茶トラ猫と
裏庭で猫と戯れていた彼女は桐野 舞奈という名前である。
彼女は公立の中学から来た子だが、1年の時から男子を含めても1番をキープし続けていた。休み時間もずっと勉強をする姿から、嫌味を含めてつけられたあだ名が、『ガリ勉少女』であった。
普段は、取り付く島も無いぐらいにクールな人なのだが、今はこんな少女の様な顔で猫と戯れたり、子供の様に驚いたりしている。桐野の普段の姿は作りで、本当の彼女はこういう風に子供っぽいんだろうと、美由は思った。
彼女は立ち上がり、キッリっとした顔になる。
「あら?誰かと思えば、桜間おねぇえ様じゃない。」
『あなたもその呼び方をしますか?』
「すいません。その呼び方やめてもらえますか?同級生ですし。」
「あら?いいじゃない。期待してるんだけど。あなたがおねぇえ様になる事。」
「私はなるつもりは無いのですが・・・・・。」
「もったいない。聖エルナール学院の人達が悔しがってて面白いのに。」
「あはは・・・・。」
美由は顔を引きつらせ、乾いた笑いをした。
『彼女はあのお嬢様方に何か恨みでもあるんだろうか?』
「親が金を持っているというだけで、公立中学出身の一般生徒を見下している、あの、いけすかないお嬢さんたちの大切なステータスである『おねぇえ様』の称号を、一般生徒の代表である、あなたが受けるのは考えてただけで痛快なのに。」
「遠慮しときます。」
『何かあったんだろうな。本当に。』
「私、あのお嬢様方にだけは負けたくないと思って、勉強だけは頑張ってきたのよ。恨みは人の競争心を煽り、成長させるから。多分、この思いが無かったら、今の私は無いわね。一応彼女等には感謝もしているんですよ。」
「はぁあ。」
「そうそう、感謝といえば、有り難うね。私が倒れた時に、一番に駆けつけたのがあなただったそうで、感謝の言葉を言うのを忘れてたわ。」
「いえいえ、どういたしまして。」
「貸しが出来たわね。」
「そんな気にしなくとも。」
「貸しついでに、もうひとつお願いがあるんだけど。」
「なんですか?」
桐野はゴロゴロと無邪気に寝返りを打つ茶トラの猫を見る。
「この子の事は黙っておいてくれない?私、学校に来る時は、この子に毎日餌をあげているんだけど、ほら、先生や他の生徒に知られると体裁悪いから。」
「ええ、いいですよ。私は見てなかった、知らなかったですね。」
「有り難うね。」
少しの間、二人の間に沈黙が出来る。彼女は心配そうな表情になる。
「私が倒れた後から、この子、昨日まで姿を見せなかったんだけど、今日、こんなに元気そうな姿で現れて。」
そう言って、笑顔になった。
「へぇえ。」
『まあ、「暴走」して学校に来るどころじゃなかったんだけどね。』
「でも、不思議、私が倒れた時、一瞬、この子に足を抱きつかれた様な気がしたんだよね。」
美由はビックとなる。顔が引きつる。
「へぇえ。そ・そう、なんですか。」
「じゃ、この辺で、テスト頑張ってね。」
そう言って、桐野は立ち去っていった。
「後、おねぇえ様もね。」
美由は引きつった笑顔で、彼女を見送った。
『テストは頑張るけど、おねぇえ様は頑張りません。』