うううう
人間は弱い生き物なので自分一人で何とかしようという発想に欠けている処があり、他人に何とかして貰おうとする傾向がある。
この弱さが他人を利用し、リスクを相手に踏まそうとさせ、責任を押しつけ、相手をおとしめて、成果は自分のものにするという考えにつながる。
要は人間は弱い生き物なので、相手を如何に利用して、自分だけが得をしようかというのを考える生き物なのだ。
そんな自己中心的な人間が集まっても、誰も自分の言う事を聞かないので、奴隷を作るという考えにつながって来る。
相手を自分の奴隷として利用するためには、集団の中にいる必要がある。
集団から仲間はずれにされたら、奴隷を使役できなからだ。
だから、集団から仲間はずれにされないようにしながら、高い地位を目指す事を考え始める。
集団の中で高い地位を目指すには武器が必要で、それが八方美人と派閥と差別であった。
桐野にしろ、美由にしろ、須王寺麗菜にしろ、傷だらけの猫にしろ、そういった発想から抜けていた。
彼女等もそういった面が無いわけではないのだが、何かをするのであれば、そういう派閥抗争を繰り返し弱者に押しつけるシステムを形成する努力をするよりも、自分の手でやった方が遙かに早く、労力が少なくてすむというのが分かっているからだった。
誰かにやらすより、一人でやった方が早いという発想に辿り着けば、集団の中で周りに押しつけようと仕事を押しつけ合っている人達の何倍も仕事をこなせるのだ。
須王寺麗菜は、組織維持を義務づけられているので、やらざるを得ないが、美由や桐野はそういう努力を切っていた。だから、友達が少ないというジレンマも抱えていた。
そして、他人にやらせるより、自分がやった方がという発想が、彼女等をおっさん臭くしていた。
近藤先生は、色々な女と付き合い、自律しようとしない女にも、自律したフリをしているフェミニズムに染まっている女にも正直うんざりしていた。