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第8話「決裁ルートの構築と、魔法の烙印(ハンコ)」

ギルド内部の平和(?)な日常と、ルークの持ち込む謎の企業文化が引き起こすドタバタ劇を2話連続でお届けします。

「……なぜ俺が、スライムの粘液の買取価格(銅貨三枚か四枚か)という重大な決断を下さなければならないんだ」


ある日の午前中。ルークは自身のデスクで、頭を抱えていた。

ザックの加入により書類の「整理」は完璧になったが、最終的な「承認」はすべて事務長であるルークに回ってくる。これでは精神的な負担が減らない。責任を負いたくないからこそ、事なかれ主義なのだ。


「責任を分散させよう。限りなく薄く、誰のせいでもない形に」


ルークは前世の記憶から、日本の伝統的かつ最強の責任回避システムを異世界に召喚することにした。

その日の午後、ルークは木工職人に作らせた「四つの小さな木の棒」をカウンターに並べた。


「ルークさん、これは?」

ミーアが不思議そうに首を傾げる。


「『印鑑ハンコ』だ。今日から、あらゆる書類はこれがないと無効になる」


ルークは赤いインク(朱肉の代わり)に木の棒を押し付け、羊皮紙にポンッと押した。そこには『承認・ルーク』という文字が丸い枠の中に浮かび上がった。


「おおお……!」

背後で控えていたザックが、感嘆の声を漏らした。

「ルーク様! これは……血の契約を具現化する、新たな魔導具ですね! 己の魂の一部を紙に刻み込むことで、絶対的な効力を持たせるという……!」


「……まあ、そんな仰々しいもんじゃないが。とにかく、今日から決裁ルート(スタンプラリー)を導入する」


ルークはホワイトボード(のような黒板)に図を書き出した。

「まず、冒険者からの申請書をザックが確認し、『ザック印』を押す。次にミーアが確認し、『ミーア印』。最後に俺が『ルーク印』を押して、初めて決済完了だ。高額な案件はさらにマスターの『ゴードン印』が必要になる」


「な、なんと……!」ザックが震える手で自分の名前が彫られたハンコを受け取る。「俺のような下っ端が、この神聖な契約の第一関門を任されるとは……!」

「ルークさん、私にもこんな重要な役割が……!」ミーアも感動している。


ルークは内心(これで俺は、二人が押した書類に流れ作業でハンコを押すだけの機械になれる)とほくそ笑んだ。


しかし、この「ハンコシステム」は、冒険者たちに多大な誤解を与えることになった。


夕方、クエストを終えた戦士がカウンターにやってきた。

「おう、オークの討伐完了だ! さっさと報酬を……」


「お待ちください」

ザックがドス効いた声で遮り、申請書を睨みつける。そして、懐からおもむろに「ザック印」を取り出し、赤いインクをべっとりとつけた。


「て、てめえ、何をする気だ……?」

「魂の刻印(一次承認)だ……!」


バンッ!!

ザックが凄まじい気迫で書類にハンコを叩きつける。戦士はビクッと肩を揺らした。


「よし、次はミーア殿へ回せ!」

「は、はい! ええと、確認しました!(ポンッ)」

「……うむ。では最後に、俺が承認しよう(ポンッ)」


カウンターの奥で、三人のスタッフが次々と赤い謎のマークを書類に刻み込んでいく。

その儀式めいた光景に、戦士はすっかり怯えてしまった。


「お、おい……俺の報酬は、呪われてねえだろうな……?」

「安心しろ。我々三人の『魂の承認』を経た、極めてクリーンな報酬だ」

ルークが眼鏡をクイッと押し上げながら銀貨を渡すと、戦士は逃げるようにギルドを去っていった。


「よしよし。これで俺の心理的負担は三分の一だ」

ルークは満足げにうなずいた。


だが数日後、「ギルドの書類に偽の血文字ハンコを書いて提出した冒険者が、ザックに物理的に折檻される」という事件が起き、結局ルークがその始末書(ハンコ四つ必要)を書く羽目になるのだが、それはまた別の話である。

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