生徒会室でのケンカ
美由に抱きついていた朋は、鞄からジャージを取り出す。
「はい、美由せんぱい。ありがとうございました。」
「いえいえ。どういたしまして。」
そう言って、ジャージを受け取った。
「美由せんぱい、一緒に帰りませんか?」
「ごめんね朋ちゃん。これから生徒会室に行って、お仕事を手伝わないと行けなくなったから。」
「あうー。じゃあ、私も手伝います。」
「駄目。」
「どうしてですか?」
「うーんと。」
美由が駄目な理由をどうやって説明するか悩んでいると、桐野 舞奈が前に出て来て、朋の頭を撫でた。
「いい?ちびっ子、私たちは今から生徒会の仕事をしに行くというよりも、ケンカをしに行かなきゃならないの。」
「生徒会とケンカですか?何か学園ドラマみたいなのです。」
「そんな、ドラマティックなものじゃなくて、仕事の考え方に違いがあって、そこの考え方に折り合いをつけないと仕事が出来ない状態なの。」
「うー。良くわかんないのです。」
「まあ、仕事を終わらせるために、どうしてもケンカしないといけないのよ。」
「ケンカを避ける方法は無いんですか?」
「ちょっと、厳しいわねぇえ。何せ時間が無いから。時間があれば別の手を考えるんだけど。」
「そういうわけで、かなり揉めそうだから、朋ちゃんを巻き込みたくないのよ。」
会話に美由が入ってきた。
「わかりました。」
美由も朋の頭を撫でた。
「えらい。えらい。」
「えへへ。」
桐野と美由は朋と別れ、生徒会室に歩き出す。
美由は朋から受け取ったジャージを歩きながら鞄にしまい込む。
「なかなかカワイイ子じゃない。」
「でしょ。」
「それより、どうする?あのちびっ子にああいった手前、白旗あげて帰るのは心苦しいわね。」
「ひとまずは・・・。」
生徒会室に着いた桐野と美由は、文章を担当した二人を呼び、一対一で話し合う事にした。
桐野 舞奈は相手に文章が書かれた紙を一緒に見ながら文を読み上げていく。
桐野はつっかえながら文章を読み上げていた。彼女が文章を読み上げるのが下手なのではなく、文章そのものがおかしいので予測ができないのだ。それに誤字脱字や文章がつながって無い処が多々あった。それに難しい専門用語のオンパレードである。
「あの?こんな事して何の意味があるんですか?」
桐野の相手が彼女の読み上げを制止してきた。
「いいから、聞いてなさい。」
そう言って、最後まで読み上げた。
「あなた、これで良いのね?」
相手は答えない。
「じゃあ、私もこれで良いわ。処であなたの名前何て言うの?」
「坂口 つとむですけど。」
「つとむは、努力の努でいいのかしら?それとも力の方?」
「努の方です。」
「そう」
そう言いながら、桐野は「文・坂口 努」と書き入れた。
「あと、あなたが書いた処は何処?」
「あの?何をやってるんですか?」
「決まってるじゃ無い。私はこのまま印刷をして全校生徒に配るべきじゃないと思っているけど、あなたがせっかく書いた文を私が書き直すのがものすごく嫌みたいだから、このまま出させてあげようとしているだけじゃん。ただし、あなたの責任でね。」
「それは無責任じゃないですか?自分の無能を棚にあげて。」
桐野は一瞬カチンと来たが、その怒りを収める
「はいはい、私は無能です。無能な私めでは、あなたの高尚な文を理解できません。それに私達には責任は無いから。ただ単にヘルプを頼まれたから手伝っているだけだから、正直このまま投げ出しても何の問題も無いんだけど?」
「はぁあ?バカですか?あなた。」
「あっそう。そこまで言うのなら、ひとつひとつ私が思っている問題点をあげていくから、あなたの意見を聞かせて。」
桐野は堰を切った様に、問題点をひとつひとつ具体的に挙げていく。相手は最初は色々抵抗をみせていたが、次第に黙り込む。
「だから、この部分はどういう意味?何で必要なの?」
「ここの比喩の使い方間違っているわよ。中学校で習うでしょ?」
「ここの『それは』は、前の文章の何にかかっているの?前の文の何処の部分にもかかってないように見えるんだけど?」
『きっついなぁあ。桐野さん。』
桐野の怒濤の指摘を聞いて、美由はそう思った。
美由の相手もそれを見ていた。
「あ、ごめん。えっと、一応、読み上げてみたけど、特に書き直す処はない?」
美由の相手は無言であった。
「じゃあ。あなたの名前をここに書いて。それで、この部分は終わりと。」
「あ、あのー。」
「何?」
「やっぱり書き直します。」
「そうしてくれる?」
書き直すと言ってくれたのは素直にうれしかったが、全て終わらせるとなると、どう考えても2・3時間では終わらない。
『今日は9時までに帰れるかなぁあ・・・。』
ただ文章を書き直すだけなら、美由や桐野がやった方が早かったのだが、当事者でなければわからない部分が多かった。予測して自分の想像で埋めるという手もあるのだが、それでは伝えたい事にズレが出てくる。
学校生活に影響の出ないモノなら、それでも良いかもしれないが、これは全校生徒に配られる生徒会便りである。伝えたい内容にズレが出るのは致命的なのだ。
美由や桐野が昼休みに彼等に色々聞いていたのは、このズレをなるべく無くす必要があったからなのだが、その部分の情報を彼等は教えてくれないから書き直しようがなかったのだ。
放課後二人がとった方法は、彼等に書き直させるように仕向ける事だった。
一度読み直せば、誤字脱字や文章がつながって無い部分がハッキリと出てくる。問題点が幾つか出て来た段階で、この問題の責任が誰にあるのかをちゃんと明確化させて置く。自分に責任がふりかかってくるとなると、当然、責任感がわいてくる。
それでも、書き直しを拒む様であれば、そのまま、OKを出して帰るつもりでいた。