかえしてくれて、キスした」

「お前はそれで幸せだって思ったの?」


私が話し終えるのを待っていたかのように、すかさず質問を入れてくる。一体、いきなりどうしたというのか。でも、理来があまりにも真剣な目をしていたので、私も真剣に答えていった。


「……照れる彼を可愛いと思った。この空間が幸せだと、思った」


そう思ったのだけは間違いなかった。今の彼氏を本当の意味で愛しているかと言われれば返答は難しいが、愛おしいと思ったのは事実だ。理来はきっとこの次に、本当に好きかどうかを聞いてくるだろう。私が一番答えにくいその質問をしてくるだろう。そう思い、ぎゅっと目をつぶって身構えた。


「……へぇ、そうなんだ。じゃあ、俺とも同じことしよっか」


予想外の発言に、思わず彼を見た。さっき自分の恋愛話をしていたときの幼さのあった理来からは想像も出来ない、冷たい笑みに身震いする。何故急にそんな結論に至ったのかは分からない。ただ分かることは、このまま理来と同じ空間に居続けるのは危険だということだけ。


「わ、たし、帰るね!」


いそいそと準備をして、ドアを開けようとした瞬間、背後から腕が伸びてきて、私が出て行くのを阻止した。バン!という派手な音がして、理来がドアを思い切り平手で叩いたのだと理解した。怖くて、鍵を開けてそのまま出ることも、振り向くことも出来ずに、ただ立ち止まっていた。初めて、理来が怖いと思った。そんな私の様子を気にもかけずに、理来は自らの顔を私の顔の左横までもっていって、耳元で楽しそうに言った。


「だめ。逃がさない」


彼がそう言った瞬間、私は腕を後ろに引っ張られて、彼の腕の中に自然と収められた。何をされるのだろうか。「同じことしよっか」なんて言われたけど、ただそれだけならば、こんなにも怯える必要なんてない。ただ私には彼氏がいるから、「同じこと」をするのは避けなければならない。それだけの話だ。ただこの時は、”何をされるか”の心配よりも、”理来が何を考えているか”の方が気になった。自分の身の危険よりも、彼の心情を読み取ろうとしていた。


「咲結、俺もう限界なんだ」


急に弱々しい声でそう呟いて、彼は私を抱きしめる力を強くした。普段の彼からはあまり見られない弱々しい姿を見せられ、少し動揺してしまった。


「理来、苦しい、離して……」


理来は一言「ごめん」と言い、私の体に回していた腕を離した。それから私は、彼に向き合った。しかし、目は合わせられず、俯いた。

 本当はそこまで苦しいとは思わなかった。何となく、離れた方がいいと思った。こんな行為だけで慰められるなら、それも楽かもしれない。しかし、理来の根本的な苦しみには気付いてあげられない。いつも彼から逃げている分、聞いてあげなくてはと思った。本当は、彼が恋愛の話をするたびに苦しそうにしていることに気付いていた。それを深く追求せずに話を終わらせていたのは、私だ。彼は私のことを全て聞いてくれようとしているのに、私だけが彼のSOSを無視してきた。


「こんな年にもなって『限界』とか、笑えるよな。俺はきっと、恋愛に不向きなんだよ。いつも咲結に偉そうに言ってるけど、俺の方がガキなんだよ。自分の結婚観を盾にして関係を切ってきた元カノたちのことを、果たして俺は手放したくないほどに愛してたのかなって思う。きっと愛情なんてなかった。ただの恋で終わっていた。元々結婚なんて出来た関係じゃなかった。俺がそうさせてた。俺とお前は、違うようで似てるんだよ、咲結」


情けないが、私には理来の話を完全に理解することが出来なかった。彼は今まで、つい最近別れた彼女との惚気話を沢山してきた。付き合っているときは、凄く幸せそうだったのに。1年半も一緒に居られた相手なのに、愛情がなかった?あんなに幸せそうにしていたのに、ただの恋?結婚なんて出来た関係じゃなかった?彼の今までの言動と今の本音とでは、矛盾していて混乱してしまう。きっとそれは彼自身が一番感じていることだろう。そう思ったら、なるほど私と彼は確かに似ているなと思った。私も同じく、幸せを感じているようで本当の愛を断言出来ない。


「ホントだ、同じだね。私たち、おんなじところでつまづいてる」


俯いていた顔をあげ、理来と目を合わせて、笑ってみせた。

 そこからの展開は、先程の私の全力の拒否を無意味にさせた。私たちは自然と抱きしめ合い、そして、自然と唇を重ねた。


この時私は、半年目に彼氏に抱いたあの愛しいという感情を、理来にも同じように抱いていたことに気がついた。

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