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転生病を患った王子ですが、帰りたい  作者: 内向ひとり
第一章 王女奪還編
8/42

禍祈廊(2/2)

 足を踏み出せば空に落ちていく。


 そんな異様な感覚を刻まれる、上下反転した都市に身を下ろす。


 都市全域には赤黒い液体が薄く張り巡らされ、建物を伝って“空”へと流れ落ちている。

 その流れはまるで、世界そのものが血を逆流させているかのようだった。




 そして、その都市を破壊しながら跋扈(ばっこ)する影があった。



 体表に黒い結晶を無数に突き立てた半透明の巨躯が、細長い手足をしならせながら、地表すれすれを漂う。

 身体の内側には幾つもの巨大な頭蓋が浮かび、その頭蓋の表面には人の顔が張り付いていた。

 動くたびに、頭蓋(それ)はゆらめきながら内側を蠢く。



 笑い、叫び、泣き、沈黙……張り付いた顔面に幾重にも表情が重なり、光の加減でその顔が入れ替わる。

 一瞬前に笑っていた口が、次の瞬間には悲鳴を上げている。

 音も時間も、そこでは噛み合っていなかった。



 獣が進むたび、草は老い、岩はひび割れ、水は赤く濁る。

 崩れゆく建物が、鈍い轟音を響かせながら崩れ落ちていく。


 崩れた時の中で、万物は死に急いでいた。




 その轟音の隙間を縫うように、水を蹴る音が混じった。

 黙獣の後方を、赤黒い水を蹴立て、三つの影の集団が駆け上がっていく。



 それぞれの集団は、甲高く響く振動音に合わせて動きを揃え、手に持った石片を黙獣へと交互に投げつけた。



 怒りを覚えたように、巨躯がうねる。

 半透明の身体が尖り、無数の槍のように伸びて集団を貫いた。

 触れた瞬間、彼らは時を早められ、崩壊し、霧のように消える。



 だが、すぐにまた新たな集団が現れ、同じように石を投げ始めた。

 まるで、終わらない儀式のように――。





「ーーそれでは作戦を伝えます」

 セオは二層目に到着するや否や、息を整える間もなく口を開いた。



「今回、我々が相対するのは上位五群に分類される黙獣――“ネブリオス”です。

 巨大な……具体的には、成人男性十から二十人を縦に並べたほどの長さをもつ、半透明の黙獣です」



 この世界の成人男性がどれくらいの体格か分からないが、百七十センチくらいだとして……。


 十人で十七メートル、二十人なら三十四メートル。

 デカ過ぎんだろ……。本当に倒せるのか……?



 俺が頭の中で必死に換算している間にも、セオの説明は続く。



「祝福は“群時歪曲(ぐんじわいきょく)”――自身の周囲の時間を加速させる能力です」



「体内には巨大な頭蓋がいくつも浮かんでおり、それぞれが独立した意識を持って動いています。

 その意識が順番に力を行使するので、奴の周囲では常に時間が狂い、風化が進行し続けています」




「……近づいたらどうなるの?」



「肉体が崩れます。

 まず皮膚が乾き、ひび割れて……一瞬で老いきります。

 そして劣化が内側へ達すると、筋は硬直して縮み、支えを失った骨が砕ける。

 最後には、形を保つことすらできなくなります」



 どうしてこうも、やる気を削ぐほど丁寧に説明するのだろう。

 彼の真面目さが、いま確実に裏目に出ている。




「ただし、効果範囲は限られています。距離を保てば干渉されません」



「……なるほど、効果範囲外から遠距離攻撃を仕掛けるわけだ」

 俺は閃き、正解を導く。




「普通であればそれが正攻法です。しかし、今回は物量で押すことはできないのでーーこれを使います」


 そう言うとセオは空印筐(くういんきょう)を砕き、小さな鐘を取り出す。




「今回の黙獣は、身体こそ一つですが、意識が複数に分かれています。

 ですので、一定の間隔で攻撃を入れると、身体を動かそうとする意識が競合して混乱するんです」



「その間隔を知らせるための鐘です」

 セオは鐘を掲げ、籠手で軽く弾く。――澄み切った金属音が、空気を震わせるように広がった。




「混乱したその隙に本命の……セオの攻撃を当てる、ってわけだ」

 またもや俺は正解を導く。

 たった一つの真実を見抜く。見た目は王子――。




「半分正解です」


「攻撃を重ねすぎると、この黙獣は怒り狂い、暴走に転じます。

 その際、周囲の時を巻き込み――あたり一帯の時間を加速させる。それは、まさに災厄そのものです。


 ですが、その直後から黙獣の意識がかなり散漫になりますので……そこが狙い目で、あとは殿下の言った通りです」


 まあまあ正解から遠かったな……。




「そして、今回“一定間隔で攻撃を入れる”役目を、殿下に担っていただこうと思います」


 !?


「先の戦いで拝見しました、殿下の祝福“夢縛むばく”。

 その力で、三方向からの挑発をお願いします」



「祝福行使の代償ですが――力の制御が難しくなる、という認識でよろしいですね?

 バルグロスの背骨を折るほどの力は、常人には出せませんので」



 口を挟む間もなくセオは続ける。



「殿下は遠距離から力を行使いただければ十分です。危険はありませんし、身体への負担も最小限かと」



 “夢縛むばく”を使い続けた代償なんて把握していない。

 けれど、この役割は確かに安全そうに聞こえる――。




「……もし途中で、俺がその代償に耐えきれなくなった、そのときは、どうするんだ?」

 二つ目の祝福のことを話して良いものか判断できず、先延ばしにした結果が口から出る。




「陽動係をリゼルファ隊士と交代いただくか、私の攻撃を強行するしかありませんね……かなり危険を伴いますが」




ーー



 四層の“汚染”は、これまでとは比べものにならなかった。

 空気そのものが鉛のように重く、肺の奥で息がざらつく。

 頭の芯が鈍く痛み、祝福を使うたびに神経が焼けるように軋む。




 俺は眼下の黙獣――“ネブリオス”を見下ろした。

(……某死にゲーみたいだな)



 “夢縛むばく”で生み出した影が一掃され、白い霧となって霧散する。

 多用するのがこんな場所じゃなきゃなぁ、そう思いながら俺は歯を食いしばり新しい影を呼び出し、戦場へと送り込んだ。




 何度かそれを繰り返すうちに、ようやく理解する。

 これが、代償というやつだ。



 徐々に、自分が“誰”で、“なぜここにいるのか”が曖昧になっていく。




 幻覚に投げさせるための石を握りしめ、独り言を呟き、過去を思い出しながら、なんとか役割を繋ぎ止めていた。



「そういえば……セオは階段を何度も飛び降りて、衝撃を溜めてたな……」


「祝福って、本来“恵み”のはずなのに、なんで代償なんてあるんだ?」


「あーリゼルファの役割、俺より楽そう。……あれ、なんで鐘叩いてるんだっけ……?」




 気づけば、俺は――いや、“俺の影”は、動かなくなっていた。



 その瞬間、ネブリオスの体内で浮かぶ無数の頭蓋が、一斉に悲鳴を上げた。

 その声で、俺は我に返る。



 マズい! そう思ったが、どうやらネブリオスの堪忍袋が切れるのと同時だったらしい。




 ネブリオスは半透明の身体をたゆたわせながら、ふわりと宙へ浮かび上がる。

 これまで無秩序に蠢いていた頭蓋が、ぴたりと整列し、眼下の“俺の影”を等しく睨みつけた。




 やがて――吊るされた糸を断ち切られた人形のように、巨体が地表へと落ちる。




 着地の衝撃とともに大地が波打ち、時間の波が地を這い、破滅の連鎖を広げていく。

 水は瞬く間に蒸発し、地表はひび割れ、岩は砂となって風に舞った。

 草は命の色を失い、枯れ落ちるより早く灰に変わる。




 触れたものすべてが老い、砕け、朽ちていく。

 そんな時間の波が都市を舐めるように広がり、ネブリオスを中心に街並みが灰色に沈んでいく。




 その光景を恍惚と見上げるネブリオスの姿が目に入った瞬間――足元が沈んだ。




 建物の半分が、時の加速で“存在ごと”削ぎ落とされていた。

 視界が傾き"空に落下する"そう思った刹那――。




黙誓術(スペル)・≪強靭ストレングス≫!」




 風を裂く音と、リゼルファの叫び声。

 次いで、細い腕が俺の身体を強く抱きかかえる感触があった。




 一瞬の間を置いて、俺の身体は崩れゆく建物から離れた屋根の上に叩きつけられる。

 眼前で、先ほどまでいた建物が潰れ、砂のように散っていく。




「……少々、効果範囲を見誤っていたな。セオ隊士は無事だろうか――」




 俺は尻に残る鈍い痛みをさすりながら起き上がり、リゼルファに問いかけた。



「前から気になってたけど、その“スペル”って……何?」


「……この件が片付いたら教えてやる。今は黙獣から目を離すな」


 ピシャリと言い返され、俺は慌ててネブリオスへ視線を戻す。



 舞い上がる砂塵の向こうは、まさに終末の光景だった。

 その中心で、ネブリオスはすべての頭蓋で口を裂けんばかりに開き、――心底楽しげに、笑っていた。




 すると、その砂塵に紛れてゆっくりと近づく影があった。


 セオだーー鎧をつけていないのが気になるが、ネブリオスに気取られることもなく、たどり着いた。



 そして、剣先を鋭く振り切り……光の衝撃波が砂塵を押しのけ、続けてネブリオスの全ての頭蓋を横方向に両断するのだった。




 ネブリオスは悲鳴を上げる暇もなく、巨躯をゆっくりと沈め――動きを止めた。




「……決着がついたな。往くぞ」



 リゼルファは安堵のため息を吐き、砂塵の中へと消えて行った。

 遅れて俺も、その揺らめく砂塵へ身を滑り込ませた。




ーー




 砂塵を押し分けて中央へ向かうと、セオがこちらを待ち構えていた。



「お二人とも無事で良かったです」

 しかし、その右腕だけが老人のように肩から垂れ下がっている。



 俺の視線に気づいたセオが説明する。



「あぁ……私は少し巻き込まれてしまいました。反衝(はんしょう)の制約で身動きが鈍り……この有様です」



 俺は何と声をかけて良いか分からず、立ち尽くしてしまった。



「ざっと六十年ほどだな……この程度であれば問題なく回復できる」



 そう言ってリゼルファが手をかざす。薄翠色の光がセオを包み、みるみるうちに腕は若さを取り戻していく。




 まさかとは思うが、リゼルファの祝福の代償って……。



「……気にするな。黙精霊(もくせいれい)は長命種だ。これまで使った分を含めても、百年弱だ」



 焦る俺の内心を読むように、リゼルファは淡々とそう告げた。


 だが、本当に問題がないのかは……正直、全然わからない。




 黙ってその様子を眺めていると、程なくしてセオの腕は完治する。



「ふぅ……。リゼルファ隊士ありがとうございます。

 時間をかけてしまいましたが、最終層ーー犯人がいる場所まで向かいましょう」




 リゼルファへの感謝を手短に済ませると、セオは右手を握り開きを繰り返しながら、次の"穴"がある方向へ顔を向ける。



 ほんとに切り替えが早いな、と感心しつつ俺は懸念点を口に出す。




「ーー犯人が別人のフリをしていたり、リサナ王女を犯人に見せていたりする可能性がある。

 ……俺が特定するまで二人は不用意に動かないでくれ」



 リゼルファとセオは軽く頷き肯定を示す。



 そして三人で歩を進める。

 崩れた四層の都市を抜け、灰が薄く積もった瓦礫の道を辿ると――。



 次の層へ繋がる“穴”に到着した。




「……王子殿下。初動はお願いしますーー行きます!」



 セオが身を投げるように穴へ飛び込み、それに俺も続く。


 瞬間、全身を引き延ばされるような感覚と四層での"汚染"。

 それに加えて、激しい吐き気と眩暈に襲われた。



 眼の奥を指でかき回され、胃が急激に縮こまる。

 呼吸のリズムすら千切られる。


 五層の"汚染"が途轍もなく激しいことを痛感する。




 やがて、重力の向きが静かに元へ戻り、世界がゆっくり解けていく。

 五層に降り立ったのだと、身体が理解した。



 震える眼球を押さえつつ周囲を伺う。




 そこには、一筋の光に照らされた祭壇が、静寂の中心に佇んでいた。


 暗闇に浮かぶその白い石台は、まるで深淵に落ちた月光のようで、神を彷彿とさせる存在感を放っていた。



「リサナ王女殿下ッーー!」

 セオが小さな叫び声をあげる。



 俺は目を凝らしその視線の先を捉える。




 ーー祭壇の上。

 そこに誰かが腰掛けている姿が目に入る。



「お前はーーッ!?」



 思わず声が漏れる。

 そこにいたのは、俺がこの世界初日に目にした“あの人物”だった。




 片側に向かって渦を巻くように跳ね上がった奇妙な髪型――。

 あの異様な特徴は、今も鮮明に覚えている。



 俺の監禁を言い渡した役人が、薄い笑みを浮かべて座っていた。





 ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます!

 読んでくださる方には頭が上がりません_(:3 」∠)_



 X(旧Twitter)やってますので、@alone_inside24 より見にきていただければ嬉しいです……!

 正直誰をフォローすれば良いのか分からず、でして。。

 (100%フォロバします。無言で全然okです)



 そして……★評価・リアクションありがとうございます!

 皆様の反応が、作品にとって何よりの滋養強壮剤です!



 さて、ようやく犯人との対峙までたどり着きました。

 五層の負荷は限界に迫り、王女に残された時間はごくわずか。

 犯人との対峙の先に、王女を救い出せるのか。

 それとも、王命が優先されるのかーー。


 次回、「腐蝕の果てに」。

 更新をお待ちいただければ幸いです!


【2025/12/31】一話改稿との整合

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