第0話「波風の立て方すら分からない」
田中 修(47歳)は、音を立てずにため息をつくことだけは誰よりも上手くなっていた。
中堅の部品メーカーに勤めて24年。現在の肩書きは「業務管理部 課長補佐」。何をしている部署かと問われれば、修自身にも上手く説明できない。営業の尻拭いと、総務の雑用の狭間を、クラゲのように漂うポジションだ。
朝の定例会議で、報告の順番が回ってきた。修の心拍数は小さく跳ね上がる。
「えー、今週の、その、各案件の進捗ですが。関係各所との連携を、まあ、適宜密にしていきまして……全体的に、大きな問題がないように進めている次第でして」
何を言っているのか、自分でもよくわからない。
案の定、若手の部下たちは生気のない目を向け、部長は手元の資料を見たまま生返事をしている。「説明力がない」という自覚はある。
しかし、今更どうやってそれを鍛えればいいのかも分からないし、鍛える気力もない。
(怒られない程度に、適当に終わってくれ……)
心の中でひたすら手を合わせる。
彼には、バリバリとハードワークをこなす体力も、ストレスフルな交渉に耐えうる強靭なメンタルもない。ただひたすら、決定的なミスを犯さず、責任の所在が自分に集中しないよう、息を潜めて生きてきた。
幸運なことに、その日の会議は「他部署での発注ミス」という格好のスケープゴートがあったため、修の中身のない報告は誰の印象にも残ることなく流れていった。
修は自席に戻ると、心底ホッとして冷めたコーヒーをすすった。
定時を15分だけ過ぎた頃合いを見計らい、修はそそくさとパソコンを閉じる。
残業なんてとんでもない。
無駄に心が削られるだけだ。
最寄り駅のスーパーで、特売の発泡酒を買って帰宅する。
「おかえりなさい」
築15年のこぢんまりとした一軒家。
キッチンからは、パートから帰った妻が夕飯の支度をしている匂いがする。
リビングでは、中学生の娘がクッションを抱えてテレビを見ていた。
「お帰り。今日のご飯、カレーだって」
娘は深刻な反抗期を迎えることもなく、妻ともここ数年、大きな諍いはない。
傍から見れば、マイホームを持ち、安定した企業で役職に就き、穏やかな家庭を築いている
「幸せなお父さん」に映るだろう。
実際、親戚の集まりなどでは「修くんは順風満帆でいいわね」と言われる。その度に、彼は愛想笑いでやり過ごしてきた。
修はソファの端に腰を下ろし、プシュッと発泡酒の缶を開けた。
(ああ、今日も怒られなかった。何も起きなかった。ラッキーだ)
彼の願いはシンプルだ。
何か偉大なことを成し遂げたいわけじゃない。
尊敬されたいわけでもない。
ただ、この「はたから見たら幸せな生活」を、自分の実力や努力ではなく、ひたすら運とタイミングだけで維持したい。
誰かの親切や、たまたま起きた幸運にまみれながら、一切のハードワークを避けて、ぬるま湯の中で定年まで逃げ切りたい。
テレビから流れるバラエティ番組の笑い声を聞きながら、修は冷たい発泡酒を胃に流し込んだ。
中途半端で、心が弱くて、それでもなんとか上手くやり過ごせている自分の日常に、ひそかに乾杯しながら。




