恥ずかしがりな女の子
桜間 美由は恥ずかしがり屋な女性だった。
そのゆえに出来る限りスポットライトを浴びたくないと思っており、彼女なりに目立たない様に努力していた。
美由が目立たない努力をしているのには性格的な面もあるのだが、それとは別の理由もあった。
彼女には不思議な力がある。
美由は自分の小さな世界を守っていきたいと考えており、この力を誰にも知られてはならないと思っていた。そのためには目立たない様にして生きていくのが一番だと考えていた。
しかし、美由のそんな考えとは裏腹に彼女は目立つ女性であった。
なにせ、彼女は女子の中では背が高く、それなりに人を引きつける容姿をしているために、ただ、立っているだけで目立つのであった。
それに、彼女はどこか抜けており、失敗を良くしてしまう処があった。そのために思わぬ処で人の注目を集めてしまうのだった。
そのたびに恥ずかしい思いをするので、ますます目立ちたくないと思うようになっていた。
持久走で上位に入ると目立つと判断した美由は、丁度良いところに、気分の悪そうな少女を見つけて順位を落とすきっかけを手に入れた。
そのため、30番目という目立たない順番でゴールする事ができた。彼女的にはこのまま持久走大会が終わる予定でいたのだが、ゴールした直後に美由に話かけてくる人物がいた。
「桜間さん。お疲れ様。」
声の主は、須王寺 麗菜というクラスメイトだった。
彼女は美由と親しい仲ではない。と、言うより、なるべく近づきたくないので、美由は距離をとっている人物だった。
須王寺 麗菜はお人形さんみたいに綺麗な女性だった。
綺麗な白い肌で、少々キツイ性格という印象を与える顔立ちをしていおり、肩まである髪の一本一本は太く、軽くパーマがかかっているためボリュームがある綺麗な黒髪をしており、美由ほどではないが、女子の中では背が高い方で、体格は普通ぐらいだが背のおかげで細身に見えた。
また、一番ではないものの運動も勉強もかなりの上位におり、生徒会の副会長で、この学校女子内に存在する派閥の長をしていた。
そういった彼女の外見や能力や地位だけでも十分に目立つのだが、話術や立ち振る舞いに華があり、そこにいるだけで自然に人の注目を集める女性だった。
美由は彼女が嫌いではないし、「素敵だな」と憧れも抱いているのだが、なるべく目立たない様に生きて行きたい美由にとっては近くにいたくない人物であった。
「ありがとうございます。須王寺 さん。」
美由はちょっと壁のある感じでそう答えた。
「聞きましたわよ。」
須王寺は意地悪な笑みを浮かべながらそう言った。特に心あたりのない美由はキョトンとした顔で彼女を見て、一拍空けて口を開いた。
「何をですか?」
「転んだ一年の女子を、お姫様抱っこして、起こしてあげたそうじゃない。」
一瞬、美由は須王寺が何を言っているか理解できなかった。
「はい?」
「女子の間で、さっきから噂になってますわよ。桜間さんが王子様のように、かわいい女の子をいたわってあげていたと。」
美由はその言葉を聞いて頭が真っ白になった。
美由には不思議な力がある。
そのひとつに自分を視認し難くするという能力があった。
この能力を使っている間は、他人は彼女の存在に気づかない、または誰か居るぐらいにしか思わなくなるのだが、積極的に何かを探そうと感覚を研ぎ澄ましている人や、自分に注目している人物に対しては、ほとんど効果がなかった。実際は、自分を積極的に探しても、ほとんど認識出来ないぐらいまで存在を消す事もできるのだが、今の美由にはそこまでは出来なかった。
美由はこの能力を使い、目立たない様に高校生活を送ってきた。女子にしては身長がある彼女が目立たずに来れたのも、この能力のおかげだった。でも、今はこんなに注目を浴びているため、能力を使って逃げ出す事が出来ない。
それに、今の状況は美由にとって好ましくなかった。このまま放置しておくわけにはいかないので、どうにかして解決しなければならない。
『私が王子様でか弱い少女をお姫様だっこしたって、明らかに話に尾ひれがついている。ひとまず、尾ひれだけは修正しとかないと』
美由は軽く息を吸い、話はじめる。
「あ、あれは、彼女の体調が悪そうだったので、先生の所まで連れて行こうと声をかけて、その時、ハンカチを貸してあげて、彼女がハンカチを返そうとしたとき転んでしまって、その時、起こしただけで、お姫様抱っこ何かしてません。」
美由の反論した後、周りにいた女子から「キャー」と黄色い声が聞こえた。
『なぜ?黄色い声・・?と、いうより、周りの子たち、距離をとっているフリをしながら聞き耳立ててる・・・。』
「まあ、お優しいこと。あの時、私の少し後ろ、確か5番手ぐらいを走ってらしたのに。あのまま行けば、もしかすれば、私を抜いて3番ぐらいにはなれたかもしれないのに、それを捨てて、いたいけな少女を助けるなんて。」
美由は彼女のこの話を聞いて始めて自分のミスに気づいた。順位よりこっちの方が、より目立つ行為だったことに。
須王寺にしてみれば、体調が悪そうな彼女の姿を見ているわけで、彼女に手を差し伸べるよりも、順位を優先した事になる。
そんな中、順位を捨てて体調の悪い少女に手を差し伸べた人がいて、その人物が噂になっているとなると、彼女の心境が良いはずがない。
派閥の長である彼女が派閥の統制を保つためには自己の能力の優位性をアピールして周囲をねじ伏せる必要がある。
だから運動能力の優位性を証明する持久走大会の順位は彼女にとっては重要なものなのだ。目論見が間違いだったとはいえ、目立たないために順位を簡単に捨てられる美由とは価値が違うのだ。
美由はあくまで打算でやった事であって、決して褒められるような行為ではない。その事を自覚しているだけに、心がイタかった。
「あんた、本当に何も知らないのね?」
芹ヶ野 加奈は、一緒に歩いている朋に、そう言った。
2人は折り返し地点を通過して、学園へと向かい、下り坂を歩いている。
加奈が言っているのは、学校の女子内に出来ている勢力図の話だった。
朋は友達と毎日楽しくできたらそれで良いという考えしか無かったので、自分がいる仲良しグループの外の状況にはあまり興味が無かった。それに入学してまだ一ヶ月ちょっとしかたっていない。そんな感じだったので、学校内の内輪ルールを知るはずもなかった。
「まあ、いいわ。女子は群れたがる生き物だから、当然、仲良しグループというのが出来るわけ。それとは別に一定の目的を持って集まる派閥ってのがあるのよ。」
「はぁあ・・。派閥・・・。そんな昔の少女漫画みたいな。」
「まあ、そういうツッコミは無しの方向で、厳然とウチの学校にはあるんだし。ひとまず、ウチの学校の女子の一部は同じ考えを持つ人が集まって大きな組織を作っているのね。」
「その人たちって何で派閥を作っているの?」
「さあ、詳しくは知らないけど、人数を集めればそれなりに力があるじゃん。力と言っても暴力とかじゃなくて、発言する時とか、それにトラブルとかあれば派閥に頼る事が出来て便利じゃん。」
「そっか。えーと、その人たちって、普段、何かしてるの?」
「部室棟に大きな部屋があるんだけど、そこで良く集まってお茶会とかしてるわね。」
「そんなことして先生に怒られないのかな?」
「大丈夫みたいよ。良くは知らないけど、大きな派閥については、学校側も認めているみたいだし。」
「へぇえ。先生たちを納得させるぐらい力があるんだ。」
「大きい処はそうみたいだね。」
「でも、良くそんなに人数を集められるね。」
「ああ、この学校の派閥は組織がしっかりしていて、中心となっていた生徒が卒業しても、残った生徒が派閥を引き継ぐみたいだよ。」
「引き継ぐ?」
「派閥の人集めをするにしろ、派閥をまとめるにも、権威ってのが必要なのよ。」
「権威?」
「歴史があるってだけで、派閥に箔がつくでしょ。人数だって最初っからある程度引き継げるわけだし、歴史があれば、派閥内にかき混ぜる人が出てきても壊れ難いしね。言ってみればブランドよ。良く、テレビで女性コメンテーターが男は権威に弱いなんて言っているけど、別の特集で、ブランドを買いあさる女を見てると、女も充分、権威に弱いと思うよ。」
「あはは。」
「実際、歴史が無い派閥って、駄目になりやすいのよ。派閥を作ろうとして、駄目だった先輩を知ってるし。」
「へぇええ。」
「で、今、学校内では大きい勢力が3つあるわけ。その中の最大勢力が須王寺麗菜おねぇえ様の派閥ね。」
「へぇえ。私、知ってる、生徒会の副会長さんだよね。綺麗な人。」
「そうそう、成績トップクラスで運動もトップクラス。まあ、少女漫画みたいに、どっちも1番じゃないけど、それでも総合すれば一番飛び抜けているから、歴史があって権威もある今の派閥を引き継ぐ事が出来たのよ。」
「なるほど。」
「朋ちゃん。この学校で華のある人は大抵、派閥に属しているから、覚えておいた方が色々とおもしろいと思うよ。」
「なるほど。そういえば、桜間先輩も派閥に入っているの?」
「ああ、あの人は派閥には入ってないのよ。私の情報網に引っかからないのも、そのせいなんだけど。」
朋は加奈と一緒にゴールを切った。
加奈は朋の肩を「ポン」と叩き「じゃあね。」と、言って、笑顔で手を振りながら去っていった。
その後、すぐに朋の友達の三人が朋に走りよってきた。
名前は鈴木 あずさ・田中 佐和・佐藤 絵里。3人はいじわるそうな笑顔を浮かべている。
「聞いたよ、朋。あの、クールな桜間先輩にお姫様だっこされたって。」
美由が須王寺した反論は意味をなさず、話に尾ひれがついていたままになっていた。
「お姫様だっこはされてないよ。転んだ時、起こしてもらっただけだって。それより酷いよ。一緒にゴールしてくれるって言ってたのに。」
「はいはい、ごめん、ごめん。そのおかげで、桜間先輩に優しくしてもらえたんだから、むしろ感謝して欲しいくらいだ。」
「あうー。」
持久走大会が終わり、解散となった。
桜間美由は、学校指定のジャージ姿で、肩を落とし、存在を薄くする能力を使いながらトボトボと校門を出た。
「つかれた。」
美由の口から思わず、独り言が漏れた。
ゴールした後須王寺と話していると、他の三大派閥の長の二人もやって来て、三人で自分を褒めてながら、色々と聞いてくる。褒められ慣れていない自分にとって、褒められることが苦痛であったし、高嶺の花の人達との会話も苦痛だった。何より苦痛だったのは、静かなる派閥争いの中心に立たされている事だった。まるで、針のむしろに座らせられている様な気分だった。
正直、すぐにでも逃げ出したいと思っていたのだが、不仲であると思われるわけにもいかないので時が来るまで待つしかなった。
美由はため息をついた後、顔をあげて、両手でぽっぺを叩く。
「さて、うちに帰って勉強しないと。」