第一話 冒険の始まり
月明かりの下の綺麗な海で、ゆっくり東へとすすんでいく小さい丸太のイカダが一つある。操舵手は独りの少年、大事にされていたであろう粗末な素材でできた布地と簡素な仕立ての服を着ている。イカダの上には木の棒に糸をくくりつけているだけのシンプルな釣り竿と鉄でできた黒光りしているナイフしかなかった。
少年は眠気を消す為に自慢の青髪と端正な顔に海水をかけ、イカダを動かすスピードを疲れない程度に上げた。塩っぽい水は喉は潤わさないが、代わりに肌を引き締めてくれる。ガサつき始めた状態から、元の柔らかな状態に戻る。
「くそぉ!早くゲルレオ王国に着いてこんなボロいイカダとはおさらばしてぇよ。体はバキバキのヘトヘトだし、食える物は美味くも不味くもない微妙な魚ばっかだ!」
少年は何日も漕ぎ続けた疲れからヒステリックに叫び出した。水面には小さな波紋が彼の蛮勇を責めるかの様に広がっていく。
彼の名前はロイ、とある島で育った聖騎士に憧れるただの少年だ。12歳になった今は育ての親である義父や島の住民たちの反対を押し切り、世界でも有数の強さを誇る国の一つへたった独りで向かっている。
「はぁ、義父さん達の言う通りに島に篭っていた方が良かったのかな。」
急造のイカダと共に孤独を噛み締めている内に夢を忘れ、自嘲をし出した。そんな自分の姿を俯瞰して、より一層自己嫌悪に陥って憂鬱になる。
反対方向から一隻の漁船が来た。まさに奇跡であり、これまでの不運を帳消しにする程の物であった。瞳には島に出る前と同等の輝きが写っていた。
「おい、クソガキ。ぼっちで何してんだ!?夜の海は危ないんだぞ!俺達の網にとっとと掴まれよ。」
「はい!」
船乗りの3人組の男達が俺を助けようと声をかけ、強引ではあるが網をハシゴの様にしてこちらに渡してくれた。
一縷の希望に縋り付く様に、勢い良くバッタの如くジャンプしてそれに掴まった。
彼らは見た目通り、港町で働いている漁師らしく今日もいつも通りマグロやサバなどを捕獲する予定だったらしい。実際、よりどりみどりの魚が網に引っかかっている。全部美味しそうでまるで宝石箱を見ている気分にロイはなった。
「そういや、この漁船はどこに帰っていくんですか?」
「そこの旗がどこの国か知らないのか?ゲルレオ王国だよ。獲得した魚や貝を港の市場へと運ぶだけ。」
無骨な雰囲気を醸し出す無精髭の男がロイの疑問に答える。潮風に揺れる旗には、炎の鬣を持つ覇気に満ちた獅子の顔が描かれている。
「地理ダメなタチか?俺と同じじゃねぇか。」
髪をかきあげているギョロ目の男がロイに馴れ馴れしく肩を組んで陽気に話しかける。
「子供と張り合うのはみっともないぞ、お前のカミさんに言ってやろうか。」
ねじれ鉢巻を額に巻いているいかにもな男が彼をクスクスとニヤけ面を浮かべて揶揄う。
「クソガキ、名前聞いてなかったな。良かったら教えてくれよ。」
「ロイです。ゲルレオ王国の聖騎士になれる為に、田舎の島からさっきのイカダを漕いでいたんです。」
無精髭の男がロイがぶっきらぼうに形だけの敬語で答える。
「なかなかにワイルドだねぇ、その器に免じてこの船で連れてってやるだけでなく、絶品海鮮料理を奢ってやる。」
ねじれ鉢巻の男が元気よく言う。
ロイは漸く夢への第一歩を踏めた。彼のこれからの明るい未来を照らす様に太陽は昇ってきた。
無精髭の男はテリー、ギョロ目の男はロイド、ねじれ鉢巻の男はネスと言う名前という事をロイは道中の雑談で知った。
「ここら辺の魚をあらかた使ってるスペシャル海鮮丼はどうだ、ロイ?」
ロイのプレートの上にあるカラフルで美味しそうな海鮮丼を見て、テリーが嬉しそうに尋ねる。他の二人も仲良く彼の両隣ににこやかに立っている。
「嬉しいですけど…凄く値段が高そうでしたよ?見ず知らずの俺みたいなガキに奢っても財布は大丈夫なんですか?」
申し訳なさそうに言う。
「おい、さっさと運べよ。列詰まってんだけど。」
後ろの男に急かされる。彼は貧乏ゆすりをあからさまして、床に不愉快な音を響かせている。
「すまねぇな、兄ちゃん。これで許してくれねぇか?」
「まぁ、許してやるよ。俺も悪かった。」
ロイドが急かす男に小銭を手渡す。ヘラヘラと平謝りしている様子に罪悪感と優越感を感じたらしく、急かさずに照れ臭そうにした。
4人は空いているテーブルに急いで向かっていた。
「ロイ、お前はどうしてボロいイカダ使ってまでここに来ようとしていたんだ?」
無精髭が不思議そうに尋ねる。そりゃあ、まだ年端もいかない子供が荒れ狂う海を越えてまで成し遂げようとしている目的が何なのか、誰だって気になるだろう。
「聖騎士になる為に来ました。それだけです。」
「「「はぁ!?」」」
ロイのシンプルな回答に、三人全員が鳩が豆鉄砲をくらったみたいに目が点になる。
「お前、聖騎士になる為に何が必要なのか知ってんのか?」
顔を横に張って、普通のテンションに戻ったネスが聞く。
「いえ、全く。騎士道精神とかですか?自分は田舎者なので実の所、よく知らないんですよ。」
斜め上の回答を言うロイに彼らは呆れ果てる。常識外れの田舎者どころの話じゃない、彼らは心の中で呟いていた。
「あのな〜、そんなモンは当たり前なのよ。ンの前に資格がヒ・ツ・ヨ・ウなんだよ!」
ロイドは年甲斐もなく、汚い唾をロイの顔に飛ばしてしまう程大声を出した。
「おい、ロイド。そんなに大声を食事前に出すなよ。いただきます。」
「そうだぞ、青魚の塩焼きが不味くなっちまう。」
「悪かった。ごめんな、皆んな。」
テリーとネスの注意を受け、ロイドは申し訳なさそうな顔になった。
テリーは紅く輝くロブスターをワイルドに一口で丸呑みして、バリバリと煎餅の様に殻を噛み砕きながら食べている。
ロイドはフィッシュ&チップスを注文していた。脂が乗っているフィッシュのフライにはマヨネーズが、プライドポテトにはケチャップが程よくバランスよくかかっている。
ネスは青魚の塩焼きを上品に食べている。醤油と大根おろしの2連コンボが奏でる調和が放つ匂いに、ロイも少しヨダレを顎に垂らす。
全員が食べ終わり、本題に突入する。
「首都のドラファラにある国営のドラファラ学院を卒業しないと聖騎士の見習いにすらなれねぇんだよ。」
ロイドが食べながら、ロイに説明し始める。
「入学にはゴールドがいくら位必要なんですか?」
「その心配はもしかしたら無用かもしれないぜ、試験に合格できれば誰でも入れる場所って噂だからな。」
ロイはその言葉に少し安堵し、ふぅと息を漏らす。金が不要なら、義父に頼る事がないからだ。喧嘩別れに近い形で離れたので、もし頼ろう物なら"虫が良すぎる"と言われ一蹴される事は想像に難くない。
「但し入学のハードルはかなり高いと聞く。それを10歳そこらのただのガキが突破できるとは俺は到底思えない。」
ネスが言った事にロイの浮かれ気分もどこかへ消える。
「まっ、サイアクの話だが。この国以外の国の聖騎士になるってのもアリだぜ。」
「それはイヤです!伝説の勇者 ユリウスの生まれ故郷であるこの国でないと意味がありません!!」
ネスの提案をロイの情熱が食い気味に否定した。それはまだ青いものの、確かに強固な物だった。
「悪かった。ここから首都自体はそんなに距離はないからオレ達が送ってやるよ。」
彼の意思の前で折れたテリー達は彼の応援をする事を決めた。




