ピアノのレッスン
桐野はノートを1ページ破り、定規を使って何か描き始めた。
その描いた紙をピアノの譜面台に置く。
そこには五線譜が引かれており、四分音符でド・レ・ミ・ファと順に書いてあった。
「今までは手元を見ながら弾いていたけど、今度は楽譜を見ながら弾くのよ。言っておくけど、目茶苦茶これ難しいし、やれる様になるまで時間がかかるから覚悟しなさい。」
「何と無くわかります。」
「よろしい。じゅあ、私がシャーペンで音符を順に指すから、それを弾くのよ。」
「了解しました。」
桐野は、最初のドの音符をさす。
美由は、楽譜を見た後、思わず、下を向いて指を確認してしまう。
「はい、桜間さん。不安で指を確認したい気持ちはわからなくもないけど、下を見ない。ドは両手共左端の指の位置にあるんだから、そこに必ずドの音があると信じて、不安をはねのけて、両方の指に力をかけなさい。」
桐野は再度、ドの音符をさした。美由は一瞬考え、迷いを振り払う様に、両手の左端の指に力をかけた。すると、ぎこちないドの音がした。思わず、確認のため下を見てしまう。
「はい、顔あげて。も一回最初から。」
桐野はドの音符を指す。今度はさっきよりもっと時間がかかって、ドの音を出した。桐野はレの音符を指す。美由はまた、下を見た。
「桜間さん・・。」
「すいません・・・。頭ではわかっているのですが・・・。」
「気にしなくて良いわよ。私も経験があるから。最初、ピアノ教室に通った初日に、ずっとそれやって先生にキレられて、20分もしないうちに教室たたき出されて、教室の方からお断りされたのよ。」
「桐野さんが・・。意外です。」
「大抵の人がそんなもんだと私は思うけどね。でも、要領が良い子って結構いるから、最初から出来る子もいるのよ。私は出来なかったけどね。」
「才能がある子っているんですね。」
「最初から要領が良く出来る才能と、ピアノの才能とは違うわよ。でも、最初から要領良く出来る才能 イコール ピアノの才能とする風潮があるのも事実ね。そういった風潮がピアノをやりたい子を排除していくんだと思うのよ。でもね、要領が悪くても、順を追って、一つ一つの技能を固めて行けば、大抵の人がある程度のレベルまでは行けると私は思っているのよ。」
「なるほど。」
「出来ないのは分かってるから、謝らずに一生懸命やりなさい。」
「了解しました。」
桐野はドの音符を指す。
美由はいきなり下を向きドの音を出し、そのまま顔をあげない。
「はい、下を見ない。楽譜を凝視して、両手の左端の指の下にドの音があると信じて押しなさい。」
昼休み時間中ずっと続けたが、美由が下を向く行為は中々改善しなかった。
教室に戻る途中、桐野が切り出す。
「これは、時間がかかりそうね。と、言うか、これで諦めるのも手よ。」
「ええ。でも、もう少し頑張りたいというか・・・。やっぱり、私って才能が無いんでしょうか?」
「いや、そういうのじゃなくてね。私の経験から言って、一週間から二週間、毎日30分ぐらいやって、多分、今の課題が出来るようになる思うのよ。」
「そんなにですか?」
「私がそうだったからねぇえ。だから、一週間も二週間もこんな事続ける覚悟があるかって事なのよ。」
「それを聞くと何か心が折れそうです。今日の放課後何時間もやって、改善しましょうかね?」
「それ、やらない方が良いわよ。翌日からきつさを覚えて、やらなくなるから。勉強と同じで、少しずつおなじペースで毎日やらないと駄目よ。」
「分かりました。」