「迷子の私と天使の人形」 2
約束の時間まで残り一時間程になり、私は準備を終えて家を出た。
メイクはしっかりした。服はファッションセンスのある友達にこの日の為に選んでもらったものを着ている。
準備は万端、さあ行こう。
家を出て二十分ほど歩き、待ち合わせ場所に辿り着く。待ち合わせ場所は六年前に店長と出会ったクリスマスツリーの下。
六年前と同じ場所を選ぶなんて自分のことながらずいぶんと夢見てると思う。
ツリーの周りに置かれた石造りのベンチに座り、店長を待つ。
なんだか、一秒一秒がものすごく長く感じる。
落ち着かない私は何度も携帯電話をカバンから取り出して時間を確認する。まだ、十分もすぎていなかった。
緊張のせいか、心臓の鼓動がやたら耳に響く。気を紛らわすために周りを見る。しかし、それは今の私には逆効果だった。
周囲には仲良く腕を絡めあうカップルが大勢いた。しかも他に人がいるにも関わらず、いきなりキスを始め、二人だけの世界を作りだしている。
う、うわぁ。き、キスしてるよぉ。あわわ、あっちは舌絡めてる。あれってディープキスかな?
もしかしたら、私もあんなふうに……。
期待に胸を膨らませて私は彼を待った。
約束の時間まで五分を切った。すっかり暗くなった夜空を私の後ろにあるツリーが明るく照らしている。
少し冷たくなった手にハァ~と息を吹きかける。白くなった吐息はそのまま夜空に溶けて消えていった。
さっきまでの期待はどこにいったのか、だんだん不安が募ってきた。
やっぱり……来ないのかな?
不安に押しつぶされそうになり、私はうつむく。そんな時、私に近づく足音が聞こえ、私の目の前で止まった。
……来た!?
うれしさから顔を上げる。しかし、目の前いたのは彼ではなかった。
「こんばんは。君さっきからずっと一人でいるよね。もしよかったら俺たちと遊ばない?」
私より少し年上に見える茶髪の青年がいた。
「いえ、私人を待ってるんで……」
「え~いいじゃん。なんならその子も一緒に連れてくればいいしさ。ほら、行こうよ」
私が待ってる人を女友達だと勘違いしている青年は無理矢理私の手を掴んで仲間の元に連れてこうとする。
いや、やめて!!
驚きと恐怖から声にならない悲鳴を心の中であげる。
誰か、助けて……。
「そこのお前。人の女に何してんだよ」
助けを求めた瞬間、聞き慣れた声が近くから聞こえた。
「あ!? 誰あんた?」
「誰って、そいつの彼氏だけど? お前こそ誰だよ。それより早くその手離せよ」
「……んだよ! 彼氏持ちかよ。だったら最初から言えよ」
私の手を離すと青年はそう言い残し、この場からさった。
解放された私はすぐさま店長に駆け寄り抱きついた。
「こわかったです、てんちょ~」
安心感から涙が溢れだす。せっかくセットしたメイクも容赦なく流れた。
「悪かったな。こんなことになるならもっと早く来ればよかったな」
店長は優しく私を抱きしめて、頭を撫でて慰めてくれる。
「そ、そうでずよぉ。わたしぶぁってたんでずから」
嗚咽を漏らし、涙声で何を言ってるのか自分でも判断できない。
「あ~泣くな、泣くな」
店長はポケットからハンカチを取り出して私の涙を拭く。
私は気持ちが落ち着くまで店長に身を預けた。
しばらく経ってようやく落ち着いた私は店長がいるという現実に改めて気づいた。
「それにしてもてんちょ。来てくれたんですね……」
「まあ、な」
さっきの出来事があったせいか、何を言っていいのかわからない。なにしろあのせいでムードの欠片もないからだ。そして、何を言っていいのかわからないのは店長も同じようだった。
長い沈黙が互いの間に漂う。そして、その沈黙を破ったのは店長だった。
「それで、話って?」
突然本題に入られて私は焦る。ここに来るまでの覚悟や勢いはすっかりなくなっていた。
「あ、あの。その。えっと……」
喉元に言葉が引っ掛かってうまくでてこない。もどかしさから、また瞳に涙が浮かぶ。
「わ、わたし……てんちょが好きです。……付き合ってください」
ようやく絞りだした言葉はなんとも小さいものだった。もしかしたら店長に聞こえてないかもしれない。
店長から返事はない。
やっぱり、ダメだったんだ。当然か、私なんてまだ子供だし。ついさっきなんて迷惑かけちゃったし。
瞳に溜まっている涙が一粒頬を流れる。
それと同時に唇に暖かい何かが触れた。これが店長の唇で私にキスをしているんだと気づくのに時間はかからなかった。
数秒のキスを終え、店長は唇を離した。
「――ぁ」
名残惜しさから私は声を漏らす。そんな私に店長は、
「これが俺の答えだ」
今までの人生で一番嬉しい言葉を口にした。
「うう……てんちょ~」
今度は嬉しさから、また涙が流れる。
「なんだ、さっきから泣いてばかりだな?」
「だれのせいですかっ!!」
「まあ、俺のせいかな?」
「じゃあ責任取ってください」
「どんな理屈だよ。ったく、しょうがないな」
そういって店長は再び私に優しいキスをした。
今度はさっきより長く、互いに求めるようなキス。
あまりの心地よさに何も考えられなくなる。
しばらくして、店長の唇がまた離れる。
「……てんちょ」
脳がとろけるような感覚がする。店長以外視界に映らない。
「ひとまずここ離れるか」
「……はい」
店長が差し出した手に指を重ね合わせて二人歩きだした。
店長に引っ張られて連れてこられたのは〈Lilac〉だった。暗くなった店内に入り、店長が明かりを点ける。
明るくなった店内。店長は私を椅子に座らせ、厨房に入った。
普段見慣れている店内に入ってようやく冷静さが戻り、状況の整理ができた。
私、店長の彼女になったんだ。
実感が湧くと共に、唇に残る店長のキスの感触を思い出して身悶える。
キス! キスしちゃった! しちゃったよぉ。
叫びたくなる衝動を必死に押さえる。ここが防音仕様ならおもいっきり叫んでいた、きっと。
誰かに今の状況を伝えようと思い、カバンから携帯電話を取り出す。
誰に連絡しよう? 冬香さん? それとも千春お姉ちゃん?
どうしようかと悩んでいると、カバンの中のあるものが視界に入った。
それは、ずっと返そうと思っていた天使の人形。
そっとカバンから人形を取り出す。
私と店長を出会わせてくれた人形。
「ありがとう。あなたのおかげだね」
家を出る前と同じように人形を抱きしめる。
「ほら、これ飲め」
いつの間にか厨房から戻ってきた店長が湯気の立っている紅茶を渡した。
「いただきます」
渡された紅茶を一口飲む。冷たくなった体に温かい紅茶が染み渡る。
「ところで、その人形は?」
紅茶を飲みながら店長が尋ねた。どうも、この人形を覚えてないみたい。
まぁ覚えてなくてもしょうがないよね。だって六年前の事だし。それにほんの少しの出来事だったし。
「これはですね……」
私にとって大切な出来事を忘れてしまった“彼氏”のために私は一から説明する。話し終えたときの驚いた反応を期待して。
クリスマスイブ。
聖なる夜の前夜に一組の男女を結び付けたのは、やはり神の使いの天使だった。
二話目です。年の差カップルの誕生です。やった~!!
とかいいつつも、この話が今まで書いてきた小説の中で一番書いていたときも、書き終わって見直したときも恥ずかしいものです。
もう、この話のあまったるいのなんのって、床を転がりまわって散々悶えて壁に小指をぶつけて痛みを感じた後になってようやくまともに見れるくらいの代物です。
そんなのですが自分の書いてる話の中では珍しくハッピーエンドです。本当に数少ないものなので密かに大事にしております。