悪霊
美由は急いでシャワーを浴びて、制服に着替え玄関を出る。
「桐野さん。」
髪がボサボサで、ちゃんと制服を着てない美由を見て、桐野は「っき」っと怒る。
「桜間さん。髪がボサボサになっているし、制服も歪んでる。あなたに憧れている子がガッカリするでしょ。もう一回家入って身だしなみを整えてきなさい。」
「ええ、でも、桐野さんを待たせちゃ悪いし。別に私はこれでも。」
「私が良くないの。」
「はい。やり直してきます。」
美由は反省して家にもどり、鏡の前で髪をとき、制服をととのえてからまた玄関を出た。
「よし。」
桐野は満足そうな顔をする。
「さて、学校行くわよ。あなたにあわせて、歩きで行くつもりで早く来たけど、走らないと無理ね。バスで行きましょ。」
「そうしましょうか?」
退魔師の女と大きな犬も二人の後を追う。
『また、今日もついてくるのか・・・・。こんな事してて本当に食べていけるのだろうか?』
美由はこの一人と一匹がついてくる姿を見て、そう思った。
「ところで、桜間さんはいつも、こんな走らないと間に合いそうにない様な時間に家を出るの?」
桐野が話しかけてくる。
「ええ。私、足だと、このくらいで十分なので。」
「確かに桜間さんが遅刻したのって、私の記憶では先週の日曜の補習一回だけね。それにしても、良く間に合うわね。」
「毎日走ってますから、それくらいなら何とも。」
「桜間さんの王子様的なところって、密かに体を鍛えてて、努力している処にあるのかもねぇえ。」
「それって、私が男っぽいって事ですか?」
「平たく言えばそうなるかな。でも、カッコいいじゃん。須王寺さんはあなたに可愛さを取り入れたい様だけど、私は断然、カッコいい男路線で行きたいわね。」
『この人は何を言っているんだろう?』
「あの、何を言っているのでしょ?」
「あなたのプロデュースの話よ。おねぇえ様としてどうやって売っていくのか。」
「そんな・・。迷惑な。それにアイドルじゃあるまし・・・。」
「おねぇえ様は学園のアイドルよ。アイドルだからこそ、プロデュースが必要になる。須王寺さんと私は言うなれば、あなたのプロデューサーって事になるわね。」
「いつの間にそんな事に」
「あなたが、お嬢様方に暴力を受けた日からよ。どちらにせよ、お嬢様方を『おねぇえ様』として屈服させない限り、あなたに平和な学園生活は無いんだから、選択肢は無いわよ。」
『酷い・・・。』
赤服の女は苦笑していた。
3人と一頭はバスに乗り込み学校へと向う。
美由と赤服の女、黒犬はある一人の中年男性に違和感を感じる。
『あの男性、何か黒いモヤみたいなものが・・・。まあ、たまに見るし、関わらないでおくか。』
「あら、あなたも気づいているみたいね。」
赤服の女が美由に話かける。美由は桐野がいる手前、返事をかえさない。
「あの男、悪霊に取りつかれているわね。」
『悪霊って・・。』
「丁度いいわ。私、お仕事に行ってくるから。」
そう言って、彼女は姿を現し、男の元へと歩いていく。
『突然現れると、気づかれるでしょうに。』
「あれ?あの赤服の女の人って乗ってたっけ?」
桐野は突然現れた彼女を見て、そういう。
「のってたんじゃないですかね?突然現れるわけもなし。」
「あんだけ、目立つ格好だと、気づくと思うんだけどな。」
『ずっと、あなたの横にいたんですけどね。』
中年の男は中肉中背といったところで、顔は白く疲れており、少しよれよれの古めのスーツを着ていた。赤服の女とスーツの中年は言葉を交わし、彼はスーツを脱ぐ。女性はスーツを受け取り、何か呪文めいた言葉を唱え、相手に触れると彼の体は青白い光に包まれた。
「どうかしら?」
「疲れがとれました。有り難うございます。」
「お礼の言葉はいいから、約束の一万円。」
男は渋々財布を出し、彼女に一万円を渡す。
「有り難う。普通なら5万はとるところだけど、その代わり、約束どおりこのスーツも貰っていくわよ。」
彼女はスーツのポケットをあさり、中のものを全部相手に渡す。
「もう、なさそうだけど、一度しらべてみて。」
男は自分のスーツをチェックするが、特に何もなさそうだった。
彼女は男と離れ、スーツを抱きながら席に座る。
『役得、役得。』
美由はその光景をずっと見ていた。
『悪霊がついているのは、あの人じゃない。あのスーツだ。』