不思議な踊り5
「処でフォアシームって、何ですか?」
美由は自分に取り憑いている幽霊に質問する。
「フォアシームは、ただのストレートの事だよ。」
「だったら、フォアシームと言わずに、ストレートと言えばいいじゃないですか。何で、みんなフォアシームと。」
「それは、ツーシームがあるからだよ。ところで、美由ちゃん、最高の変化球って何だか知ってる?」
「それは、フォークとか、ナックルとかですか?」
「ぶっぶー。外れ。答えは、ストレートだよ。」
「ストレートって、変化球なんですか?」
「そうだよ。よくよく考えてみて。モノを投げたら、放物線を描いて落ちるわけでしょ?」
「ええ。」
「でも、ストレートは直線軌道を描くんだよ?」
「言われてみれば、確かに・・・。ストレートの日本語は直球ですもんね。」
「何でストレートが重力に逆らって、直線軌道を描くか分かる?」
「いいえ。」
「ボールに縫い目があるでしょ?この縫い目って、かなりぼっこり浮き出てるのよ。硬球は純粋に球体ではなく、縫い目がかなりぼっこりと出たいびつで歪んだ形をしてるだよ。」
「へぇえ。」
手に握られたボールをクルクル回し、縫い目部分を触ると確かにぽっこりとでているし、よーく観ないとわからないが、純粋な球体でなく、いびつな形をしている。
「ボールが歪んでいるのは分かったかな?」
「はい」
「ただ、投げるだけなら、そうでも無いんだけど、こんなに歪んでいるボールに、回転をかけながら投げると空気の影響をかなり受けるの。それが変化球ね。」
「?」
「ああ、美由ちゃん、疑っているなぁあ。」
「いいえ。疑っているわけでは・・・。ただ、回転をかけた処で、この程度のデコボコで、変化があると思えなくて。」
「美由ちゃん。それを疑っているというんだよ。と、言うより、それが正しい反応かも。ええとね、ある程度ボールが扱えるんだけど、変化球の概念が理解できない人は、そこら辺が分からないんじゃないかな?。回転をかけても、変化があるとは思えないのは、経験上、そんなに回転をかけられないと考えているからじゃないかな?」
「うーん。」
「もし、自分が考えている回転の二倍・三倍の回転をかけられるとしたら、どうかな?」
「それだったら、何か凄い影響が出そうな気がします。」
「そういう事。変化球というのはね、ただ、ボールを放り投げる球じゃなくて、ボールに回転をできうる限り加えて、単純に放物線を描く球と違う軌道を描けるか?というものなの。だから、重力に抵抗して、放物線を描かず、直線軌道を描くストレートは最高の変化球なの。」
「・・・・。すいません。良く分かりません・・・。重力に抵抗して直線軌道を描けるという概念が・・。」
「うーんと。美由ちゃんは、風が何で吹くか分かるかな?」
「?」
美由は考える。
「物質は安定した状態になろうとするからです。気体状態で密度が違えば、密度が高い処から密度が低い処へ流れ込み、密度を平均化しようとする力が働くためです。ただ、この説明では、等高線に対し垂直に風が吹くはずですが、実際は等高線に平行より、ちょい気圧の低い方向に風が吹くという説明はできませんけど。」
「どうしよう。美由ちゃんが言っている意味が分からないんだけど・・・。」
「ええとお。台風とか、中心が一番気圧が低くて、同心円状に気圧が高くなっていくじゃないですか。そしたら、外から中心に向かって風が吹くべきなのに、ぐるぐる渦巻きを作っているでしょ?あれは摩擦風と言って、気圧が高い処から気圧が低い処に空気が流れるのを気圧傾度力というんですけど、コリオリの力が実際に風が吹いている方向の90度右向きに働くので、実際は等高線に平行して風が吹くんですよ。この等高線に平行して吹く風を地衡風というんですけど、地上では抵抗というのがありまして。実際に吹いている風とは逆向きに力が働こうとするので、合力の関係で、等高線の平行より、ちょい気圧が低い方向に風が吹くんですけど・・・。」
「ああ。そんなのはいいの。そう『揚力』!!ボールのデコボコが空気をどけるから、その部分が空気が薄くなって、その空気が薄くなった処に物質が入り込もうとするから、物質密度の高いものが吸い込まれるの。うちわ とか 扇風機とか。そういう原理。」
「そうなんですか。」
「ようは扇風機が風を作っている原理というか・・。」
「ひとまず、回転によって、気圧が低い部分が出来て、ボールが気圧が低い部分に吸い込まれる事でボールの方向が変化するのは理解しました。」
「ふう。良かった」
「ひとまず、ボールのデコボコを利用して、かなりの回転をかける事で気圧差を発生させて、ボールを浮かせているというのは分かったんですが、なんで、フォアシームとツーシームってあるんですか?。」
「デコボコの数が違うから。」
「?」
「ええと。ボールを色々な方向に回転させればわかるけど、回転状態によって、縫い目というか一回転当たりのデコボコの数って違うでしょ?」
「はぁあ・・・。」
「フォアシームはなるべく回転方向からみて、デコボコが多い部分を回転せさててて、ツーシームは少ない部分を回転させるからなんだけど・・・。」
「それが、何か違いを産むんですか?」
「うーんと、ただ見ただけでは、そんなに変わらないかな?」
「はぁあ・・・。」
「フォアシームの方が、ボール半個から、一個分上に上がる力が強いの。」
「それが、何かバッターに対して、影響するんですか?」
「さあ・・。」
「あのー。『さあ』と言われましても・・・。」
「だって、私がバッターボックスに立って、フォアシームとツーシームの違いを経験した事ないから。」
「そうですか・・・。そうだ。何で、普通のストレートをフォアシームって呼ぶんですか?」
「美由ちゃん。シームって分かるかな?」
「縫い目ですか?」
「そう。フォアシームの握り方がこうなんだけど、」
美由はフォアシームを握る。正面から見ると、指の接点が台形になっている。
「ボールの縫い目と指先の接点が4カ所になっているでしょ?指先がボールの縫い目の4カ所に触っているからフォアシームなの。」
美由はそのままの握りのまま、ボールを回転させ、ツーシームの握り方をする。
「これがツーシームなんだっけど、握り方はフォアシームと同じだけど、握るボールの向きが違うのね。ツーシームは縫い目が『 )( 』状になるのね。フォアシームは『 )( 』の縫い目が横になるけど。ツーシームは人差し指と中指がこの縦の縫い目を抱く様になるの。でも、薬指・親指は縫い目に触れてないでしょ?要するに、指先が触れている縫い目が二点だからツーシームなの。」
「あの・・・。フォアシームで親指を台形でなく、ボールの下側にもっていき、親指の横っ腹でもてと言われたんですけど・・・。」
「今は、フォアシームとツーシームの違いを教えるために、同じ持ち方で説明したけど、フォアシームってほら、ツーシームより上の軌道を描く必要があるわけでしょ?ほら、明かに差があった方がバッターが打ちづらいわけじゃない。」
「ええ。」
「だったら、より回転のかけやすい持ち方に変えた方が良いのはわかるかな?」