蛙主と美由
桜間美由はここしばらく走っていなかった。
恐竜騒ぎやら、神園の家での件もあるのだが、梅雨の時期のため雨に阻まれていた。
正直、体が走りたいと訴えており、動かないでいると微妙な不快感が彼女を襲う状態だった。
朝は雷雨であったが、今は雨も止み、日も照っている。
TVの電源をつけ、データ放送の天気予報で確認すると、あさってまで曇りのち晴れとなっていた。この時期の天気予報はあまり当たらないのだが、数時間先までは大丈夫だと思う。
普段なら日が落ちてから走るのだが、梅雨の天気なので走れる時に走っておかないと、次、いつ走れるかわからない。
彼女は何の迷いも無く家の外へと出て走りはじめた。
美由はいつものコースである山道を走っていると、蛙主と出会った。
蛙主は片手を挙げ、美由を止めた。
「どうしたんですか?蛙主。今日はまともな登場のしかたですね?」
蛙の化け物は眉間にしわをよせ、微妙な顔をする。
「なんじゃ?それではいつもワシが、変な登場をしているようではないか?」
「私が呼び出した時以外で蛙主と出会う時って、まもともに登場した記憶が無いんですけど。持久走大会の時とか、女子の走りを覗いてましたし、この前、私の部屋に来た時は、下着をあさってましたし。」
「・・・・・・・・。まあ、それは置いてじゃな。」
「否定はしないんですね。」
「五月蠅いのう。持久走大会の夜はちゃんと現れたじゃろ。」
「そういえば、そうですね。処で、今日は何でしょう?」
「今日、魔法少女その2に呼び出されてな。」
「朋ちゃんに?呼び出された?言っている事が良く分からないのですが・・・。」
「家の近くにいる蛙を使ってな。」
「何で朋ちゃんが、それを出来るんです?蛙主が教えたんですか?」
「いいや。ワシは教えとらん。お主が教えたんじゃないのか?」
「見せた事はあったと思うんですけど、やり方は教えてません。」
「まあ、本人も蛙に話しかけたら出来たと言っておったが、不思議じゃのう。」
蛙主は腕組みをして、考え込む。
「今度、聞いてみます。」
「いや、明日、会う約束をしておるので、その時、また聞いてみる事にしよう。」
「明日?何のために?」
「夢の中の世界をちゃんと構築出来る様に修行するために。」
「蛙主?」
「なんじゃ?」
「何でそう言う事になっているんですか?朋ちゃんは化け物に関わらせないと言っていたじゃないですか。」
「何と言うか、呼び出された時に相談されてな。」
「魔法少女の修行がしたいとお願いされたんですか?」
「いいや。思春期には良くある悩みじゃ。大人になれないとか何とか。」
「はい?それで何でイメージ戦闘の修行をするという事に?」
「その、ウサギのヤツが使う言い方はやめい。夢の中の世界じゃ。」
「でも、あれって、正確には夢ではないですし。私も格闘戦の修行ぐらいしか使ってませんし。私的にはイメージ戦闘の方がしっくり来るんですけど。それより何故、その修行を朋ちゃんにさせる事になったんですか?」
「魔法少女その2と散歩をしてたら、雑談でワシがどんな修行をしていたのか?と聞いてきたので、驚かせてやろうと思って連れていったんじゃ。そしたら、ちゃんと出来る様になりたいとせがまれな・・・。」
「かえるぬしー。」
「怖い顔をするな。おまえさんだって、あの少女にせがまれたら、そうそう断れんじゃろ。」
「う。痛い事を。」
「処で久しぶりにお主もワシとやってみんか?」
「イヤです。」
「何でじゃ?」
「だって、強制的に魔法少女の姿にされて、胸とかおしりとか嫌らしく触ってくるじゃないですか。」
「それが、ワシの目的なのじゃから、当然じゃろ。」
「だから、イヤです。」
「どうしてもか?」
「はい。」
「・・・・・。さて、帰るかの。」
「ああ、そうだ。先ほど、例の黒猫に会いましたよ。あとボスと、この前、蛙主と暴走を止めた猫も一緒にですけど。」
「何じゃ?今朝、ワシの処にも来たぞい。黒猫一匹だけじゃったが。」
「では、蛙主の処にも、幽霊退治の依頼をしに来たと?」
「幽霊退治?いいや、そんな事は一言も言っておらんかったが。ヤツは、お主が最近関わっておる退魔師どもについて話をしに来ただけじゃ。」
「どんな話を。」
「奴らがこの地域にしばらくいる事と、その目的が退魔師の仕事ではない事、後は奴らに近づかない様にしろという感じかのう。それにしても、お主が変に関わったせいで、一人の退魔師がここに居着く事になったと聞いておるぞ。」
「すいません。のっぴならない事情がありまして・・・。」
「どんな、事情じゃ?」
「彼女が消えていたのに、私がそれを見つけてしまい、すぐに見えないふりをしたんですけど、そのままストーキングされて・・。」
「お主はすぐに顔に出るからのう。処で幽霊退治とは何じゃ?」
「さあ。私も良くは知りません。幽霊退治をして欲しいとしか聞いてないので。」
「で、正義の味方の魔法少女としては、夜になったら幽霊退治に行くというわけじゃな?」
「いいえ。断りました。」
「何でじゃ?」
「だって、怖いじゃないんですか?」
「お主もしかして、幽霊が怖いのか?」
「・・・・・・・。はい。」
「わしらもみたいな、化け物が大丈夫で、幽霊が駄目とは。」
「黒猫さんにも同じ事を言われました。」
「でも、おかしいのう。今朝は随分とのんびりとしておって、とても、大捕物があるようには見えなかったが。」
「そうなんですよ。交渉のしかたもいつもと違って、ただ、幽霊退治をして欲しいとだけしか。」
「それは確かに変じゃのう。あやつは大外の状況を説明しながら、問題点をあげ、解決策をさぐる感じじゃからのう。」
「蛙主はどう思いますか?」
「どうとは?」
「猫の依頼についてですよ。」
「うーん。情報が足りんからのう。情報を露骨に出さず、明確に旗印をあげるというのは、ミスリードを狙っている様に思えるが。」
「ミスリード?」
「実際の問題解決としては、ちゃんとした手段がある、または別の手段を模索するべきなのに、それでは自分たちにとって、非常に都合が悪い。だから、目立つ目標と意図的に情報を出さない事で自分たちにとって都合の良い方向へ導こうとする事じゃよ。大人の世界では結構ある事じゃ。仕事などでも、システム化されてない事案で、明確に旗印を揚げているのに、情報を露骨に出さない場合は、まず、ミスリードを疑うべきで、必ず落とし穴があるので、ごねる事が大事じゃな。そうしないと、相手の罪をかぶらされる事になるぞい。」
「へぇえ。気をつけます。」
「特に、こっちが動きをちょっと止めただけですぐに怒鳴るヤツとか、1見たら10を知れとか言うヤツは、自分がリスクをとりたくないから、そうしている場合が多いので、そういうヤツのは徹底抵抗した方が良い。」
「分かりました。でも、今回は黒猫ですよ?そういう感じの方では無い様な。」
「まあ、あやつ個人はそうかもしれんが、他の猫も絡んでいるとなると、あやつが属している猫のグループの問題なんじゃろ。そして猫のグループとしては、そうせざるを得ない事情があるのかもしれんのう。」
「分かりました。」
「もうひとつ気になるのは、退魔師がこの地域に来ているのに、何故、この時期に派手に動こうとするんじゃろうな?と、言うより動かざるを得なくなったのかのう?」
「さあ。まあ、断ったのでこの件に私が関わる事は無いと思います。後は猫さん達が何とかするでしょう。」
「大丈夫かのう。お主はそういうのに巻き込まれやすい体質じゃからのう。」
「いえいえ。蛙主ほどではないですよ。」