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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

神様が果てるまで

掲載日:2026/05/23

この作品は日本SF作家クラブの小さな小説コンテスト2026の共通文章から創作したものです。

 https://www.pixiv.net/novel/contest/sanacon2026



 今度の引越し先はどこだと思う?

 暗いテントの中。お姉ちゃんが笑って口にした言葉。わたしは呆れて額を抑えた。

「……引っ越せる場所なんて、もう何処にもないじゃん」

 それもそうね、とお姉ちゃんは笑った。


 地上は人が住める環境ではなくなった。

 そんな旧時代の映画ではお決まりの設定が現実になるなんて、当時の人々は思いもしなかっただろう。

 2030年に発生した文明崩壊。ゲンセイ生物と呼称される生き物が地上の支配者になるまで、だいたい15年程度がかかった……と、そうパパが語ってくれたのが、いまでは少し懐かしい。

 人々が散り散りになり、小規模な集団——コロニーを作って生活しだし、幾多のコロニーが滅び、生き残ったコロニーは少しずつ生存の術を手に入れ、継承していった。


「村八分って言うんだっけ、こういうの。2055年になっても人って醜いものだね」

 そんなひとりごと。洞窟内のコロニーの手前側の隅。何度も何度も追い出されて引っ越しを繰り返した挙げ句に決まった定位置のテント。わたしはナタを片手にうずくまる。

 仕方ないよ。疎開してきた移民だもん。

 お姉ちゃんの言葉に、「えー、でもおかしくない?」と唇を尖らせる。

 移民してきたのはパパとママだ。わたしたちはここで生まれ育った、正真正銘のコロニー民(むらびと)だ。

 でも、仕方ないよ。……村の人って、血筋とかにうるさいし。

「えー……そんなの気にしてられる感じの世界じゃなくない?」

 そういうものなの。

 お姉ちゃんはいつも、仕方ないとばっかり言う。……現状を受け入れてばかりいたらどうなるか、知ってるのはわたしだけだ。


「あーあ、あんな村、ぶち壊されてくれないかなー」

 軽く口にした言葉に、お姉ちゃんは真剣な口調で優しくさとした。

 冗談でも、そんなこと言わないの。ほら、狩りに行こ。ご飯がなきゃ、死んじゃうよ?


 で。

「……」

「グオォ」

「あーっはは……どうも」

 挨拶してみるが、唸り声で返される。どうやら人語を解すタイプではないらしい。

 ゲンセイ生物はだいたい野生動物と同じものと考えてもらって良い。強いのもいれば弱いのもいるし、それなりの生態系も築かれているみたいだ。

 もっとも体感六割くらいは、人間くらいなら一撃で屠れちゃうのだけれども。だから地上は人間のものじゃなくなった。

 で、目の前にいる巨大直立二足歩行の熊みたいなやつは、その大体六割側に属しそうなやつである。

「グルルルル……」

 逃げよう? あなたが死ぬのは嫌よ?

 お姉ちゃんに言われて、わたしは唇を尖らせた。

「やだよ。……お姉ちゃんのところに行きたいもん」

 なにいってるの。私はここにいるでしょ?

「それは……そうだけど……」

 言い淀むわたし。目をそらしつつ、しかし本当に死ぬのも怖いので周囲をキョロキョロと見回す。

 逃げられそうなところ……ない。こいつの足があんまり早くない可能性に賭けるしかないけど——希望というものは往々にして簡単に潰えるものだというのは、散っていった先人たちが証明してしまっている。

 こいつらも必死だ。食べなきゃ生きていけないのは、わたしもゲンセイ生物たちも同じ。

 わたしはナタを構えてゆっくりと後退りし——奴の振りかぶった手からは逃れられないことを悟る。

 あ、だめだこれ。死ぬ。……でもまあ、いいか。

「やるなら一撃でお願いね」

 一言だけ口にして——「わかったっ!」誰かの声が聞こえた。

「え?」


 たったいま起こったことを言おう。

 肉が抉れる音がして、次の瞬間、さっきの熊っぽいゲンセイ生物が倒れていた。

 青緑色のゲル——奴の血で辺りが汚れていく。目を丸くしたわたしに。

「えっへへーっ! どう? 一撃でやった!」

 草むらから何者かが出てきた。

 わたしは、目を見開いた。

「……お姉ちゃん?」

「ちがうよ?」

 わたしより拳一つ分くらい低い背丈。その目鼻立ちは、どうみても——見慣れた彼女で。

「違わないッ! だって、だって……顔立ちとか、目とか——」

「ちがうよ。『ぼくら』は擬態できる」

「だって、だって——」

 半狂乱になっていたのだろうわたしの脳内に、声が響いた。

 おかしいよ、この子。だって——。

 お姉ちゃんの声だった。わたしは慌ててその少女の——青緑色に透き通った髪を見て、それから全身を見て。

「……ゲンセイ、生物……?」

 その腕が、鎌のようになっていたのに気づく。彼女は髪の毛と同じ色をした腕の形をしゅるしゅると人のそれに変えながら、笑った。

「そ。『アメーバ種』の『擬態型』。——名前は、こまり」

「こまり……」

「それより、何と話してたの?」

 聞かれてわたしは目をぱちぱちと瞬かせて。

「お姉ちゃんだけど」

「何処にいるの?」

「そこ」

 指さした先には、お姉ちゃんが「そこには誰もいないけど」

「いるもんッ!」

 叫んだ声。こまりは流し目でわたしを見て「……そっか」と一言だけ呟いた。

 お姉ちゃんは悲しそうな顔をして——すっと姿が見えなくなった。

「チッ」

 誰かの小さな舌打ちが聞こえた気がした。


「ぼくさ、この近くにいる『おおきなやつ』にあいさつしに来たんだ」

 夕暮れ。切り株。

「……おおきな、やつ」

 口にした一言に、彼女は淡々と告げる。

「なんというか、この地のヌシ的なのが、近くにいる」

 わたしは眉をひそめた。

「そんなのが近くにいるなんて……こわいね」

「うん。だから、ぼくらは敬意を払って、挨拶に顔を出す。——ぼくも、ヌシに影響受けて、こんな姿になっちゃった」

 軽く手を握っては開くこまり。その言葉を聞いて、わたしは息を呑んだ。

 ——心当たりがあった。

「……帰ろ。きっと、そこにこまりの探してるのは、いると思うの」

「なんで、わかるの?」

 目の前にお姉ちゃんの幻影が霞む。わたしは一瞬目をつぶって、それから答えた。

「うちの村には、神様がいるんだ。——お姉ちゃんを喰った、神様が」


 洞窟の村には、守り神がいる。

 生贄を捧げることを条件に、村を守っている神が。

「お陰で、あの村は今日まで存続していたの。——パパもママもお姉ちゃんも、殺されて生贄になったんだ」

「へぇ。……でも、キミはまだお姉ちゃんから離れられてないんだ」

「あっはは。……おかしいよね。いないはずのお姉ちゃんがまだ見えるって」

 自嘲するように笑うわたしを見上げ。

「おかしくなんてないよ」

 こまりは真剣な声音で告げた。

「ゲンセイ生物はね、喰った生き物の魂を取り込むんだ」

「……え?」

「例えば、攻撃的な人間を喰えば、より攻撃的に差別的になる。優しい人間を喰えば、より優しく思慮深くなっていく。——ぼくらに喰われた魂は、ぼくらが死ぬまで息づき続ける」

「……そう、だといいな」

「だからさ、キミのお姉さんも、きっとさ」

「…………だと、いい……な……」


 村の入り口。わたしは絶句した。

 バラされたテントが、放り出されていた。

 そのズタズタに引き裂かれた布は、あまりにも見慣れた色をしていて。

「もしかして、これ……」

 動揺したような声を出した隣の人外に、わたしは大きく息を吐いて、笑いかけた。

「あはっ。……わたし、もうこの村にいちゃいけないみたい」

 自分の家だったものが、捨てられた。それは即ち、村からの決定的な追放を意味する。

 コロニーを追放されること。外界で生きることはつまり、自殺を意味すると言っていい。当然のことだけど——わたしはいま、自殺を強要されている。

 ——ついにこの日が来たんだ。

 薄々予期していた事実。工具を片手に洞窟の中に戻っていく数人の人影を、わたしはぼうっと見て。

「じゃあ、わたし死んでくるね」

 ナタが手から滑り落ちた。もう拾うことはしない。ここからは死出の旅路だ。死ぬための旅に、刃物などいらない。

 さーて、どこで死のうかな。

 伸びをしたわたしは、よたよたと歩き出し『それでいいの?』ふたつの声が重なって聞こえた。

 目を見開く。

「……お姉、ちゃ」

「この村の奥に『おおきなやつ』の気配を感じる。ぼくはこのまま、この中に入る」

「で、でも、こまりちゃ」

「大丈夫。ぼくは平気。——キミもさ。せめて、別れの挨拶くらいはしていったら?」

 軽々しい口調の提案に、わたしは静かに俯いて、震え。


 来てよ。——さいごに、あなたに会いたいな。


 お姉ちゃんの声に導かれるように、首を縦に振った。

「いく」

 横目に見たこまりの目は、若干わたしを訝しんでいるように見えた。

 けれど——わたしにもう、選択肢などなかった。

「……待ってて、お姉ちゃん」

 呼ばれたんだ。だから、行かなきゃ。


「来たぜ。外様の生き残りが!」

 村の中心。久々に歩く、荒れ果てた通り。

 薄暗い電灯が照らすテント街。入り込んできた異物(わたしたち)に、周囲の視線は一斉に集まった。

「ああ、まだ死んでなかったんだ」

「姉の方はさっさと死んだらしいぜ」

「妹の方もとっとと生贄になっちまえばよかったのにな」

「なんか変なの連れてるわよ」

「んな小汚いガキにやれる飯なんてないのにな。あーあ、いい迷惑」

 心無い会話。当然の仕打ち。無視して歩く中で、何かが頭にぶつかった。

「——さっさと生贄になれよ、クズガキ!」

 誰だろう。きっと、わたしの知らない子供だ。

 言葉とともに投げつけられた石。それを皮切りに、投石大会が始まった。

 そこら辺に転がっている石でさえ、投げつけられればそれなりの殺傷力を持つ。

「当然のように街を歩いてるんじゃねぇ!」

「見苦しいんだよ! 糞の役にも立たねぇ穀潰し!」

「生きてるだけで邪魔なんだよ! せめて俺達の役に立って死ね、人間の屑ッ!」

 全身に打ち付けられる石の雨を、しかしわたしは意にも介さない。

 ただ痛みだけを感じて、ふらふらと導かれるように——わたしたちはやがて、祭壇の前にたどり着いた。


 祭壇は、巨大な石の壁だ。

 石の壁の中央に、観音開きの鉄扉。周囲には壁画が広がっているが、なんの意味を持つのかはわからない。

「……どういうことだ」

 しわくちゃの老婆——司祭が、祭壇の前に立っていた。

 祭壇の扉を見ると、昔見たときにはかかっていたはずの錠がかかっていなかった。

 思い出す。最後に見たとき——お姉ちゃんがこの中に入れられたときも、錠がかかっていなかった。

「生贄は、死骸で運ばれてくるはずだ。それが、何故」

 なるほど。——やっぱり、今度の生贄はわたしだったらしい。

「そして——傍らのモノは、何だ」

 司祭は目を恐ろしいほどにカッと開いた。その傍らのものは、ぺっと唾を吐き捨てる。

「いいの?」

「いいの。——挨拶しに来たのは『こいつ』じゃない」

「そっか。じゃあ、わたしはここまでだ」

 一言二言のやり取りののち、わたしは村の長たる司祭に対して、深々と腰を折った。

「いままで、生かしておいてくださり、ありがとうございました」

 きっとその仕草すら、司祭には不快に見えたのだろう。彼女はとても低い声で、わたしを睨みつけながら、吐き捨てるように告げた。

()ね」

 これでいい。これでいいんだ。

 立ち去ろうとして踵を返す。

 ……さよなら、お姉ちゃん。心のなかで告げた、その時だった。


 地面が揺れた。

 慌てて振り返る。——壁画が、崩れ始めていた。

 ——なにか、奥の方で何かが、揺れている。

 いいしれぬ予感は、次の瞬間確信に変わった。


「こっちにおいで」


 耳朶を打った。お姉ちゃんの声が、『耳朶を打った』。

 幻聴じゃない。今まで聞いてきた、脳内だけの声じゃない。

 吸い寄せられるように、わたしは目の前の壁へ、ガタガタと震える扉へ近づく。

「待てッ! ——今何が聞こえたのだ。まさか、村の神が——」

 司祭の叫ぶ声。わたしは一度振り返り——こまりが深々とお辞儀しているのが見えて。

「ありがと、こまり。——行かなきゃ。お姉ちゃんが呼んでる」

 一言告げて。

 鉄の扉は、バンと音を立てて開いた。わたしを迎え入れるかのように。

 中は、青緑だった。——ゲンセイ生物の肉の色だ。その手前に歯が見える。

 わたしは目を細めた。

 いま行くよ、お姉ちゃん。

「待てェェェ!」

 司祭の叫び声は、途中で遮られた。

 ぐしゃ、と噛み砕かれる音が聞こえ——わたしの人間としての肉体は、その生命の器としての機能を終えた。


 魂だけになった。身軽になった。清々しい気持ちで、わたしは青緑の肉の中を泳ぐ。

 神様の中は、なんだか今まで住んでいた空気の中よりも快適だ。熱くも寒くもないし、触れる温かさはともすれば泣いてしまいそうなほどに心を温めてくれる。

 しばらく進むと、その奥に懐かしい人影が見えた。

「お姉ちゃん!」

「久しぶり。——ずっと、見てたわよ」

 柔和に笑った彼女は、間違いなく彼女で。

「大きくなったわね」

 頭を撫でるお姉ちゃんに、わたしの心のどこかがぷつんと切れてしまったようだった。

「おねえ、ちゃん……さみし、かった、よぉ……っ」

「よしよし。……よく頑張ったね」

「うわぁぁん……わたし、わたしっ、もう……お姉ちゃんと、いっしょの歳に——」

「大丈夫よ。——ここではもう、永遠だから」

 優しい声色。彼女の背後には、どす黒い赤が渦巻いていた。

 それは、積もり積もった無数の怨念。——この村への、殺意。

 ——ゲンセイ生物は、喰った生き物の魂を取り込む。

「いままで、私——神様が取り込んできたのは死骸だけだったの。けどね、あなたのお姉ちゃんだけは、喰ったときにまだほんの少しだけ意識があった」

「だから……神様(わたし)は、ほんのわずかな自我を獲得した」

「そう。死にかけだったからほんの少しだったけどね。でも、ここではじめて、いままで『生贄』にされた人たちの魂の残滓——怨念を、自覚した」

 背後で、うめき声が聞こえる。聞こえるそれらは、己を蔑ろにされて、村の存続のためという大義名分のもと殺されていった人間達の恨み。

「私は理解してた。私が守らなければ、この村は保たれないって。——あなたの生きる村を、守らなければならないって」

「けど、わたしもついに、村を追われた。だから、神様(わたし)はわたしを引き寄せて」

「生きたまま、食べた。ついに、完全体の魂を」

「生きたまま取り込まれた魂は、ゲンセイ生物の自我をヒトのそれに大幅に近づける」

「そう。——わたしは私で」「私はわたしなんだ」

 わたしとお姉ちゃんは、互いに互いを見合って、笑った。


 神様になって、どうするの?

 おねえちゃんに問われて、わたしはニッと笑った。


 壊したかったんだよね、こんな因習村。


 眼前、壁が崩れた。司祭が怯えた顔で尻餅をついていた。

「ひっ……ああ……生きたまま、喰われた……」

 ああ、うるさい。

 わたしの吐いた大きなため息は、きっとヒトにはとても大きな声に聞こえたのだろう。

「喰わないでおくれ……ああ……」

 安心して。食べないから。——食べるほどの価値もないから。

「嫌……嫌だァァァ——」

 司祭の悲鳴。ぶち、と聞こえた。

 ……死んだんだ。こんなにあっけなく、踏み潰されただけで、死んだんだ。

 はじめて人を殺した。きっと同じ生物であった頃なら重大な出来事だったのだろう。

 けれど、わたしは——変容してしまったわたしは、再び大きな息を吐いて、ニタと笑った。


 ああ、なんだか清々しいや。


    *


 その日、一つのコロニーが壊滅した。

 洞窟の中にあった小さな村は、一晩もかからずにもぬけの殻となった。

 跡地は数多の死骸と生活の残骸が転がり、既に大型ゲンセイ生物が住み着いている。

 生存した村民は誰ひとりいない。全員が、巨大なゲンセイ生物によって殺害された。

 その事実を知るのは、一体のゲンセイ生物と——わたしのみである。


 いいの? 村人の死骸、食べなくて。

 わたしのなかのお姉ちゃんの魂がささやきかける。けれど、わたしはその巨体を引きずりながら笑った。

 いいの。あんな人達の魂なんて、取り込みたくないもん。

「——おめでとうございます、ヌシ様」

 そばで、青緑色の髪をした少女が深々と頭を下げていた。

 いいのに。わたしとこまりの仲でしょ?

 なんて、思念だけじゃきっと伝わらないので、はじめて声を出してみた。

「アリ、ガト。——ワタシ、ヲ、ワタシ、ニ、シテクレテ」

 カタコトだ。というか多分ヒトに伝わる言葉じゃないなこれ。

 けれど、こまりはどこか嬉しそうにいまいちど深々とお辞儀をした。

「どうか、住処を失ったあなたに、幸あらんことを。——幸運な旅路と、幸福な死を、願います」

 それだけ告げて、彼女は何処かへ姿を消した。

 ……幸福な死、か。

 この世界に、幸福な生などあり得ない。だから、この言葉は純粋な祈りたりえる。——ゲンセイ生物の賛辞が理解できたのは、もうわたしが人間ではなくなったという証左なのだろう。

 なんだか清々しくて、おもわず深呼吸し。


 今度の引越し先はどこだと思う?

 お姉ちゃんに尋ねると、彼女は笑い声で返した。

 海とかいいな。

 うみ、かぁ。どんなところなんだろ。

 たぶん、楽しいところだよ。

 へぇ……たのしみだなぁ。


 遠くに青いものがちらついた。きっとそれが海だ。

 わたし——かつて神様だったものは、その巨体を引きずって、青いものの方へ動き出す。

 目指すは、海。——幸福な、死だ。


Fin.


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