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公爵令嬢はメイドの忠告をきかない  作者: 有沢ゆう


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1/3

ミシェル・カートランドは、5歳にして王女だった。

もちろん、家の中でのことだ。

その家というのは公爵家であり、一人娘で、両親とたくさんの使用人たちに囲まれ、王女のようにすごしている。

ならば、それはもうほとんど本来の王女と同じ意味だ。


ミシェルの言葉はいつも現実になる。

どんな言葉も叶えられる。

どうしてかといえば、父であるカートランド公爵がミシェルを溺愛しているからだ。

父だけではない。

母も使用人たちも、みなミシェルを愛していた。



そういう訳で、当然、次第に出来上がっていくのは、強烈に我儘な少女である。

その日も、ミシェルは絶賛、我儘放題だった。

朝から新鮮なミルクが飲みたいとメイドを走らせ、ドレスが気に入らないと三度も取り返させ、季節外れの薔薇を部屋に飾りたいと庭師を困らせた。

そして、平身低頭した庭師が、今が盛りと案内した金木犀にようやく薔薇のことを忘れた頃、ひとりのメイドがやって来た。


見覚えのある顔だったが、名前は知らない。

つまり、ミシェル付きではないということだ。

そのメイドが何の用だろう。

周囲にいた侍女たちも、いつにないことに戸惑い気味だ。

ただのメイドであるし、もしかしたら家人の用を言いつけられてのことかもしれない。

そうして、そのメイドは、楽々とミシェルの傍に近づけたのだ。


不穏な表現をしてしまったが、そのメイドがなにかミシェルに危害を加えたという話ではない。

彼女はただ、とある話をしただけだ。

とうてい、信じられない話。


「お嬢様、信じられないでしょうけれど」


彼女自身だって、そう言った。


「私は、違う世界から生まれ変わった人間なんです。

 ああ信じなくてもいいんです、この話の肝はそこじゃないので。

 とにかく、そういう理屈で、私はこの世界がこれからどうなるのか知っています」

「どういう理屈よ!」


ミシェルの内心をそのまま隣にいた侍女が叫ぶ。


「誰か、誰かこのメイドをどこかへやって!」


それに応えて少し離れた場所にいた騎士が慌てて走ってきた。

しかし、そこでミシェルの我儘が発動した。


「待ちなさい、あたくしは話を聞きたいわ」


それが例えば、ナイフを持った暴漢などであれば、さすがの我儘も聞き入れられなかっただろう。

しかし相手は、メイドである。

しかも、みなが一応は顔と名前を知っているメイドで、その働きぶりは決して悪いものではなかった。


「……お前、確か暇をもらったと聞いたが」


騎士の一人が、思い出したように声をかけた。

メイドは頷いた。


「ええ、昨日で辞めたので、今日これから出ていくんです。

 私は下働きでしたけど、待遇も良かったし、ほんとは辞めたくないんですけど」

「ではなぜやめるの?」


ミシェルの素直な疑問に、彼女は勢い込んで頷いた。


「ええですから、私はこの先、この世界がどうなるか知っているんです。

 だから辞めるんです。

 カートランド家は、没落するので」

「貴様!」


あまりの暴言に、年老いたほうの騎士が一歩踏み出た。

しかし、それを止めたのはやはりミシェルだった。


「んもう、うるさいわね、あなた向こうへ行ってちょうだい」


今まさにメイドの腕を捻り上げようとしていた騎士は動きを止めた。

ミシェル様の我儘には、誰も逆らえない。

この家の主人すら受け入れる全ての言動を、ただの一介の騎士が拒否するはずもない。

彼は、難しい顔をしつつも、輪の外へと離れた。


もちろん、残る若い方の騎士に、そっと目くばせはした。

何かあったら頼むぞ。

そういう意味だが、老獪な彼が出来ないことを、経験の浅い騎士にできるだろうか?



「それで?」

「はい。ミシェルお嬢様は、今年、フレデリック・エッセル公爵令息とご婚約されましたね」


その通りだ。

フレデリックは、同格の公爵位の次男だが、王家の血筋に近い分、実質的には格上の相手だった。

たまたま同じ年だったので、当たり前だが貴族間の様々な事情をふまえての結びつきだ。

とはいえ、無口であるけれども、濃い藍色の髪と同じ色の瞳を持つ美しい彼のことを、ミシェルは大好きになった。


儀礼的ではあるけれども、フレデリックが選んだと分かる贈り物は、どれも大切にとってある。

ドレスやアクセサリはもちろん、彼の色のリボンや、譲ってくれた冒険活劇の本、外国から取り寄せたチョコレートの包み紙まで、全て。

一番多いのは花束だったが、それも押し花にして残してある。



「令息は、今から10年後、16歳で運命の相手と出会います。

 お嬢様ではない、別の美しい女性と恋に落ちるのです」


ミシェルの返答は、一言だ。


「あら。まあ」


信じるつもりはないが、興味深い展開だった。


「その女性は、男爵令嬢です。名前を、ローラ・ハワードと言います。

 ああ、まだ存在しませんよ?

 彼女はハワード男爵の隠し子で、八年後に一人娘のニコラ様がお亡くなりになってしまうので、その時にようやく引き取られるのです。

 そして、いろいろあれこれあった後、貴族学園に編入し、そこでフレデリック様と出会います。

 初めての顔合わせは、二度目の夏の休暇前の最後の授業日、夕方の中庭です。

 ニワトコの植え込みにリボンをひっかけ、あたふたしているのを見かけるのです」


そこで侍女が声をあげた。


「やはりこんな話はでたらめですわ!

 私は学園に通っておりましたが、中庭にニワトコなど植えてございません!

 このような嘘でお嬢様を……お嬢様を……?」


侍女の声は困惑したように小さくなった。

お嬢様を、つまりミシェルを、このような作り話でどうしようとしているのか、そこが分からない。

でたらめな話を聞かされても、予定通り辞めていく元メイドには、なんの得もない。

ミシェルにも何の損もない。


「それで?」


少し考えて、ミシェルは先を促した。

なんにせよ、話を全て聞いてからでなければ、何も判断できないと考えたからだ。


「ローラ嬢はその後、聖女の認定を受けます。

 身分的にもフレデリック様と遜色ない立場になったため、令息の気持ちは加速していきます。

 お嬢様はそれを、お側でつぶさに見ておられ、嫉妬に狂います」


またも、侍女たちが声をあげそうになったので、先んじてミシェルが手で制する。

メイドは、そんなことも気にしないように、続きを語る。


「ローラ嬢に忠告し、フレデリック様に抗議し、それでも徐々に惹かれ合う二人を見ていられずに、とうとう手を出します」

「手を、出す?」

「聖女であるローラ嬢を、毒殺しようとするのです」


思わぬ恐ろしい話に、侍女たちも、そして壁際の他のメイド達も小さく悲鳴をあげた。


「しようとする、ということは、死なないのね」

「はい、聖女なので。癒しの力で解毒するんです。

 で、お嬢様は、目的も果たせず、フレデリック様の気持ちも取り戻せず、毒殺未遂の罪で斬首刑になります。

 我儘で評判だったお嬢様をかばうご学友はいませんでした。

 それに伴って、カートランド家も伯爵位に落とされ、財産を食いつぶすだけの名ばかり貴族になるんですね。

 そして、ローラ嬢とフレデリック様は、幸せな結婚をして、末永くむつまじく暮らすのです」


めでたしめでたし、とでも結びそうなメイドの話は、それで終わりのようだった。

ミシェルは首を傾げた。

そして聞いた。


「我儘、って、何?」


沈黙。


「そこですか!?」

「だって聞いたことのない言葉だったもの。あたくしは我儘になるの?」

「いえもうすでに我儘ですね。だから私はここを辞めるのです」

「えっ、あたくしは我儘なの?」

「はい。周囲の都合や気持ちや事情を考えずに、自分の希望だけを押し通すことです。

 例えば、薔薇が咲くはずもない季節に、薔薇が見たいと言い出したりすることですね」

「だって見たかったのだもの」

「はい。平民なら、見たいわぁ、と呟いて終わりでしょうけど、お嬢様の場合はそれが命令になります。

 薔薇を見せなさい、さもなくば、というわけですね」

「さもなくば、なんて考えてないわ!」

「さあ、どうでしょう。けれど、お嬢様の我儘を叶えられない場合、旦那さまや奥様はどう思うでしょう。ご家族の皆様も」


5歳のミシェルには、難しい話だった。

ただ願いを口にしただけで、それが『我儘』と呼ばれるなんて、とうてい納得できない話だった。

そのように育ってきたので。


「変ね」

「まあそうですね、変な話だと自分でも思いますよ」

「そうじゃなくて」


ミシェルは、考え考え、疑問を一生懸命口にした。


「あたくし、魔力があるのよ。教皇様のお見立てだもの、間違いなく、火の魔力よ」

「……ふむ。ええ、それは間違いないかと」

「ではなぜ、毒など飲ませたのかしら」

「それは、つまり、その」

「ええ。火属性の魔法を使えたのなら、あたくし、燃やした方が早いと思うのだけど」


全員が黙った。

幼いことの恐ろしさを垣間見た、と、後に侍女が語ったところだ。

おそらくメイドも同じことを思っただろうが、さすがに口にはできなかったのか、唸りながらなんとか答えをひねり出す。


「えー、その、毒の方がふさわしいと、成長したお嬢様はご判断なさったのでしょう。これ以上は分かりません。ええ。

 というわけで、私は早々にお暇いたします」

「ねえ、あなた、なぜそれを最後にわざわざ語ったの?」


またも放たれたミシェルの素朴な疑問に、メイドは、自分でも面食らったように目を見開いた。

よく見ると、その目は珍しい漆黒だった。


「ああ……そうですね」


少し考えて、彼女は自らの考えに合点したように頷いた。


「その、別の世界にいた時の私は、結婚してたんですよね。

 それで、旦那が浮気をしていたんですが、そのことをママ友から聞いたんです。

 彼女も言うかどうか迷ったそうですけど、私は知って良かった方なんですよね。

 もちろん、知らない方が良かった、っていう人もいるでしょうけど、私はまあ手に職もあったので、離婚してもそれなりに子供と二人生活できましたし」

「ママ友ってなに? それと、浮気ってなあに?」

「ママ友はママ同士の友達で、浮気というのは、将来を誓った相手以外とねんごろになることですよ。ああ、ねんごろっていうのは」

「キャシー?」


侍女の鋭い制止する声で、メイドの名前がキャシーだと初めて知る。

そのキャシーは、ばつの悪そうな顔で、両手をばたばた振った。

その仕草は確かに身分の低いメイドのもので、けれど、彼女の語り口や言葉の豊富さは、知性を感じさせた。

案外と、別世界で生きて結婚までしていたというのは、嘘ではないのかもしれない。


「ま、まあそういう訳で、お嬢様も知っていて損はないと思ったので。

 けれども、我儘は治りそうもないので、リスクは犯さず逃げ出しておきますね」

「これからどうするの?」

「はい、今は小さい店ですが、こちらでいただいた紹介状を持ってマシューズ商会を訪ねます。

 そこは、近いうちに新しい宝石のカット法を考案して大きくなる予定なんです。雇われている魔法士が実は優秀、というやつです。そこに行きます」


彼女は、語るべきことは全部語った、と言わんばかりの晴れやかな笑顔で、丁寧なお辞儀をした。

それでは、と背中を見せる彼女を、追うものはない。






ミシェルは賢い子供ではあったけれど、たった5歳の頃のその出来事は、いつの間にか忘れられていった。

強烈な印象を残しはしたが、周囲がそれを封じるように動いたこともあり、少しずつ記憶は薄れるのだった。

ただ、『我儘』という言葉だけは、強くミシェルの中に残った。


しかし、だからといって、我儘がおさまるわけではなく、相変わらずの王女だ。

そして王女のまま、フレデリックとも時間を重ねた。

例えばこうだ。


「フレデリック様! 新しいカフェーができたので連れて行ってくださいませ!」


本当はその日、植物園に行く約束をしていたとしても、ミシェルは行きたいところがあればすぐに伝えた。

侍女たちははらはらするものの、フレデリックの方は慣れたものだ。


「ああ、分かった」


無口ではあるが、不機嫌ではない。

分かりやすい優しさではないが、誠実な気遣いがある。

フレデリックというのは、そういう子どもだった。




もちろん、大人になっても、その本質は変わらない。

見た目が美しく、さらに無表情であるため、初対面では誤解するものも多いだろう。

しかし、彼は人をよく見ている。

それを言葉の端々に感じ、大人ほど彼を評価する傾向にあった。

つまり、彼が成長するほど、彼の周囲の友人たちは、彼に惹かれていくのだ。


「フレデリック様! マシューズ商会で新しい商品が出たのですって、連れて行ってくださいませ!」

「ああ、いいよ」


そしてミシェルは相変わらずだ。

いや、周囲にはそう見えている。

しかし、ミシェルもまた、周囲の友人たちと同じように、どんどんとフレデリックに惹かれていたのだ。

その大好きな相手が、自分の婚約者であるということを、嬉しく思っている。


週に一度の決められた交流日の他にも、予定を聞き出しては自分との時間をねだった。

フレデリックはそのほとんどを受け入れ、公爵家の紋のついた馬車で迎えに来てくれる。

まるで王子様ですね、とは、ひそかにささやかれるカートランド家の決まり文句だ。


実物の王家の王子様は、公爵家としての最低限の付き合いがある程度だ。

第一王子はすでに成人し、婚約者を迎え、政務に励んでおられる。

第二、第三王子は、婚約者こそ決まっていないものの、幼い頃にあった交流は彼らが大人になったあたりで少しずつ減っていった。

だから、身近な理想としてのフレデリックは、まさに理想の王子様なのだった。


「フレッド! どうですか、似合いますか?」

「ああ、いいね。君は赤が似合う。こちらの大ぶりの石の方が良いだろう」

「素敵だけれど、耳飾りにしたら、耳が取れてしまうわ!」

「では、こちらはブローチにしよう。私からの贈り物だ」

「うわぁぁ、ありがとう、フレッド!」


それぞれ十二になる頃には、それとなく相性を見ていた両家も、二人は万事うまくいくだろうという見立てで、本格的に契約を交わしていた。

この頃には、魔力もほぼ安定し、ミシェルもフレデリックも火属性に秀でていることが分かったため、相性というのはその辺も勘案されただろう。


また、エッセル公爵家は、魔道具開発に多額の資金提供をしており、同じく魔力を持つカートランド家ならば、これをフレデリックの事業として引き継げると踏んだのだ。



この頃になると、フレデリックは小さな手帳を持ち歩くようになった。

彼は、ミシェルと婚姻を結ぶが、カートランド公爵になるわけではない。

この国は性別に関係なく爵位を継げるため、ミシェルが女公爵となる。

フレデリックは、ミシェルの補佐をする予定だが、それと同時に、王宮に文官としてあがるつもりのようだった。


もちろん、ミシェルとしてもそれで構わない。

なんなら補佐役も誰か別の人間を雇ったっていい。

彼が己の居場所を政界と定めたのなら、それを応援するつもりだ。


そう、そこで、手帳だ。

どうやら文官として尊敬している人が、常に手帳を持ち歩き、あらゆることを学びとしてノートしているらしい。

その手帳は、フレデリックの真面目さの表れでもあった。


同時に、ミシェルにとっては、二人だけの秘密でもある。

どうやらフレデリックは、そんな几帳面な一面を人に見られるのを恥ずかしいと考えているようだ。

ミシェル以外の前では、決して取り出さない。

逆にいえば、それこそが、ミシェルに気を許している証のように思えて、手帳を見るたびにくすぐったい気分になった。




少し大人に近づいた二人は、お互いに名を呼び合い、エスコート以外で手をつなぐこともあった。

すっかり背も伸び、少年から脱皮しようとしているフレデリックは、少し背の小さいミシェルにとってはもう大人のようだ。

頬の丸みがなくなり、手の軟らかさが消え、逞しくなりかけた肩すら見上げる位置にある。

その過程を、ミシェルはつぶさに見てきた。


すでに、ミシェルの中で、親愛は恋情に変わっている。

そして、十五歳で二人は、学園に入学した。


「おかしくなあい? 制服の丈はこれで良いの? 長すぎやしないかしら?」

「お嬢様はもう、すねを出すお歳ではないということですよ。けれどまだ、足首は見せてもかまいません。

 そうですね、卒業するころには、それもいけなくなりますが」

「分かったわ、私は、おねえさんの年になったということね!」


ミシェルには兄弟はいない。

友人の令嬢達にはいろいろな組み合わせの兄弟がいたが、ひときわ、姉という存在に憧れた。

年上の女性、しかも年の近い女性というのは、それだけで尊敬の対象だ。

自分よりも淑やかで、自分よりも少し、色んな事が出来る。

茶会などで付き合いのあった彼女たちが学園に入り、制服でいるところを見かけたりすると、憧れの目で眺めてしまったものだ。

その「おねえさん」に、自分がなっている。

信じられないけれど、誇らしかった。


「フレデリック様がお迎えにいらしていますよ!」

「はぁい!」


兄弟がいないということで、フレデリックはカートランド家に婿入りするわけだ。

それが決定しているため、使用人たちはすでに、彼のことを名前で呼ぶ許可が出ていた。


「フレッド! わあ、制服姿も素敵ね! 似合うわ!」

「君は少し、大人になったように見えるね」

「うふ、ふふふ、そう? ふふふ、嬉しいわ!」


望んだ言葉を貰えて、笑みが止まらない。

彼が人をよく見ているというのは、こういうところだ。

ミシェルが欲しい言葉を、彼は的確にくれる。

理解されているのだと、嬉しくなる。


「さあ、行きましょう!」


そうして、ミシェルは、メイドが忠告した、フレデリックが恋に落ちるという学園に入学するのだった。






新連載、全十話。

よろしくお願いします。

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> ハワード男爵の隠し子 と記載があるのに、その少し前でローラが伯爵令嬢となっているのは何故でしょう。 男爵が陞爵するのでしょうか?
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