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9話はじまり

 桐野(きりの) 舞奈(まいな)は、放課後の誰も居ない音楽室で、ピアノを弾いていた。

 彼女が弾いているのは、ベートーベンの月光という曲だった。

 音楽室の扉が開き、美由が音楽室に入って来くるが、桐野はそれに気づかず、ピアノを弾き続けていた。

 彼女があまりにピアノを気持ちよく弾いている姿を見て、美由は声をかけづらくなった。

 桐野の演奏が止まる。

 美由は思わず拍手をしてしまう。

 「わー。桐野さん凄い。」

 「あら。桜間さんいたんだ。恥ずかしいなぁあ。」

 桐野は照れながら頭をかいた。

 「凄く上手いんで、驚いてしまいました。芸術の専攻を美術じゃなく、音楽にすれば良かったのに。」

 「駄目よ。音楽には才能がいるから。私、程度じゃ高い点数とれないって。」

 「でも、そんなにピアノ上手いのに・・・。」

 「ピアノが出来るだけじゃ、駄目なのよ。」

 「そうなんですか?でも、良いなぁあ。ピアノ弾けて。私、保育園の頃からピアノにはあこがれてたんですけど、小学校で習う鍵盤ハーモニカで断念しちゃって。」

 「へぇえ。桜間さんって、子供の頃、ピアノに憧れてたんだ。」

 「恥ずかしながら・・・。そうだ、桐野さん。私にピアノ教えて下さい。」

 「いいけど、多分、私の教え方だと、10分しないで、心が折れると思うわよ。それで良いなら、一応やってみる?」

 「はい、お願いします。」

 「じゃあ、座ってみて。」


 「ひとまず、左手の小指をドの位置に置いて。」

 「はい」

 「次に右手の親指をドの位置に置いて。」

 「はい」

 「両手とも、左端の指の位置にドがある状態なってるわね。」

 「ええ。」

 「しばらくの間、その指配置が、基本になるからしっかり覚えておいてね。両手とも左橋の指をドに置くのよ。」

 「了解しました。あの、姿勢とかいいんですか?私、猫背になってますけど」

 「良いの。良いの。今はそんな感じで、必要になった時に、矯正するから。」

 「じゃあ、左手に小指でドの音を出して。」

 美由は鍵盤に置かれた自分の指を見つめながら低音部のドの音を出す。

 「次に右手の親指でドを出して。」

 高音部のドの音を出す。

 「じゃあ、同時に出して。」

 高低差の違うドの音が少しタイミングがズレて出た。

 「もう一回。」

 また、タイミングがズレる。

 「同時よ。同時。」

 今度は、同時に音が出た。

 「はいもう一回。」

 今度は、また音がズレた。

 「すいません。桐野さん。こんな簡単な事も出来なくて。」

 「何言っているの?出来なくて当たり前よ。人間って左右の手で同時に音を出すのですら、相当な訓練がいるのよ。さあ続けて。」

 美由は10回ほど、音を出す。段々、安定して音が同時に出る様なって来たので手を止める。

 「ほら、桜間さん。手を休めないで続けて。」

 「桐野さん。これって何度も何度もやって意味があるんですか?ある程度出来るようになったら、次に行くとか。」

 「駄目よ。てか、10回やって9回は安定して同時に音が出せる様になるまで、次に進まないわよ。」

 「あうー。」

 「はい、甘えない。右手と左手で同時にド」

 100回ぐらい、ドの同時出しをやらされる。

 「まあ、そんなもんでいいでしょ。言っておくけど、私が教えるとなると、ずっとこんな感じよ。そろそろ飽たでしょ?」

 「いいえ。もう少し、やらして下さい。」

 「まあ、良いけど、だったら、両手で同時に、『ど』『レ』『み』『ファ』と同じ音を出してみて。」

 「あの?ドレミファソじゃないんですか?指は5つあるので・・・。」

 「いいの、ドレミファで、今は最後の指は使わない。はい、ドの音」

 美由は猫背で、自分の指を凝視しながらドの音を出す

 「れ」

 「み」

 「ふぁ」

 桐野は腕組みをする。 

 「私は言ったわよね?同時に音を出すって。どの音もバラバラじゃない。」

 「はい。」

 「さっき10回やって9回は出来る様にならないと次に進まないって言ったでしょ?あれは、頭で弾くんじゃなくて、ある程度体が覚えるまで、繰り返し繰り返しやって、ほぼ、ミスがなくなるまでやりこまないと、次に進んでも、そこには何も出来ない自分がいるだけになるから、言っているのよ。」

 「ド」「れ」「み」「ふぁ」「ど・れ・み・ふぁ」「ずれてるわよ。」

 「手を休めない。良くわからなくても、ずっと続ける。」

 「とにかく、同時に音が出せるまで、ひたすらやる。」


 あっと言うまに30分ぐらいが過ぎ、桐野が美由を止めた。

 「何とか、安定して出せる様になったわね。今日はここまで。」

 「え?もう少し頑張れますけど。」

 「良いから。良いから。どうせ、これ以上やっても、今日は延びないから。」

 「ええ?がんばりますよ?」

 「まあ、今日はこれで終わりよ。明日になっても、私に教えを請う情熱があるなら、私に言いなさい。ちゃんとレッスンはしてあげるから。でも、私からは言わないわよ。」

 「はい。」




 翌日も美由は桐野にピアノレッスンを頼んだ。

 今日は、昼休みに音楽室を借りての特訓であった。

 昨日やった、「ドレミファ」の4つを音を順番に左右の手で同時に出していくが、全く上手くいかなかった。

 「ま、一日置けば、こんなもんよね。はい、安定して出来るまで、弾き続ける。」

 美由は必死になって、弾き続けたが、昨日の最高レベルに達するのに、昨日より時間がかかった気がした。

 「すいません。もの覚え悪くて。」

 「気にする必要無いわよ。私の予想よりはマシだから。」

 『桐野さんて、私をどうみてるんだろう?』

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