嗜好
ポツッ、ポツン、ポツッ、
あ、これ? 何食べてるか、気になる?
どうしようかな、話そうかな、
まあでも、君に聞かれても構わないか、
えっと、これね、家内の爪。
甘辛く煮たの、生姜醤油で。ちょっと香ばしくて美味しいよ。
え、他人の爪食べて、気持ち悪いって?
でもね、これって個人の嗜好の範囲だと思うんだよね。
だって、他人の爪、食べちゃいけないって法律、どこにも無いの。
これ、調べたから確か。
いや、そりゃ、私だってね、最初からこんなゲテモノ好きだったわけじゃなくて。
でもね、ある時、どうしても食べなきゃいけないものができちゃって、
それから毎日、肉、肉、肉。
肉ばかり食べる羽目になって、さ。
だって家にある冷蔵庫じゃ入りきれなくて、でもどんどん痛んでいくし。
こっちも必死だったんですよ。
まあでも、熟成肉ってあるでしょ、ちょっとその味が、わかったかもです。
しかしそうは言っても、毎日肉続きなのは変わらなくて、少々飽きてしまったのね。
だから焼肉の通がこう、ホルモンとかタンとかにこだわるようになる気持ち、よくわかった。
あのホルモンのね、裏に脂肪がみっちりとついてるやつを、フライパンでこう炙るとね、
自分の脂でじゅわっと揚がってね、端がカリッと焦げて、でも身はムチムチみずみずしい歯ごたえを残していて、
噛むとこう、肉汁の旨みが口中に広がって。
でもまあ、これも楽しいのは最初だけ。知ってる? 小腸って長いの。全然食べ終わらなくて。
でもとにかく、食べに食べた。おかげでしばらく、肉も内臓も見たくなくなったね。
でも最後に残った。皮とか骨とか歯とか、食べにくいところが。
いや、食べた、食べましたよ。
だってこうなってくると、残しちゃ悪いじゃない。バチが当たりそう。
だからいっときはずっと噛んでた、皮をね。家でも、仕事中も、くちゃくちゃ。
おかげで顎が張って仕方がなかった。
でも骨と歯はさすがに無理。
だからほろほろに砕けるくらいになるまで煮込んだの、3日くらい。そうしてスープにして飲んじゃった。
あとはグズグズに潰して、海に撒いたの。夜明けに堤防に行って、釣りするふりして、コマセ(撒き餌)代わりにして、ね。
それが面白いの、結構アジが釣れちゃって。だからその夜はアジフライ三昧。肉ばかりだったから美味しかったのなんの(笑)。
え、髪? いやあ、髪はさすがに食べられなかったよ。
口に入れた時の感触、あれ最悪だよ?
だから客の髪に混ぜて処分しちゃった。
まあ、美容師の夫に髪整えてもらった、って考えればいいんじゃない?
え? 今僕が話したこと、誰かに知られたらって?
いやもう何も残ってないから、大丈夫。
でもね、ようやく全部食べ終わったのに、そうなってみると、なんかこう、物足りなくてね。
こう、口さびしいというか、物足りないっていうか。
だからなんだよね、君。
いやさあ、最初君を担当した時から思ってたんだけど、
君って家内にちょっと似てて、
頭の匂いも、首筋の匂いも似てて、
だからさあ、味も似てるんじゃないかって、
そう思ったらもうなんか我慢できなくて、
それで今日、こうしてうちに来てもらったってわけ。
いや、そんなに暴れなくてもいいよ、そのゴムバンド丈夫だし切れないし。
大丈夫、最初は痛くないよ。
だって爪、爪切るだけだし。
(終)




