スーツについて
美由はやっと、二人から開放され校門を出る。
二人ともこの後、何か用事があるらしく、一緒に帰る事はなかった。
美由はため息をつく。
「ふう」
「あら?ため息なんてついていると、幸せが逃げるわよ。」
美由が顔をあげると、そこには赤服の女と黒犬がいた。
「まだ、いたんですか?」
「あら、悪い?」
「悪いに決まっているじゃないですか。」
二人と一匹は歩きはじめる。
「ところで、今朝、バスの中で男の人と話してたじゃないですか?悪霊がどうのと。」
「あなたから、話を振るなんて珍しいわね。」
「気になったから、聞いているだけです。たまにああいう黒いモヤがかかった人を見るので、それって悪霊なのかと。」
「へえ。」
「なんです?」
「あんた、私と同程度ぐらいは見えてるんだ。ちょっと見えるだけかと思ってたけど。」
「それが何か?」
「うらやましいわねぇえ。私も見える才能はあったけど、動物が化け物化したのが輪郭が見える程度で、修行してやっとここまで見えるようになったのに、あんたは天然でそのレベルなんだ。」
『私、何やら余計な事を言ったらしい。』
美由はバス停を素通りする。
女はバス停前で立ち止まる。
「あら?バスは使わないの?」
「私は歩きです。バスを使いたければ勝手にどうぞ。」
「連れないわね。」
女は歩きはじめる。
「ところで、悪霊の事なんですが、あの男の方ではなく、あなたが受け取ったスーツの方についていたように見えたのですが。」
「そうよ。」
「何で、男の方に魔法を使ったんですか?」
「そっちの方が説得力あるでしょ。どうも、悪霊のせいでちょっと見えているみたいだったし。」
「何の魔法だったんですか?」
「ちょっとした、元気を与える魔法。悪霊のせいで疲れていたみたいだったし。」
「そうなんですか。ところで、あのスーツはどうしたんですか?」
「悪霊を呪術的に封印して、あるところに保管しているわよ。」
そこは近くの駅のコインロッカーであった。
「悪霊を払わないんですか?」
「何で?」
「何でって、危ないからに決まっているじゃないですか。」
「そんなもったいない。」
「もったいない?」
「ええ。悪霊がついたモノって、魔法の道具なのよ。悪霊がついているというだけで、魔力を帯びている事が確実な。」
「それは、そうかもしれませんが、悪霊ですよ。」
「あら、悪霊のスーツだけでも霊的、魔術的な防御力はかなりのものよ。下手に人間が魔法強化した服なんかより遥かに強力な。」
「そんなんですか?」
「それに、魔法の道具を作る雛形になるから、高く売れるのよ。」
「買う人がいるんですか?」
「そりゃあ、いるから、あんなオヤジのスーツを引きとったわけで。」
「話は変わりますが、悪霊って、どうやって取り除くんですか?」
「そんなもん。大抵はお風呂に入れば落ちるわよ。」
「そんな、汚れみたいな・・・・。悪霊ですよ、悪霊。」
「あら、あなた、日本書紀とか読んだこと無いの?」
「無いです。」
「日本人だったら、現代訳版ぐらいは読んだ方はがいいわよ。」
「今度、機会があったら読みます。で、何でお風呂なんですか?」
「お風呂である必要は無いわよ。水を浴びれば落ちるわよ。禊って言い方の方がいい?」
「禊ですか。」
「ヨーロッパでもけがれを落とすために沐浴要するにお風呂に入るのはメジャーな手段だし。学校で習わなかった?ローマの聖職者の家には幾つもお風呂があるとか。」
「知りませんねぇ。」
「まあ、本当に強力で、かなり強くとりついた悪霊にはあまり効かないけど、普段、そこらへんにいる様な悪霊のたぐいなら、風呂に入るだけで充分ね。」
「へぇえ。悪霊を祓うのに聖水とか使うわけじゃないんですか?」
「聖水なんて大層なもん使う必要なんて無いわよ。綺麗な水で充分よ。」
「と、いうか、そこらへんに悪霊ってゴロゴロいるんですか?」
「ゴロゴロって程じゃないけど、結構いるわね。でも、風呂に入れば消えるから。問題は無いでしょ。服にだって、悪霊はつくけど、それも洗濯してしまえば、大抵一発ね。」
「本当に汚れみたいな扱いなんですね。悪霊って・・・ところで、あのスーツはどうなんですか?」
「あれは、結構、強力みたいで、洗濯では無理じゃない?」