6
機は熟しつつある。
サムは、隣で気勢を上げている中年の男に調子を合わせながら、残りの計画について考えていた。
酒場と言うのは、色々と都合が良い。
誰もが酒で気が大きくなり、声も大きくなり、そのうえで判断力は落ちる。
感情的で、周囲の空気に迎合しやすい。
人を扇動するには、もってこいだった。
「あーあ、俺がこんな安酒を飲んでるってぇのに、王サマはうめぇエールでも飲んでやがるんだろうなぁ!」
「何言ってんだおめぇ、王族がエールなんぞ飲むもんか!
いいワインに、いい蒸留酒さ!」
「ふざけた話だ、そうだろ!」
そうだそうだ、と男たちは重い陶器のカップを掲げては大騒ぎだ。
明日には細かい話など忘れているだろう。
しかし、感情は覚えている。
王室に対する不満、自分の生活と大きく違うことへの妬み。
自分だって楽して生活したい。
贅沢な暮らしをしたい。
でもできない――平民だから。
王族は王族というだけで、貴族は貴族と言うだけで、安穏とした毎日を送っている。
これは今夜のことだけではない。
日を空け、時間を変え、場所を移し、違う酒場でも、同じことを繰り返す。
そのたびに、平民たちの不満は増大し、さらに彼らの周囲の人々を巻き込んでいく。
酒場に来ない女子供も、父や兄の言葉を繰り返し聞き、同じ感情を共有していくのだ。
そして人々は、互いに互いの感情を刺激し合い、負の感情を膨れ上がらせる。
「そろそろかあちゃんが怖ぇから帰るとすっか! おい、おごってもらっちまってすまねぇな、ええと……」
「サムだよ、サム、いい加減覚えくれよ」
「あーっ、そうそう、サム、俺のじっちゃんと同じ名前だぜ!」
「あんた前もそう言ってたけどな」
男はふらふらとした足取りで家へ帰っていった。
他の客たちも、それをきっかけに帰り支度を始める。
サムもそれにまぎれ、店を出た。
もちろん、サムというのは偽名だった。
本当の名は、ミルコという。
どこにでもいそうな、人畜無害で、印象の薄い男である。
幼いころは親にさえうっかり置いていかれたり、おやつの数に入っていないことがあったりで、自分の容姿に悩んだこともある。
大人になっても、それはあまり変わらなかった。
村では主に薬草を栽培しているが、畑に適した環境は森である。
だから村人たちは獣の害を防ぐために、隣組を作って集団で森に入る。
ミルコは、時々、忘れられた。
気づくと誰もおらず、慌てて彼らを追いかけて怒るのだが、気づかなかったよと驚かれておしまい。
それくらい、いるかいない分からないのがミルコという男だ。
しかし今ではそれが最大の武器だ。
誰もが明日にはミルコのことを忘れている。
人に言えない仕事を請け負うには、最適だろう。
ここもそろそろ、下準備が完了する。
引き上げ指示が来るだろう。
そう思った矢先、誰もいなかったはずの背後に人影を感じた。
「おっと、振り向かずに。『先生』がお呼びだ」
それだけ言うと、気配は消えた。
「いつもの連絡方法とはいえ、気色の悪いことだ。慣れないねぇ……」
ミルコは、隠れ家に向かおうとしていた足を、別の方向に変えた。
行き先は、孤児院だ。
街の端にあり、細々とした畑と、数羽の鶏がいるだけの小さなそこは、ほとんど人の出入りがない。
誰にも見られることなく、ミルコは畑の裏から院内に入った。
「こんにちは、サム」
中にいたのは、綺麗なワンピースを着た女だ。
「ごきげんよう、だろ、ローラ?」
「いいの、あなただもの」
彼女は、幼馴染だ。
しかしある日、突然に街に貴族がやって来て、彼女を連れ去って行った。
どうやら、隠し子だったらしい。
噂は街を走り抜け、そしていつしか消えて行った。
なにしろ、ローラは王都へ行き、ミルコたちとは全く違う世界で生きることになったのだ。
風の便りにすら、今どうしているかなんてことは聞こえても来ない。
それが、ある日。
そう、今から半年ばかり前のことだ。
孤児院に慰問にやって来たという修道女を見て、驚いた。
貴族令嬢をやっているはずのローラだったからだ。
もちろん、今いるこことは違う、別の街のことだ。
けれど、どうやらこうして、色んな所の孤児院を回っているらしい。
思わず声をかけたミルコを、教会関係者が突き飛ばし、近づくなと怒鳴った。
それをローラが止めた。
「待って、私の幼馴染よ。分かるでしょ、ここは私の生まれ故郷だもの」
そして、二人で話す機会をくれたのだ。
「お前、お貴族様になったんじゃなかったのかよ」
「そうよ、私は今じゃ、伯爵令嬢よ」
「じゃあなんで修道女の真似事なんか」
ローラは、子どもの頃のようにミルコの耳に顔を寄せた。
けれど、子どもの頃よりもずっといい匂いがして、触れる髪の毛は艶やかだ。
心臓が高鳴るのも仕方がなかったと思う。
「あなたにだけ、こっそり教えてあげる。あのね……私、聖女なの」
もちろん、にわかには信じられなかった。
けれど、ローラにはそんな嘘をつく必要がなかったし、本当であれば、貴族令嬢がこんな街まで慰問に来ていることに理由もつく。
それに、周囲を偉そうな教会関係者が固めている理由も。
「すごいじゃないか」
「うーん……」
「どうした」
ただの平民だった少女が、貴族になり、それどころか人々に敬われる聖女にのぼりつめた。
こんな素晴らしい立身出世物語は他にはないというのに、ローラはなんだか元気がない。
「まあそれはそうなんだけど。確かに、綺麗な服を着て、美味しいものを食べて暮らしてるんだけど」
「すげえじゃん!」
「でも……聖女としてはだめなの、私……」
そう言うと、彼女は自分の能力について話してくれた。
予言の精度は高いはずなのに、なぜかそのほとんどが事前に対策されていたり、誰かがすでに予兆を感じていたりする。
だから、教会の上層部はローラに対して、まだヒヨッコという立場で接するそうだ。
それはまだしも、王族もほとんどローラを気に掛けることはなく、ないがしろにされていると。
他に彼女が出来るのは、ほんのちょっとした癒しの魔法くらいなのだが、それは他にも施せる魔力持ちがいるそうで、あまり重用されてはいない。
「いいじゃないか、それでも聖女として大事にされてるんだろ?」
「どうかな……こうやって孤児院を回るのだって、聖女だって世間に知らせた時に箔がつくからなんだって。
あんまり予言を真剣に聞いてくれないくせに、それって、聖女って存在だったらなんだっていいってことじゃない?」
そうかもしれない、とちょっとだけ思う。
大体、予言といっても、牛の病気とか川の増水とか、一部の人間にしか被害がないようなものばかりで、あまり神の力っぽいものを感じない。
しかし、聖女と言う存在、その名に想起される神秘的で神々しい響きは、思わず膝をつきたくなるような意味をもっている。
「やめちまえば?」
思わずそう言っていた。
ミルコは、利用されることが何より嫌いだった。
自身が、いつもは存在を忘れられていながら、手が必要な時は数に入っていたり、余りものとして余計な仕事を増やされたりしていたからだ。
利用されるくらいなら、やめてしまえばいい。
「無理よ……」
「あー……ま、そうだよな」
「聖女は神様に身も心も捧げるものなんですって。だから、私、結婚もできないみたい」
「そりゃ……」
もったいない、と言いかけて慌てて言葉を飲み込んだ。
結婚という言葉を聞いて、つい、彼女のうつむいてむきだしになった首筋や、自分の手に触れそうで触れない華奢な指なんかを見てしまったのだ。
これが、誰のものにもなれないのか。
「えっと、つらいな。お前、子ども好きだったもんな」
「うん。いつか自分の子どもを生んで、抱っこしてあげたかったな」
お腹に手を当てる仕草をする。
そんなローラを見て、ミルコは思わず喉をごくりと鳴らした。
「ま、子どもなんかできちゃったら、それこそ聖女をクビになっちゃうけどね」
屈託なく笑う顔を見て、じわりとある計画が思い浮かぶ。
「つ、つくっちまえば?」
「え?」
「子どもだよ。子ども。そしたら、聖女やめられるじゃねーか」
彼女はあきれた顔をした。
「馬鹿ね、そりゃあ、そうなれば、私は聖女も辞められて子どもも生めて幸せだけど、お父様達が罰を受けちゃうわ」
「あ、そうか……」
「監督不行き届き、っていうか、どういう教育してたんだ、みたいな?
聖女がいなくなっちゃうなんて、一大事よ、きっと家はおとり潰しになっちゃうわ」
どうやら、急に現れた父親ではあるが、愛情はあるようだ。
世話になっているからなのかなんなのかは分からないが、家を大事にする気持ちは、少しは分かる。
「例えば、すっごい大きな功績があって、私を罰したらダメだって思わせられたらいいんだけど……そんなすごい神託はまだ降りてこないしさ」
「功績か。難しいな」
深刻な顔をしてみせると、ローラはこちらを覗き込み、ふふっと笑った。
「ありがとね、一生懸命考えてくれて。やっぱり幼馴染っていいね」
小首をかしげて笑う、彼女の長く柔らかい髪が、ミルコの手の甲をさらさらと撫でた。
後にミルコは、その感触を、何度も何度も思い出したものだった。
彼女と再び会ったのは、その二か月後だった。
また孤児院に来ると聞いたため、わざわざ仕事を休んで様子を見に行ったのだ。
嬉しいことに、ローラはミルコを見つけると小さく手を振ってくれた。
そして、傍らの教会関係者に言伝てをしたようで、前回のように休憩室で話せることになった。
「良かった、ねえ、あれからまた神託が降りたの。
他の誰にもまだ言っていないのよ、騒ぎになる前に、あなたに教えてあげようと思って」
彼女は声を潜め、ミルコに耳打ちする。
かすかな息がかかり、自分の耳が赤くなっていないか、心配になった。
「今年の小麦の出来がね、ちょっと悪くなるんですって。
だから、今のうちに備えておいた方がいいわよ?」
「えーっ、そういえばちょっと今年は雨が多かったな。
分かったよ、近所の人たちにも言っておかなきゃ」
すると、ローラは慌てたように手を振った。
「駄目よ、これはあなただけにこっそり教えてあげたの、だからこっそり買い溜めしてちょうだい」
「どうして? ほかのみんなだって……」
「ああ、優しいのね。分かるわ、近所の人なんて家族みたいなものですものね。
でも、主食が不作で値上がりするなんて話が広まったら、みんなが不安になってしまうわ。一斉に買い漁ったら、変だなってなってますます噂は広まるでしょうし」
確かにそうなれば、秘密でもなんでもなくなる。
店は公然と値上げをするだろうし、それによってまたみんなが不安になる。
あるだけ買い占める者も出てくるだろう。
そしてまた、不安が広がる。
「……なあ」
ミルコの想像は、それほど間違っていないだろう。
以前、近所のじいさんに聞いたことがある。
ずっとずっと昔に、隣の国で、同じように小麦が不作だったことがあったらしい、
当時は他に食べるものも少なく、農村部には飢える者も出た。
そんな中、なんと国は小麦を大量に買い漁り、値を吊り上げたのだ。
おかげで、その頃の赤ん坊はほとんどが生き残れなかったという。
人々は怒り、国や王室を非難し、一致団結した。
そして、革命は起こった。
決起した多くの国民達は王都へと行列し、城の前でシュプレヒコールをあげては、国民を救えと願ったのだ。
結果、国王はその声の大きさに恐れをなし、国庫を開いて国民に食糧を配ったそうだ。
「どうしたの?」
「それって……利用できないかな」
「え? 何に?」
「功績さ。君の」
「私の?」
「忘れたのか? 言ってただろ、功績があれば、聖女を辞められる、って」
「あら。ええ、言ったわ。でもすっかり忘れてた。だって……叶いっこないもの」
だからさ、と、ミルコは勢い込んで立ち上がり、ローラの前にしゃがみこんだ。
見下ろしてくる彼女の手をとり、目を覗き込む。
「革命だよ。人々は小麦の不作から将来に不安を抱き、国の対応に不満をおさえきれなくなって革命を起こす。
けど……君がそれを止めるんだ」
「そんな、だって、それほどの不作じゃないもの。革命なんて起こりっこない。
それに、陛下だってちゃんと対応なさると思うわ」
「本当なんてどうでもいいんだ。火をつける……そう、俺たちがするのは、平民たちの不安に火をつけることだけ」
首を振りながらも、ローラの目がすがるようにミルコを見る。
その目を見ると、もっと色々なアイディアがわいてくる。
「そしてそれを、煽りたてる。
俺たちが使うのは、言葉だけさ。
暴力も脅しもない、ただ俺たちの想像する、『来るかもしれない未来』をあちこちで話して回るのさ。
少し時間はかかるかもしれないけど、それは、目を付けられにくいということでもある」
「本当に革命が起こっちゃったら、どうするの?」
「そこで君の登場さ」
成功する自信がわいてきた。
絶対にうまくいくに違いない。
「君は革命が起こることを予言する。国の危機を阻止するんだ」
「……でもそんなの、今までだって」
「タイミングだよ。
今までは事前に教えてやっていたんだろ? だからみんな危機感がないんだ。
今回は、ぎりぎりに教えてやればいい」
ローラは首をかしげる。
口が少し開いていて、子どものようだ。
そのあどけない表情に、ミルコの庇護欲がかきたてられた。
「あちこちで人々が蜂起する。やがて、ある領地で、最初の暴動が起きる」
「ええ……」
「君は、『次にどこで暴動が起きるか』を予言するんだ。
すでに起こってしまった悲劇が悲惨であればあるほど、二度目を防いだ功績は評価されるだろう。もしそれが、高位の貴族の領地なら?
きっとその貴族様は、君が何かしら問題になった時、口添えをしてくれはしないだろうか」
ローラが目を閉じて、何かを考えている。
やがて、ふっと瞼をあげ、ミルコを見返した。
「それほどのお力をお持ちなのは、フレッド……いえ、エッセル公爵家ね」
「領地は持ってるのか?」
「ええ。王都から、馬車で十日ほど南に下ったところよ」
「いいな、王都が不安になるのにちょうどいい距離だ」
ミルコは立ち上がり、考え込む。
「予言で救うのは、エッセル公爵家。
じゃあ、恐怖を煽るために最初に燃やす領地は、どこがいいだろう」
「そうね、考えてみるわね。
エッセル公爵家が私を擁護するほど感謝して下さるためには……。
きっと、すっごく不安だったり困ったりしてて、それが解消されることよね。
だったら……同じ公爵家がいいと思うわ」
「あと四つのうちの、どこだい?」
「私が思うに、それは――カートランド公爵家、よ」
その時ローラが浮かべた奇妙な笑みに、ミルコは少しだけ変な気持ちを覚えた。
けれど、そこにはすぐに心配そうな表情が浮かび、すがるようにこちらを見たので、そんな印象はあっというまに消えた。
「うまくいくかしら。どうやって、誰が?」
「安心しろ、印象に残らないってのは、俺の生まれ持っての特技なんだぜ?」
自虐にならないように、ふざけた言い方をする。
ローラは、口を尖らせた。
「そんなことないのに」
「……ありがとな。でも本当のことだ。今こそ、この特技が生きるんだ」
ミルコは何者でもなくなり、街を、村を漂う。
ほんの少しの事実を膨らませ、ありもしない不安を煽り、生まれた火種を大きく大きくする。
そして――そして。
俺は今から、サムだ。ありふれた見た目にふさわしい、ありふれた名前になるんだ。
「ローラ、お前は今から、俺をサムと呼ぶんだ」
「サム……ありがとう、本当に。
もしうまくいったら、その時は……どうか、私の気持ちを伝えさせてね?」
ミルコ――サムは、その日のことを想像し、胸を熱くした。
「状況はどうだ」
『先生』と皆が呼ぶのは、修道士のような男だった。
ような、というのは、彼がとても神に仕える男には見えないからだ。
しかし、司祭のような服を着ていれば、そんなふうに見えなくもない。
サムは、この男が少し苦手だった。
彼は、ある日、ローラが連れて来た。
『サム一人じゃ、いろいろ難しいでしょう?
だから、私を理解してくれている人を連れて来たの!』
そう言って、引き合わせて来たのだ。
老齢で、確かに師弟関係なのだろう。
サムは、ローラに感謝されるのは自分一人でありたかった。
先生が男としてローラをみているとは思わないが、彼女の感謝の眼差しを分け合うのは誰であっても嫌だった。
同時に、自分一人だけでは、計画が遂行されるまでにずいぶん時間がかかりそうなのも確かだった。
小麦の収穫期から、寒くなり蓄えを切り崩して食うようになるまでの間には、最初の炎上までもっていきたい。
サムは、自分の嫉妬と、計画の成功を天秤にかけたうえで、先生と手を結んだのだ。
実際、先生、と呼ばれるにふさわしいだけの子弟が、彼にはたくさんいた。
その子弟たちがあちこちに散ることで、噂はまたたくまに広がったのだ。
「そろそろ頃合だ」
「そうか。お前がそう言うのなら、いよいよ実行の時としても良いだろう」
「ああ。いつにする」
「……三日後、新月の夜に」
サムはこくりと頷いた。
悪くない。
山に入っているサムは、天候に敏感だ。
このところ、こめかみの痛みが全くない。
それは、サムにとっての雨の前兆だ。
しばらく雨は降らない。
そして、空気は乾燥しているし、おまけに風が強く吹いている。
きっと、いろんなものがよく燃えるだろう。
「俺がやる」
手柄は譲らない、という強い意志でそう言うと、先生もいいだろうと承知した。
「革命であると人々に、そして領主につきつけねばならん。
連れて行く人数は……二十。
圧政に抗議する文言を叫びながら、そうだな……窓の二つや三つは割るといい。
そこから火を投げ込め。
その後は、すぐに離れるんだ。
領民が集まってくるだろうから、それにまぎれ、革命を叫びながら、ほどよいところで離脱し帰還しろ」
サムはその場面を想像した。
変な笑いがこみ上げてくる。
興奮しているのだと自覚しているが、止められなかった。
これは始まりだ。
革命と言う名の、聖女の解放なのだ。
サムのその高揚した気持ちは、実行のその日まで続いていた。
当日、まるで本当の革命家のような気がした。
作戦は、面白いほど予定通りに進んだ。
「このまま俺たちを飢え死にさせる気か!」
「赤子が死んでいくのを見ながら、高い酒を飲むのか!」
「我々は立ち上がるぞ!」
力強く叫ぶと、通りの左右から人々が顔をのぞかせる。
サムは、観客の前で舞台に立っているかのような錯覚に酔い、ますます大声を張り上げる。
たどり着いたカートランド家の屋敷は、まさに城だった。
門番はいたが、サムたちの迫力に怯えたかのようにじりじりと後退し、逃げていく。
しょせん、貴族に使えている者の忠誠心など、その程度だ。
がら空きの門を一人がよじ登り、内側から開くと、みんながそこから敷地内になだれ込んだ。
サムは先陣を切り、美しく整えられた馬車用のレンガ道をたどって屋敷にたどり着くと、大声を上げて窓を割った。
二つ三つ、と言われていたが、誰もが興奮し、十以上は割っただろう。
パリン!という音は、意外にもサムを多少冷静にさせた。
子どもの頃に、割れ物をうっかり落としてしまった経験のせいだろうか。
ひやっとする気持ちに、ようやく、あまり長居してはまずい、と思い出す。
サムは、用意してきた松明に火をつけた。
そしてそれを、油の染みた布と共に、割った窓から放り込む。
火の粉を引きながら屋敷内に入った火は、一瞬、消えたかに見えた。
あたりが真っ暗になったのだ。
しかし、すぐにパチパチと音がして、火の手が上がった。
「引き上げるぞ!」
合図をし、撤退する。
門から出ると、道の向こうから領民たちがやってくるのが見えた。
サムたちは脇の草むらに隠れ、人だかりができ始めてから、少しずつそれに混じった。
その頃にはもう、屋敷はごうごうと炎をあげて燃えていた。
もちろん、大きな城の一部のことだが、それでも半分ほどは燃えるだろうと思われる。
風にあおられ、ひときわ大きく火の粉が舞ったことで、領民たちが悲鳴をあげる。
「死人が出るかもな」
誰かが呟いた。
そのタイミングで、サムたちはそっとその場から離脱したのだった。




