ピアノのレッスンその3
ピアノの12345の指の記述に嘘がありました。
授業が終わり、放課後、美由は珍しく教室にいた。
最近は桐野達に捕まって放課後の学校にいるのは珍しく無いが、元々、美由は下校部のエースである。用事が無ければ、誰よりも早く学校から出る娘だった。そんな彼女が自分の机に座っている。
間抜けな表情で、何処を見ているともわからないが、背筋を伸ばし、机の上に両手を置いて、指を動かしていた。
「桜間さん?何をしているの?何だか凄く変なんだけど」
そう言ったのは須王寺麗菜だった。
「あ、須王寺さん。今、ピアノの練習をちょっと・・・。」
「へぇえ。ピアノね。」
「こうやって、楽譜を見てる気持ちになりながら、両手でド・レ・ミの鍵盤を押すみたいな・・・。」
「なるほど、でも、それって、ドレミじゃなくて、1・2・3・4・5でやるんじゃないの?」
「1・2・3・4・5?」
パッシ
誰かが須王寺の頭をはたいた。
「あいた。」
痛くはないが、ひとまず須王寺はリアクションをする。
「ハイハイ、須王寺さん。余計な事を教えない。混乱するから。」
「あの?桐野さん1・2・3・4・5って、何ですか?」
「今、教えても、概念を理解できないから、あんまり教えたく無いんだけど・・・。知ってしまった以上は説明するしか無いわねぇえ。」
「1は親指。2は人差し指、3は中指で、4は薬指 5は小指。になるのよ。」
「そんな一気に言われても、良くわかりません・・・・。」
「だから、教えなかったのよ。今言っても分からないから。必要性が出てこないと、無駄なものだと思って理解しようとしないから。ひとまず、私の予定だと後、一週間ぐらいしないとやらないつもりだったから。」
「あのー桐野さん?1・2・3・4・5って、初日に教わりません?と、言うより普通、初級者用練習曲の楽譜を見ながら、自然に身につけさせるものでは・・・。」
『っく、この天才め。』
美由と桐野は同時に同じ事を思った。
「須王寺さん。人には向き不向きというのがあって、そういう練習法では駄目な子もいるの・・。それより、あなた、今日は職員会議でしょ?さっさと行きなさいよ。」
「そんな連れない・・・。ここ三日、色々と学校関係の仕事に振り回されて、お二人と遊べない状態が続いてますし、それに、明日は土曜日ですので、私は学校にこれませんし・・・。」
「何でもかんでも役を引き受けるから、そんな事になるのよ。」
「お二人が補佐についてくれればよろしいのに・・・。そしたら、効率的に仕事をさばけて、一緒に遊べるじゃ無いですか。」
「無茶言わないの・・・。私や、桜間さんが、幾ら事務をこなす速度が速くても、肝心な情報が降りてこなくては無能と一緒なの。むしろ、そんな状態って無能よりたちが悪いの。須王寺さんなら理解出来るでしょ?」
「そんな・・・。私はお二人の事をそんなふうには・・・。」
桐野が突然、須王寺麗菜に抱きつく。
「ハイハイ、わかっているから。気にしない。」
桐野は須王寺の耳元で、そう囁いた。
美由は桐野や須王寺の会話が良く分からなかった。
須王寺と教室で別れた桐野と美由は学内を一緒に歩いていた。
「あのー。桐野さん?さっきの須王寺さんとの会話が良くわからなかったんですけど・・・。」
「ああ。別に、気にしなくて良いわよ。」
「何か気になります。」
「むー、そうねぇえ。」
桐野は一度、言葉を止め、色々と思案してしゃべり出す。
「昔から言うでしょ。『人間・見た目7割・中身3割』って、この中で言う見た目というのは『格』も含むのよ。私達にはこの『格』が無いから、お話にならないのよ。『馬子にも衣装』って言うけど、あれは『{格}がある{後ろ盾}がある人が、立派な衣装を着れば立派に見える』っていう理屈で、私達みたいな『格』の後ろ盾が無いから、まともに相手にされないって話よ。」
「ああ、月曜の生徒会みたいな・・・。」
「まあ、基本的には、そういう事ね。」
「ああ・・・・・・そうなんですか・・・・。すいません。良くわかりません。」
「うーんと、どう言えばいいのかしら?それなりに権威がある『格』の後ろ盾と、人を引きつける顔の良さと、高級な衣装を着ていれば、とても凄い人に見えるというか・・。」
「・・・・。すいません・・・。私が知っている、そう言った人はやっぱり凄いといか・・・・。」
「桜間さん?」
「はい?」
「あなたはこのままだと、確実に『振り込め詐欺』に引っかかるわね。」
「どうしてですか?」
「人が良すぎるからよ。」