第18話「王都からのSOSと、実家(大公家)の敵対的買収」
アリスが王都へ栄転し、ルークが完全なる「事なかれ主義」の平穏を取り戻してから三ヶ月。
その日の午後も、ルークは温かいお茶を片手に、窓の外を飛ぶ小鳥を眺めていた。
「素晴らしい。これぞ理想のホワイト職場だ」
しかし、彼の平穏をぶち壊すサイレン(物理)が鳴り響いた。
ギルドの裏口の扉が「バンッ!」と蹴り開けられ、ボロボロの外套を深く被った人影が転がり込んできたのだ。
「ルーク殿……! お助けください……!」
フードが外れ、こぼれ落ちたのは見覚えのある白銀の髪。王都の治安維持省・特別監査局長へと出世したはずの、アリス・フォン・ルンデルハウスだった。
「ア、アリス様!? なぜこんな辺境に……それにその格好は」
ルークは嫌な予感(特大)を感じて、後ずさった。
「極秘で王都を抜け出してきました。……実は、私の実家であるルンデルハウス大公家が、『敵対的買収』の危機に瀕しているのです!」
「……は?」
アリスの話によれば、こうだ。
彼女の父である大公は、王室の中でも穏健派の重鎮。しかし、武闘派の筆頭である「バルバトス侯爵」が、大公家の失脚を狙い、王室会議で恐るべき告発を行ったという。
『ルンデルハウス大公は、領地の税収を横領(不正蓄財)している』と。
「父上は清廉潔白です! しかし、侯爵派の息がかかった監査官たちが、父上の帳簿を強引に押収し、『不透明な資金の流れがある』と難癖をつけてきているのです! 明日の最終査問会議でクロと判定されれば、大公家は取り潰し。父上は処刑されます!」
アリスはルークの手にすがりつき、涙ながらに訴えた。
「剣の力では、この陰湿な『書類上の罠』を打ち破れません! ルーク殿、どうか貴方のその底知れぬ『監査の力』で、父上を……大公家をお救いください!」
(いやいやいや!)
ルークの心の中で、緊急警報が鳴り響いた。
(王族同士の派閥争い!? そんな国を揺るがすデスゲームに、しがないギルドの事務員が関わって生き残れるわけがない! 断る! 絶対に断る!)
「アリス様。お気持ちはわかりますが、私のような平民が王室会議に口を出すなど……」
ルークが営業スマイルでフェードアウトしようとした瞬間、アリスが決定的な一言を放った。
「もし大公家が潰されれば、私や叔父様が贔屓にしているこのギルドも、バルバトス侯爵によって『不正の温床』として即刻解体(物理的に焼却)されると通達が来ています」
ピタッ、とルークの動きが止まった。
「……焼却?」
「はい。跡形もなく」
ルークの脳内で、彼が心血を注いで構築した「ハンコ決裁システム」や、ようやく手に入れた「定時退社できる安全なデスク」が、炎に包まれて崩れ落ちるビジョンがフラッシュバックした。
(俺の……俺のぬるま湯を、燃やすだと……!?)
ルークは静かに眼鏡を外すと、布でレンズを磨き、再びかけ直した。その瞳には、かつてクレーマーを言葉の暴力でねじ伏せてきた、中堅サラリーマンの冷酷な光が宿っていた。
「……ザック。出張の準備だ。王都へ行くぞ」
「はっ! ついにルーク様が、王都の腐敗を物理的に『監査』するのですね!」
「物理じゃない。……奴らに『本物の書類仕事』という地獄を見せてやる」
ルークは、己の保身(と安全なデスク)を守るため、王室の権力闘争という最大の泥沼へと身を投じる決意を固めたのだった。




