第23話「クレーム対応の極意と、真のニーズ(サウナ)の把握」
東の街道に到着した二人は、思わず息を呑んだ。
道の中央に、小山ほどもある巨大な岩の亀が鎮座していた。甲羅の隙間からは赤いマグマがチラつき、シューシューと高熱の蒸気を噴き出している。
周囲には足止めを食らった商人たちの馬車が長蛇の列を作っていた。
「ルーク殿! やはり私が一刀両断に……!」
「ステイだ、アリス。よく見ろ」
ルークは冷静に霊亀を観察した。
凶暴な魔物なら、とっくに商人たちを襲っているはずだ。しかし、亀はただ道の真ん中で腹ばいになり、目を閉じてじっとしているだけだった。
「あれは『居座り』だ。ストライキと同じで、何か要求があるんだよ」
ルークは前世で培った「顧客の真のニーズを探る」というマネジメントの基本思考を呼び起こした。相手が人間だろうが魔物だろうが、行動には必ず理由がある。
ルークは白旗を振りながら、高熱を発する霊亀にギリギリまで近づいた。
「えー、火山霊亀さん。当ギルドのルークと申します。本日はどのようなご用件で、こちらの公共インフラを占拠しておられるのでしょうか?」
亀が薄く目を開け、「グオォォ……」と低く苦しそうな鳴き声を上げた。そして、チラリと近くの岩山の方へ視線を送る。
ルークはハッとした。
「アリス、あの岩山の奥を調べてこい!」
数分後、戻ってきたアリスが報告する。
「岩山の奥に、地熱で温められた洞窟……天然の『蒸気風呂』のような空洞がありましたが、先日の土砂崩れで入り口が完全に塞がれていました!」
「なるほど、そういうことか」
ルークは完全に理解した。霊亀は本来、その天然サウナで体を休める温厚な種族なのだ。しかし、お気に入りの温浴施設が土砂で塞がれてしまったため、代わりに「日当たりが良く、熱を吸収して温かくなっている石畳の街道」に腹ばいになって暖を取っていただけなのだ。
「アリス! 剣を抜け!」
「はいっ! ついに討伐ですね!」
「違う! あの岩山の土砂崩れを、綺麗に吹き飛ばしてこい! 『環境保全(土木工事)』だ!」
「承知いたしましたぁッ!!」
アリスが CEOとしての情熱を込めて放った一撃が、見事に岩山の土砂だけを消し飛ばし、天然サウナへの入り口を復旧させた。
ボワァァァッ! と心地よい熱気が吹き出す。
それを見た霊亀は「パァァッ」と嬉しそうな顔(?)になり、のっしのっしと街道を退き、自分のサウナへと帰っていった。
「……よし。これで物流は回復だ。血も流さず、街道も無事。完璧なリスクマネジメントだな」
ルークは汗を拭いながら、安堵の息を吐いた。
第24話「規格外の報酬(宝珠)と、広がりゆく市場(世界)」
サウナに戻る直前、霊亀は振り返ると、ルークの足元に「コロン」と何かを吐き出した。
それは、ソフトボールほどの大きさの、淡く青い光を放つ美しい『宝珠』だった。
「ルーク殿! これは……霊亀からの感謝の印ですね!」
アリスが目を輝かせる。
ギルドに戻ったルークは、さっそく執務室のデスクでその宝珠の鑑定(査定)を試みた。
「うーむ……ギルドのマニュアル本には載っていないな。熱を出したり、傷を治したりするような一般的な魔法効果は感じられない。ただ光っているだけだ」
ザックも横から覗き込む。
「ルーク様。もしかして、それを高く売ればギルドの予算がさらに……」
「いや、出所不明のアーティファクトを市場に流せば、領主の監査が入るリスクがある。使い道がわからないなら、とりあえずこの書類が飛ばないように『文鎮』として……」
ルークが宝珠をデスクの上の書類にコトリと置いた、その瞬間だった。
ピィィィン!!
宝珠が突如として強い光を放ち、執務室の空中に、巨大な光のホログラムを投影した。
「な、なんだこれは!?」
「ルーク殿、これは……地図、でしょうか?」
空中に浮かび上がったのは、精巧な立体地図だった。
しかし、ルークたちが知っている「エルドリア王国」「神聖帝国」「魔王領」という三つの勢力は、その地図のほんの『隅っこ』に小さく描かれているに過ぎなかった。
未踏の広大な海。雲を突くような巨大な世界樹の森。空に浮かぶ島々。そして、遥か西の果てに広がる、見たこともない超巨大な大陸群。
「……おいおい」
ルークはあまりのスケールの大きさに、言葉を失った。
「ルーク様……世界は、我々が思っていたより、ずっと巨大だったのですね……!」
ザックが畏れ慄くように呟く。
「この宝珠は、はるか古代の文明が残した『真の世界地図』……! ルーク殿、これは我々に『外の世界へ進出すべきだ』という天啓に違いありません!」
アリスが感極まったように叫ぶ。
ルークの顔色が一気に青ざめた。
(冗談じゃない! 王国と帝国の小競り合いだけでも胃が痛いのに、これ以上『新規市場(未知の大陸)』なんて開拓させられてたまるか! これ以上のグローバル展開は、私の仕事量を天文学的に増やすだけだ!!)
「……よし、見なかったことにしよう」
ルークは真顔で宝珠の上に分厚い帳簿をドサッと乗せ、光の地図を強制的にシャットダウンした。
「ルーク殿!?」
「いいかお前ら。我々の管轄はあくまでこの都市の環境と経済だ。むやみに事業を拡大すれば、組織はパンクする。この宝珠は『ただのよく光る文鎮』だ。絶対に他言無用とする!」
ルークは必死に世界への扉を閉ざそうとしたが、彼の意に反して、この宝珠が後に「海を越えた大国の使者」を引き寄せるビーコンになってしまうことを、彼はまだ知る由もない。
事なかれ主義のおっさんの平穏は、ついに大陸の枠すら越えて脅かされようとしていた。
ルークらしいトラブル解決法(サウナの復旧)と、使い道不明なアイテムが引き起こす世界観の拡大があります。また、物語はこれで一つの区切りとなります。




