落第点
ガリ勉少女のあだ名を持つ桐野 舞奈は、昼休みになると、美由が生徒指導室へ向かった事を確認して、裏庭にやって来る。
メスの茶トラ猫に餌をあげるためだった。
彼女は嬉しそうな顔をしながら、ゴロゴロ転がるメス猫のお腹を撫でていた。
「猫さん聞いて。私が目をつけていたクラスメイトが今いじめらてるの。」
猫はゴロゴロ転がるのを止め、眠たそうに目を閉じる。
「彼女が派閥を作るという噂が広がって、彼女が特に言い訳をしないもんだから、あのいけ好かないお嬢様学校の人たちが勘違いをして、彼女をいじめているの。今日、机に卑猥な言葉を落書きされていたわ。」
桐野は画鋲の事は知らなかった。
「あの子は本人にまったく自覚が無いけど、この学校に変化を起こしている。変化を起こす時には、必ず抵抗がある。だから、彼女はいじめられる。彼女がこれに耐える事ができたら、きっと素敵なおねぇえ様が誕生するでしょうね。今から楽しみ。」
桐野が猫との楽しい時間を過ごして、教室に戻ると、アルコールの臭いが充満していた。
美由がいそいそと、自分の机の落書きを消している。彼女が使っている除光液の臭いだ。
桐野はその光景を見て、ちょっとがっかりしていた。
『今の時間、彼女が机の落書きを消しているという事は、先生達との交渉を早めに切り上げたということか・・・。』
彼女は美由に話しかける。
「あら、桜間さん。しばらく、消さないんじゃなかったの?」
美由は一度、桐野の顔を見たあと、視線を机に戻す。
「先生がさっさと消せと言うので。」
「生徒指導室で何か言われましたか?」
「原因を作った私が悪いから、我慢しろとだけ。」
『やはりか・・・。』
「桜間さん。今回は落第点です。」
「桐野さん、何をいきなり、点数をつけてるんですか・・・。」
「結果が変わら無い事が分かっていても、昼休み終わりまで粘るべきでしたね。」
美由はギックとなる。
「な、何をおっしゃっているか良くわからりませんが・・。」
彼女は嘘をついた。実は美由も彼女の言わんとしている事は分かっていた。
「先生にもう一度、クラス全体の問題としてクギを刺す様に説得すべきでしたね。多分、上にいじめを報告したくないとかいう理由で、もみ消しそうとして、あなたが悪い論を展開したんだと思いますけど、あなたは戦うべきだったんですよ。」
美由は実は充分そのことを理解していたのだが、先生と揉める覚悟を持っていなかったので、今回の腰砕けな有様になっている。
「まあ、もうこんな事はないでしょうし、もしあったら、今度は覚悟を決めるつもりですよ。」
「桜間さん。弱者に責任をなすりつけるのが、一番楽なんですよ。自分たちが責任をとらないですむ、一番簡単な方法だから。私も経験があるから知ってます。私の場合、普段、正義だの差別だの自由だのを口する先生でしたが、いざ、いじめが発覚したら被害者である弱者の方が悪いと平然と言い放ちました。あなたは、ひとつも悪くありません。あなたは被害者です。先生方の不当な主張に抗議する権利があります。それにこれは戦争です。これで終わるはずがありません。初期に半端な対応をすれば、問題は泥沼化する。だから、最初に相手にリスクがある事を認識させる。多分、お嬢様方で、上の人たちなら、今回の件の対処方は学園の上層部に直接、親から圧力をかけさして、学園全体に向けて脅しをかけるはずです。それが、一番、効果があるから。」
「私の親は普通のサラリーマンなんですけどね。」
「だから、先生を説得する必要があるんですよ。」
「まあ、すんだことですし、あるかどうかも分からない事を話しても・・。」
「そう。」