人と化け物の社会
美由と桐野はバスを降りた。
「ねぇえ。桜間さん。道路を挟んで向こう側の歩道にいるのって、あの子じゃない?」
『あの子・・・?』
美由はそう思って、桐野が言った方向を見ると、そこに居たのは猫だった。
桐野がいつも学校で餌をあげていた茶トラのメス猫であった。
「ごめん。桜間さん。先に帰ってて。」
そう言って、桐野は厳しい目で首を左右に振り、車の往来を確認する。
美由が猫を見ると、猫が車の往来が結構ある車道を横切って、こっちに来ようと、身構えていていた。桐野は危険と感じて、猫を捕まえようとしていたのだ。
桐野は車の往来が緩んだ隙に車道を渡り、猫を捕まえようとするが、猫は逃げ出してしまう。それを桐野は追いかけていった。
「魔法少女様。お久しぶりです。」
美由に突然声がかけられたので、ビックとなった。美由は声がした方を見る。そこには傷だらけの猫がいた。
「こんばんわ。黒猫さん。今日はどうしたのですか?」
「今日は、あなた様に、お願いに参りました。」
「私にお願いですか?」
「ええ。」
「どの様な?」
「先ほど、あなたが接触した恐竜に、これ以上、関わらないで欲しい。と、いうお願いです。」
「どうしてですか?」
「私どもの情報では、あの恐竜はあなた様に『助けて欲しい』とお願いしたと聞いてます。お人好しのあなたなら、もしかして助けようとするのでは無いかと。」
「確かにお願いされましたけど、私は、まだ動いてい無いじゃないですか。」
「それは、目の前で猫を追いかけている彼女が、今まであなたの横にいたら、動けなかっただけでしょ?」
「痛い処を突きますね。確かにそうです。」
「で、あなた様は、どうするつもりなんですか?」
「バスに乗っている間ずっと考えたんですけど、私って、目の前で桐野さんから逃げているあの猫を暴走から元に戻したじゃないですか。多分、あの手が使えると思うんですよ。あの恐竜を彼女達に見つからない様に確保して、元に戻せれば。」
「もし、それが可能だったとしても、それは、最も最悪な選択ですよ?」
「どうしてですか?」
「本当にわかりませんか?」
「どういう事でしょ?」
「多分、それをして、得をするのはあの恐竜だけで、あなたを含め、私達化け物や、あの追跡者達はただ不幸になるだけだと言っているんですよ。」
「良くわかりませんが・・・。」
「そうですか・・。では、今、あの恐竜を追っているモノ達が恐竜を見失ったとします。彼等はどうするでしょ?」
「必死に恐竜を探すでしょうね。」
「そうです。相手が凶暴であるなら、どんな人的被害が出るか分からないので、ずっと探し続けるでしょうね。例え魔法少女が無害化したとしても、彼等は知らないわけですから、何ヶ月でもこの街を探し続けるでしょう。」
「・・・・。被害が出なくなっても、その確証が見つからない限り、ずっと探し続けるという事ですか・・・。」
「彼等が恐竜をこの街で探しつづければ、他の退魔師がその事を聞きつけ、手柄をあげようとこの街にやって来る事でしょう。その退魔師の中には我々の様な存在を狩ろうする連中もいます。そんな奴らが集中すれば、私達、平和に暮らしている化け物達は地獄に落とされます。」
「すいません。そこまで考えていませんでした。」
「それに、そういった連中等は鼻が効くので、あなたの魔法少女の力もバレるかもしれません。」
「私にとっても良い事は無いと。」
「実際、あの赤服の女で、それは経験しているでしょ?」
「はい。確かに・・。だったら、私にどうしろと。」
「簡単ですよ。あの恐竜を彼等に確保させればいい。だから、あなたは何もせずに、家に帰ればいい。」
「・・・・・・。あなたの話はわかりました。でも、その話には一つ盲点がありませんか?」
「どの様な?」
「彼女達が恐竜の姿のまま確保できなかった場合です。神石の時の様に肉体が崩壊したり、恐竜を捕まえる事が出来ずに、時間が過ぎ肉体が元にもどったりしたら、結局同じ結果になりませんか?」
「・・・・・。確かにそうですね。そうなると、我々も困りますね。」
「何か手はありますか?」
「今から少し考えてみます。それから、恐竜はこのまま見殺しにしてよろしいのですか?」
「わかりません。」
桐野は猫を捕まえて首根っこを押さえながら、道路を渡ってきた。
「この子ったら、あぶなっかしいだから。」
「にゃあ。」
茶トラ猫は可愛く泣いた。黒猫はいつの間にか、いなくなっていた。