ハヤブサと桐野と美由
夜の歩道に頭を翼で隠しながらうずくまっている猛禽類を美由は見た。この距離まで近づかないと分からなかったが、どう見ても化け物である。赤服の退魔師的に言えばモドキの化け物だ。
しかも、かなり存在が薄い。普通の人間では感じる事すら出来ないレベルだ。
今までの経験上、道ばたにいるこの類いの化け物と関わるとロクな事が無った事を思い出す。それに、今日は隣に一般人の桐野がいる。
美由は無視を決め込む事にした。
「ねぇえ。桜間さんもしかして、これ見えてる?」
桐野が突然そう言ったので、美由はビックっとなった。
「え?何?」
桐野は足を止め、美由の顔をジーと見ていた。彼女の足下にはうずくまっている猛禽類がいる。見てはいけないと思うのだが、どうしても視線が彼女の足下にいるその猛禽類の方に行こうとする。
「嘘が下手ね。顔に出てるわよ。」
桐野はひざを折り、その場に座り込み、頭を隠している猛禽類を見る。そしてその鳥を指さし美由の方を見る。
「桜間さん。見えてるんでしょ?このハヤブサ。」
『ハヤブサなのか、この化け物。イヤ。そうじゃなくて、どうしよう?』
美由は頭をフル回転して、何か考える。
「ええと、そこにある何かゴミの様なものですか?」
「ゴミとは失礼な。」
突然聞いたこと無い声で、その鳥がしゃべりだした。鳥は頭を隠していた翼を下ろした後、美由をキッとにらみつけた。
「あっしは、誇り高き狩人ハヤブサでござんすよ。」
『反応してはいけない。反応してはいけない。一般の人では彼らの声すら聴く事はできないのだから。聴く事は出来ないの・・・・。それにしても、何で古い時代劇のサンピン口調・・。でなくて、反応してはいけな・・。』
「あんた面白いわね。なに?そのサンピン口調。」
そう言ったのは桐野であった。
『うっ。桐野さん、あきらかに聞こえてる。』
桐野は美由の顔を見る。
「それなりには見えてる様ね。」
美由は観念する事にした。
「ええ。鳥みたいなのがいるぐらいは。」
「姉さん。あっしはハヤブサですよ。そこいらの鳥と一緒にされちゃあこまります。」
美由は聞こえなかったふりをする。
「桐野さんも、見えるんですか?」
「ええ。私が突然、廊下で倒れて須王寺さんとあなたに介抱してもらった事があったでしょ?多分、あの時から。」
「でも、裏庭であった時は、そんな事は・・・。」
「ふーん。あの時には既にあなたも見えてたんだ。」
『しまった。余計な事を言ってしまった。』
「もの凄く微かには見えてたというか、感じる事は出来たのよ。でも、ほら、ここ最近、教室に赤いものが何か、ただよってたじゃん。」
『すいません。それは、私の知り合いです。』
「あれを、何とか見ようと色々がんばってたら、少しは見える様になってたのよ。」
『うーん。まあ、確かに見られる様になる条件は整っていたんだよね。あの茶トラの猫に精神吸収を食らった後も、その猫に餌をあげ続けて触ってわけだし。』
「そこの姉さん方、あっしに絡んでおいて、自分たちしか理解出来ない話を延々と続けるって、どういう事で。」
「あ、すいません。」
そう、言ったのは美由だった。桐野は面食らった顔で、美由を見ていた。
「へぇえ。声も聞こえるんだ。」
『私、駄目だ。』
「お二方。あっしを無視しちゃあ、いけませんぜ。」
「ごめんなさい。ちょっとうれしかったから。」
『この嬉しかったはどんな意味を持つんだろう?』
「処で何?あなた、何でこんな処でうずくまってたの?」
「翼を怪我しまして。」
「なんで?」
「姉さん。イヤな事をお聞きなさいますね。」