困る月見
「じゃあ。私は仕事があるから、これでな。」
そう言って、神園は部屋を出ようとする。
「だめ。」
月見は神園の手首をすばやく握り、強くひっぱる。神園は後ろへ引っ張られる。
「何だよ。私が知っている情報は全て教えたぞ。」
「この私が困っているのよ。ありがたく相談にのりなさい。」
左手で自分の胸に手を当てて、強い語気で訴える。
「何でだよ。仕事に遅れるわけには、いかないんだよ。」
「この私と仕事、どっちが大事なの?」
「仕事に決まってるだろ。こっちは生活がかかっているんだぞ。何で、夫婦でも恋人でも無い私が、あんたのワガママに付き合わなきゃならない。」
「友達でしょ?」
「いや、友達じゃないと思うが・・・。」
「むー。」
月見は泣きそうな顔になる。
「ああ、分かったよ。店長に電話するから待ってろ。」
神園は店長に電話して遅れる事を伝える。
「ほら、1時間ぐらいは大丈夫みたいだぞ。何が聞きたいんだ?」
「聞きたいというか、一緒に考えて欲しいのよ。」
「何を?」
「あの鬼・・・。救済者だか末世論者だかがの情報を、何故、家の者が私に伝えないっかって。」
「教える必要が無いからだろ?」
「何で?私は鬼を捕らえた当事者だし、救済者が須王寺家に目をつけたんなら、また、襲われる可能性が高いわけでしょ?対策を打つためにも私に伝えるべきだと思うのよ。」
「それは大人の事情があるからだろ?」
「私が子供扱いされてるって事?こんなにセクシーなのに。」
「あんたの何処がセクシーなんだ・・。私にはお転婆娘にしか見えないが・・。」
「失礼ね。これでも、学校では色香ただよう大人の女の地位を確立しているのよ。」
そう言って、体をくねらせる。
「あーハイハイ。私の言い方が悪かった。あんたんちの上層部の都合で、現場に知らせる必要が無いと判断したんだろ?」
「どういう事かしら?」
「幾つか考えられるけど、まず一つは、上層部が救済者を現場の通常業務に支障をきたす程の驚異ではないと考えている場合。二つ目は上層部は救済者を驚異と考えているが、現場に知られては困る、または、現場が勝手に判断して行動される方が都合が悪い。」
「あなたはどっちだと思うの?」
「両方じゃないか?」
「何で?もう襲われているのよ?」
「だから、大人の事情なんだろ?」
「何か納得いかないんだけど。」
「もし、必要になれば、その時は上が情報を降ろしてくるわよ。その時まで、大人なしくしとくのが一番。」
神園は本気では言ってはいなかった。自分の経験上のこの手の問題は放置しておくと、必ず問題が大きくなり、状況が破綻した時に、突然、現場に責任を押しつけられ、仕事が増えるパターンだ。
だが、この手の問題は現場が下手に動くと、問題が更に酷くなるのも事実だ。
須王寺家の上層部が優秀であれば、交渉に入っているはずで、交渉の窓口は一本に絞るべきだ。現場が上層部の窓口を無視し、勝手に交渉を始めれば、相手は足下を見て、取引を優位進めようとし、現場と上層部との交渉内容の食い違いが生まれ、そこから破綻していくからだ。