朋の嘘
朋は教室に戻ってくる。
教室の扉を開け、中に入りるなり、先生に向かい、大きく頭を下げた。
「先生。すいません。昼休み、3年の教室に行ったら、突然、人が倒れて、救急車で運ばれるの見た後、ちょっと、歩いていたら、気分が優れなくなったので、トイレで気分を整えていたら、遅れました。すいません。」
朋はまた、頭を大きく下げた。
「はいはい、わかった。わかった。とにかく席に座れ。」
「ほんと、すいませんでした。」
朋は、もう一回、大きく頭を下げ、自分の席についた。
授業は何事も無かったかの様に進む。
朋はてんやわんやで、黒板にビッシリ書かれた文字を書き写す。朋は文字を書くのが早い方ではない。慌てに慌てて、先生の話など聞いていない。
先生は黒板消しを握り、一気に黒板の半分を消す。
『うー。間に合わなかったよー。後で、ノート借りないと。』
美由は何事も無かった様に、授業を受けていた。
朋と違い、美由は筆記速度が速い。黒板の文字を難なく写し取っていた。
5時間目の授業が終わり、休み時間になった。
職員室では、学校のすみで起こった破裂音については、特に異常を発見できなかったので、学校の外で何かの作業中に出た音として処理されていた。
授業が終わるとすぐに、朋と仲の良い3人が朋の席に集まって来る。
「ねぇえねぇえ。桜間先輩にハンカチ返しにいったんでしょ。どうだった?」
「ハンカチは返せたよ。」
「で、それで?」
「それで?って、それだけ。」
「それだけって。」
「だって、その後、すぐに3年生が倒れて、桜間先輩、須王寺先輩と一緒に、その人を介抱しに行ったから。」
「ああぁあ。朋、ついてない。」
「二人が介抱しているのを見て、救急車で運ばれる処まで見てたけど、その後、話しかけられるきっかけが無かったから。そしたら、ちょっと気分が悪くなって。」
「そして、トイレで泣いてたら、授業に遅れたと。」
「泣いてないよー。」
「はいはい、そういう事にしとこう。朋が桜間先輩をそんなに思っていたとは。」
「あうー。そんなんじゃないよー。」
「気にしない、気にしない。学校が終わったら、パーっと遊ぼうじゃない。」
朋はその言葉に「っは」とするが、一瞬の間を置き
「ごめん、私、家の用事があって、抜け出せそうにないんだ。」
「そっか、そっか、朋の慰め会は後日という事で」
「それよりーノート貸して。私、半分しか黒板、書き写せなくって。」
「お、いいよ。」
鈴木あずさが自分の席からノートをもってきてくれた。
「ありがとう。」
「いえいえ、どういたしまして。」
6時間目が終わり、皆が席を立ち、帰りの準備をはじめる。
「パタパタパタ」と、誰かが走る音が、廊下から聞こえてくる。その音が止まったかと思うと、物凄い勢いで、教室の扉が開いた。
「すいません。成美矢 朋さんは、まだ、いますか?」
そう、大声で叫んだのは芹ヶ野 加奈だった。
彼女は大声で叫んだ後、激しく、息を切らせていた。
朋は彼女が出てきた扉の方を振り返り、慌てて、彼女の元に走り寄る。
「加奈ちゃんどうしたの?そんなに、息を切らせて。」
加奈は朋の両肩をガッしりと掴み、不適な笑みを浮かべて、朋と顔をあわせる。
「き、聞いたわよ。持久走大会の時に美由先輩に借りた、ハンカチを昼休みに返しに行って、その時、須王寺おねぇえ様が立ち会ったそうじゃない。」
「う、うん。そうだけど」
「その後、あなた、美由先輩に頭を撫でられた、そうね?」
「うん。撫でられたよ。」
「その後、すぐに、3年の先輩が貧血で倒れて、お二人が介抱した。間違い無いわね?」
「う、うん。その通りだけど。」
「詳しく、そこをもっと詳しく聞きたいの。ちょっと来て。」
加奈は朋の手を物凄い握力で握り、朋を引きずる様にして廊下の隅へと連れて行った。
朋は加奈の質問攻めに遭う。朋の友達3人は、聞き耳をたてている。
猛烈な質問攻めを行う、加奈に朋の頭の中はグルグル回っていた。答えられる部分は答え。答えられないところは、知らない、わからないで、何とか切り抜けた。
芹ヶ野 加奈は、実際の処、朋には興味は無かった。
彼女が興味があるのは、桜間 美由が、王子様的な優しさを、「可愛らしい後輩」と「貧血で倒れた同級生」に対して、どう発揮したか?という事と、もうひとつは、美由が学園のおねぇえ様として急激に株を上げており、他のおねぇえ様派閥との関係だった。
よって、朋の、少々の嘘に気づくはずが無なかった。
「加奈ちゃん。随分、嬉しそうだね。」
「今の派閥は、昔からの派閥を引き継いでいるから、どうしても気品に溢れるお嬢様タイプの人たちばかりだけど、ここに来て、王子様タイプのおねぇえ様の登場よ。ワクワクしない方がどうかしてるわ。朋ちゃん、ありがとうね。私は尾ひれをつけて、学校中に学園のニューヒロインの登場を伝えなくちゃならない指名があるから、それじゃあねぇ。」
そう言って、加奈は去っていく。
朋は『 迷惑じゃないのかな? 』と思ったが、言い出せずにいた。
加奈が去ると聞き耳を立てていた、朋の友達三人が走りよって来る。
「おお、朋。何で桜間先輩に頭を撫でられた事を隠していた。」
「別に隠してないよー。ただ、言いそびれただけで。」
「そんな萌える展開を隠していたとは、こぉおの、ちびっ子め。」
そう言って。田中 佐和が朋を抱きしめる。佐和は美由より身長が高いく、朋はクラス一身長が小さい。朋の顔は佐和の豊満な胸に埋まる。
「あうー。苦しいよー。」
佐藤 絵里は、佐和の胸に沈む朋の頭を撫でる。
「よしよし、不幸な事件があって桜間先輩と仲良くはなれなかったけど、頭を撫でられただけでもめっけもんだって。」
「うー。」