夜にカエルと話をする。
夜になっていた。
桜間 美由は、白いピッチリとした長袖のランニングシャツと、白の玉虫色に光を反射するウィンドパンツという姿で、持久走大会の時のコースと同じ坂道を走っていた。
美由は格好から入るタイプではないし、ファッションにこだわるタイプでもない。でも、こういう風に格好を決めて走るのには、彼女なりの理由があった。
正直、学校指定のジャージでも良いと思っているくらいなのだが、それでは問題があった。
まず、学校のみんなに走っている姿をあまり見られたくないというのがあったので、「その学校の生徒です」と主張する格好は出来ない。
美由の能力である、存在を薄くするという手もあるのだが、車に跳ねられる危険性があるので、その手は使えない。
当然、走っている姿をあまり見つかりたく無いので、見え難い夜間を走る事になる。
この夜間というのが、また厄介で、夜間の車というのは、そこに人間がいないと思いこんで走ってくる事が意外と多く、早めに存在を認知させないと跳ねられる危険性があるのだ。だから、夜間でも発見しやすい白色を選んだ。
次に問題なのが警察で、明らかに体力づくりで走っていますという服装でアピールしながら走らないと、職務質問を受けることがあるのだ。
ピッチリした体のラインが出るシャツも嫌なのだが、汗をかくと緩みがあるシャツだと、濡れた感じが気持ち悪いうえに、汗を効率よく吸収してくれないので機能的にどうしても、ピッチリしたランニングシャツになるのだ。
正直、張り切ってますアピールをしている格好なんて、したくないのだが、しょうがなかった。
山道を走っていると、声が聞こえてくる。
「お嬢さん、こんな夜中に、女性の一人歩きは危険ですよ。」
美由の足が止まり、声がした方へ体を向ける。
「何です?蛙主。」
そこには、今朝、朋が見た大きな茶色いガマカエルがいた。手には酒が入っている、ひょうたんが握られている。
「ふぅういい。いやぁあ、お主はいつもここを走っているから、ここで待っておった。」
「そうですか。それより、今朝、女の子たちが走っているのを覗いてましたよね?」
「覗きとは失礼な。ただ、めんこい子たちが生足を出して走っている姿を見てみたかっただけじゃ。第一、堂々と見ていたぞ。」
「このスケベガエルが。」
美由は吐き捨てる様に言った。
「姿・形が違う生き物に欲情しないでください。」
「酷い事を言うのう。30年も生きていたら、ストライクゾーンも広がるのがわからんのか?」
「わかるわけがないでしょ。第一、年をとれば性欲は減退するのが普通でしょ。それに、堂々と見ていたって言ったって、あなた、普通の人間の目には見えないじゃないですか。」
「まあ、わしが長生きしたため化け物になれて、存在が薄くなったから、まだ、こうして生きてられるじゃがなぁあ。せっかく、長生きして手に入れた力なんじゃから、使わなきゃ損じゃろ。」
「やっぱり、覗きの自覚はあるんですね。」
一瞬、会話が止まり、切り返すように蛙主は話を始める。
「そうそう、で、お主に用事があってだな。」
「何です?突然、話題を変えて。」
「お前さん以外に、わしの姿が見えていた女の子が一人おったぞ。」
「??。本当に消えてたんですか?」
「わしはお主と逆で、存在を強くする方が力を使うんじゃ。覗きやっているのにわざわざ、存在を強めるか。」
「そうでしたね。それと、やっぱり覗きだったんですね。それで?」
「で、その女の子というのが、確か、お主がお姫様抱っこをしたとかいう女の子だったかな?」
美由が一瞬固まる。
「み、見てたんですか?てか、お姫様抱っこなんてしていません。」
「うんにゃ、若いカエルから聞いた。と、言うより、わしらの間で噂になってるぞ。」
美由は足の力が抜け、崩れ落ち、両手をアスファルトにつけた。
一瞬間が空き、美由は蛙主を、「っき」と、睨みつけた。
「てか、なんで、みんな、そう噂好きなんですか。それより、何で私があなた達の間で噂になっているんですか。」
「そりゃ、暇だから?てか、いじると面白いから?」
「私を暇つぶしの道具にするのは辞めてください。」
「それは無理だろ。お主はわしら化け物の中では有名なうえに話題にし易いのだから。」
「くうぅう。」
「そんな事より、魔法少女の姿を見せてくれ。」
「・・・・・・。なんです?唐突に。」
「いや、目の保養に。」
「いやです。誰が、そんな理由であんな恥ずかしい格好に。」
「どうせ、これだけ平和だと、変身する必要なんて無いんじゃから、たまにはええじゃろ。」
「良く、ありません。」
「第一、魔法少女が活躍するような化け物の暴走があったとしても、わしらで何とかするから、そうそう出番なんて無いぞ。」
「嫌です。」
「しかたないのう。諦めるか。」
「当然です。」
「そうそう、最近、腰が痛いのだが、治してくれんか?」
「駄目です。と、言うより、私は軽い怪我が治せるだけで、腰痛は無理です。」
「役に立たん、魔法少女だの。」
「それを言わないでください。」