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転生病を患った王子ですが、帰りたい  作者: 内向ひとり
第一章 王女奪還編
6/42

王女の行方(2/2)

「――ではいきますね、殿下」


「ああ、頼む」


 確認するように問いかけるセオに、短く返す。

 俺たちは、王女が姿を消した地点と腐った花が落ちていた場所を結ぶ延長線上にある通りで、そのやり取りを交わしていた。



 セオは胸の前で拳を握り、深く息を吸い込む。



「民の方々! 内務庁王命局より、捜査への協力を要請いたします!」



 声が放たれた瞬間、空気が震えた。胸骨の奥にまでビリビリと響く。

 そんな研ぎ澄まされた響きが通りを抜け、静まり返った石畳を揺らしていく。



「只今より、オルセオン王子殿下によるリサナ王女殿下の行方捜査を開始します!

 衣類や所持品に付着した痕跡を確認しますので、その場で静かにお待ちください!

 建物内におられる方は通りへお出ください!

 礼式や賛辞は不要です! 殿下が通過された後はそのままお戻りください!」



 通りは先ほどまで黙獣騒動の余韻で人影もまばらだったが、その声に誘われるようにして人々が建物から姿を現した。


 「礼は不要」と告げられたはずなのに、誰もが自然と背筋を伸ばし、道の脇で深く頭を垂れていた。



 これだけの人々を動かしておいて、何の成果もなかったら――そう思わずにはいられない。

 権力を振るうというのは、どうにも性に合いそうにない。



 雑念を振り払うように、一歩、また一歩と進みながら、人々を環式かんしきで見て回る。



 通りの中ほどまで来た頃、成果が出ない焦りが胸を掠め始める。

 その瞬間、一人の商人の前で足が止まる。



「……見つけたのですね?」


 セオが確認するように声をかけてくる。



 ――“腐蝕に感染した商人”。



 やはり、目論みは的中していた。


 突然足を止めた俺に、商人は驚きを隠せなかったようだ。

 変わらず頭を垂れたままだが、肩が細かく震えている。



 ……悪いことをしたな、と胸の奥で思いながら、足早にその場を離れ、捜査を続けた。


「ああ、仮説どおり“幻覚を見ていた”」



 心の中で拳を握り高く掲げながらも、表情は崩さず、淡々とセオに返す。




 ――刻は、少し遡る。



「実は、俺は幻覚を操る祝福を授かっている」


 突然そんなことを言い出した俺を前に、二人は思わず顔を見合わせた。



「……そうですね。先の戦闘でも、殿下が薄い影のような囮で撹乱して下さいましたね」



 一応、話には乗ってやるか――といった空気が伝わってくる。

 ひとまず、切り出しは成功だ。



 環式(かんしき)ではなく、すでに見せたことのある夢縛(むばく)で話を通せば、祝福を二つ持っていることを隠せる――そう気づいたのだ。



「そして、それにも幻覚がかけられている。おそらく王女殿下そのものに幻覚が施されており、はずみで落ちた花が頭の近くにあったために――頭蓋の一部だと“認識させられた”んだと思う」



 セオの持つ花を指さしながら、俺は言葉に力を込めて続けた。



(どうだ? 納得してくれるか……?)



「言いたいことは分かる。だが、残留物にまで幻覚の効果が及ぶなど、私の知る限り、祝福や誓術では不可能だ」


「繰り返しになるが、王女の花だったとしても、それで追跡ができなければ――」


「追跡はできる!」


 リゼルファの言葉に被せるように、思わず声を張った。


「俺の祝福で、幻覚を見ていたかどうかを判別できる! 現に、二人とも幻覚を見ていた――それが俺には、はっきり分かる!」


「つまり、幻覚をかけられた王女殿下を見た者を"今見ても分かる"ということだな?」


「……多分!」


「……」


 釈然としないリゼルファをよそに、セオが明るく口を開く。



「我々の調査ではこれが限界でしょうし、やるだけやってみましょう! 失敗しても、王子殿下の権限であれば問題ありません!」



「……殿下には、功績を上げていただかねばなりませんし」



 セオがぼそりと呟いた。誰に聞かせるでもない小声だったが、俺の耳にははっきり届いた。


 リゼルファとは以前、似たような話をした記憶があるがセオともそんな話をしただろうか。



 ――まあ、俺がオルセオン王子並になるのを目指すなら、賛同者は多いに越したことはない。

 深く考えず、俺はリサナ王女の行方を追う捜査に意識を戻す。



 そんなこんなしながら、新しい区画に進むたび、セオに人々を呼び出してもらい、軌跡を順調に辿っていく。

 そして、東側の外郭門へとたどり着くのであった。



「これは、オルセオン王子殿下! この度は――」


 俺の姿を認めるなり、門兵は地に膝をついた。



「礼式も賛辞も不要です」



 セオから学んだ“止め方”を実践する。

 門兵たちは深く礼をして姿勢を戻した。煩わしい挨拶が省けるだけでも、気分がずいぶん軽くなる。



 ――"腐蝕に感染した門兵"。



 門が見えた時点で、おおよその察しはついていた。

 やはり、王女はこの門を通って外へ出たらしい。



「黙獣の襲撃があったことは承知していますか? その後、ここから出ていった人物と人数を教えてください」


 俺は門兵に問う。


「はい、もちろんでございます! 少々お待ちください……」



 門兵は慌てて帳簿のようなものをめくり、すぐに顔を上げた。



「二組です。一組目は契導支舎の青評価商人が二名。もう一組は、同じく契導支舎で白従者登録をしに来た六名でした」


 セオが言っていた退避誘導の関係で護衛は最低二人。

 王女を入れると、一組目は人数が合わないのでおそらく違うだろう。

 二組目は……どうだろうか?



「……二組目の退場理由と外見に、不審な点はありませんでしたか?」


「黙獣騒動の影響で新規登録が一時閉鎖となり、旅費がなく宿泊もできないとのことで、帰ると申しておりました」


「私どもは、新規登録が停止されていること、入場時の氏名と外見の一致を確認したうえで通過を許可しております!」


 ……これが犯人だとすれば、ずいぶん用意周到だ。

 一国の王女を拐うなら、それくらいの手間は惜しまないか。



「殿下。証拠品提出の際に確認しましたが、本日リサナ王女殿下の護衛は四名だったそうです。一人が王女殿下、もう一人が実行犯だとすれば――人数が合います」



 リゼルファが小声ながら、聞かれても差し支えない調子で報告してくる。



「ご苦労をかけました。では、我々はこれで――」

 そう言い置いて通り抜けようとした、そのとき――。



「オルセオン王子殿下! お手数をおかけして誠に恐縮ですが、確認のためお持ち物の検分をお願い申し上げます!」


 鋭い声に足を止める。


 ……やはり止められたか。


 前出入りした時もやたらしつこい検査があったのだった。

 リゼルファにつけられた認識阻害マントのせいで出入り時に二回も(こじ)れたことを思い出す。



「火急の用件があります。手短にお願いしますね」



 できる限り穏やかに言いながらも、声に圧を込める。

 このままだと徹夜五日目突入しちゃうからね。



 圧を受けた門兵は青ざめながらも、手際よく検査を終わらせていく。

 もとより動きは精錬されており、圧をかけたところで変わりはなかったようだ。



 検査が終わるのを待つあいだ、セオが受付にいる門兵と何か話しているのが聞こえる。



「こちらが空印筐(くういんきょう)一式になります。使用済みですので、登録装備と交換をお願いします」



 そう言って、ポーチを差し出しながら換装を済ませた。



「それと、二組目の人たちはどこから来たと言っていましたか?」


禍祈廊(かきろう)にほど近いカロムの村だそうです。……黙獣流出の影響で、村だけじゃ自給が成り立たないとか。それで登録に来たとのことです」



 情報が増えるほど、自信が削られていく。本当に犯人はここを通ったのだろうか。

 そんな不安を抱えたまま検査を受けていると、次々に入場してくる人々の姿が目についた。



「人が多いですね……」


 俺は幅を持たせた言い方で様子をうかがう。


「ええ、本日夕刻からは白誓院(はくせいいん)主導の慰霊がありますので。……司教の来訪が急遽決まらなければ、王女殿下もご対応には出られなかったでしょう」



 政治って難しそうだなぁ――と、薄っぺらい感想を抱きながら、入場してくる者たちを環式(かんしき)で確認する。



 ……やはり感染している。二組目が犯人かどうかは分からないが、少なくとも“外”にいるのは確かだ。



 全員の検査が終わって外に出る頃には、空はすっかり夕焼けに染まっていた。


「殿下の祝福での判定は人依存ですから、完全に人がいなくなる前に見つけ出しましょう!」



 セオの言葉に頷き、街道を逆流するように東へと進む。



 日が完全に落ち、街道灯だけが頼りになった頃――周囲から人の気配は消えていた。

 進むべき方向を見失い、自然と足は立ち止まる。



「……参りましたね。人から痕跡を辿れない以上、これ以上の追跡は不可能です」


 セオが肩を落として項垂れる。


「ここからは賭けですが、門兵の話にあった禍祈廊(かきろう)付近の村まで行ってみますか? これだけ用意周到だった犯人ですから、何かしらの痕跡が残っているかもしれません」


「……そうする他ないな」


 セオとリゼルファが頷き合ったのを見て、慌てて俺は制する。


「ちょっと待って! 補給も何もなしにこれ以上進むのは無理だ。せめて――リゼルファ、祝福で回復してくれ」


 黙獣との戦いで傷を癒してもらって以来、かなりの時間が経っている。

 その間、食事も水分も取っていない。


「では走りながら回復する」


 相変わらずの畜生さに、心の中で涙をこぼす。




 ――絶妙に疲れる、そこそこの時間を走った。

 王女は絶対こんな距離、移動できないだろ。

 こんなことなら馬車なり、何かしらの移動手段を整えてもらうべきだった……。



 そう思っていると、眼下にかなりの規模の集落が見えてきた。



「あそこだな……しかし、見張りの姿も灯も見えない。柵もかなり壊れている。何かあったのだろうか」



 夜目の利くらしいリゼルファが、険しい表情で呟く。



 実際に到着してみると、その言葉どおり異様な光景が広がっていた。

 荒らされた痕跡はあるのに、人の気配がまるでない。

 慎重に歩みを進め、村の中心までたどり着いた瞬間、信じがたい光景が目に飛び込んできた。



 老若男女を問わず、村人全員が――絞首刑のように吊り下げられていた。

 死体は腐り、足元には四肢や胴体、臓器をぶちまけている。

 それなのに、虫の湧く気配もなく、"綺麗に腐り落ちた"ままの人々がぶら下がっていた。



 俺は堪らず両手を地につき、胃液を吐き戻す。



「殿下!? どうされたのですか……!」



 突然嘔吐した俺に、セオが慌てて駆け寄る。

 リゼルファも目を見開いていた。



「何って、お前……! この惨状が――」



 そこまで言いかけて、気づく。

 これは皆には見えない、犯人が仕込んだものだ。


 口元を拭い、視線を合わせずに言葉を搾り出す。



「……村の人、全員が吊り下げられてる。腐って、死んでる――“全員”だ」



 二人の息を呑む音が聞こえる。


 短い沈黙のあと、リゼルファが口を開く。


「……証拠丸ごと消し去った、ということだな」


「正直、殿下の祝福については半信半疑だったが、この状況からすると間違いないようだ」


「そうなると、私の語った推測も誤りで、空印筐くういんきょうの持ち込みは容易だったということか」



 どこまでも冷静なその態度に、苛立ちを覚える。



「……ッ、今は犯人の手口が分かっただけでも前進としましょう」



 セオは拳を握りしめ、血が滲むほど力を込めていた。奥歯を噛み締め、怒りを飲み下すようにして言葉を続ける。



「ここで手掛かりは途絶えましたが……この村は、以前私が黙獣制圧作戦に参加していた時、補給拠点として頻繁に利用していました。

 もしかすると、駐屯地の者たちが何か異変に気づいているかもしれません。向かってみませんか」



 補給していたということは、この村に顔見知りがいたということだ。

 セオの怒りが、ただの義憤ではなく喪失から来るものだと、その時ようやく理解した。



「……せめて、この人たちを降ろしてからでもいいか?」



 自分でも分かっている。いまそれを言うのは、間の悪い問いだ。

 けれど、この惨状を見て見ぬふりをするほど、俺の心は鈍くない。


 しばし沈黙のあと、セオが静かに口を開いた。


「お気持ちは痛いほど分かります。ですが、これほどのことをしでかす犯人です。王女殿下の身を思えば、一刻の猶予もありません」


 その声には、迷いを押し殺した覚悟が滲んでいた。


 そして、セオは吊るされた村人たちへと向き直る。



「……ノエルドの家名において、この者たちを必ず弔い、真実を暴き出すと"誓います"」



 その言葉は、静まり返った夜気を震わせるように響いた。

 この世界における"誓い"の重さは何となく分かっているつもりだ。

 俺はただ、拳を握りしめて頷くしかなかった。




 セオを筆頭に、森を駆け抜ける。

 村から駐屯地まではさほど距離はないが、踏み固められていない獣道を選んで近道しているようだ。



「殿下! ここからは禍祈廊(かきろう)がかなり近くなります! 流出した黙獣に注意を!」



 セオの声に、自然と背筋が伸びる。


 その直後、リゼルファが鋭く叫んだ。


「待て! 血の匂いがする……相当な量だぞ。禍祈廊の方角からだ!」



 セオは反応するより早く、空印筐(くういんきょう)を砕き、そこからロングソードを引き抜いた。

 次の瞬間には、風を裂く勢いで駆け出している。



 俺は息を荒げながら、その背中を必死に追う。

 そして、木々が途切れ、視界が一気に開けた。



 開けた先にあったのは、まるで地獄の再現だった。

 血の色が乾ききらぬ大地に、兵士たちの亡骸が折り重なっている。

 互いに切り結んだ形跡がそこかしこにあり、誰が敵で誰が味方だったのか、もはや判別できなかった。



「……第一遊撃隊が、全滅……?」



 セオの声が、掠れて地に落ちる。次の瞬間、彼は膝をつき、握った拳が泥を噛んだ。


 リゼルファが周囲に視線を巡らせ、眉をひそめる。


「……見たことのない黙獣の死骸がある。こいつらにやられたのか?」



 セオが一歩踏み出し、近くの兵士を抱き起こした。



「まだ……温かい……ッ! 俺が、もう少し早く来ていれば……!」


 嗚咽が混じる。拳が震え、血に濡れた鎧を掴む音だけが響いた。



 俺は静かに環式を展開し、視界に浮かぶ真実を確かめる。



 ――"腐蝕に感染した近衛兵"。




 喉の奥が焼けるように痛んだ。やはり、そういうことか。



「……二人とも、落ち着いて聞いてほしい」



 声が自分のものとは思えないほど低く響く。



「そこに倒れている黙獣は……王女の護衛たちだ。犯人は彼らに幻覚を見せて、互いを黙獣だと思い込ませたんだ」



 地を揺らすような衝撃音が走る。

 セオが拳で地面を叩きつけたのだ。土が跳ね、血が散る。



「貴様……ッ、どこまで人を弄べば気が済む!」



 セオの咆哮が森を震わせた。

 その怒りの声は、夜気を裂いて――目と鼻の先に口を開く、禍祈廊へと吸い込まれていく。


 血の臭いと土の湿り気を残したまま、森は再び静寂に沈んだ。

 その静けさの向こうに、確かに気配がある。

 この惨状を仕組んだ奴は、間違いなくあの廊の中にいる。



 ――“腐蝕”は、ただの病ではない。

 それは肉体を蝕む前に、まず心を壊す。

 見たいものだけを見せ、信じたい嘘を真実に変える。

 そして、人は知らぬ間に、それを正義だと思い込む。


 だが、この国がそのことに気づく頃には、もう――取り返しがつかなくなっているかもしれない。



 ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます!

 PV数を励みに、日々頑張って書いております_φ(^q^ )


 強欲にも★評価をいただけたら、さらに頑張れそうです……!

 どうか素直な評価をよろしくお願いいたします!٩( ᐛ )و


 次回はいよいよ禍祈廊かきろうへ突入します。

 犯人の目的、事件の真実、そして対決――。

 果たして王女を無事に奪還できるのか!?


 次回の更新をお待ちください!


【2025/12/31】可読性向上のため、改行挿入

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