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転生病を患った王子ですが、帰りたい  作者: 内向ひとり
第三章 南方戦争編
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守りたい場所


 俺たちを乗せた飛行船が、エリソン王都の外縁へ降りていく。


 海はない。けれど眼下に広がる光景は、オーレシアの港湾(こうわん)地区と似た種類の騒がしさを持っていた。

 高い城壁の外側には街道が幾筋も集まり、倉庫群が砦のように並ぶ。雑踏が踏み鳴らす音も、風が運ぶ積荷の香りも、全部が入り乱れては整えられ、また別の方角へ流されていく。

 交易国というのは、たぶんこういうのを指すのだろう。



 そんな国の中央の通りを、俺、セオ、エリック師、そして大量の物資を乗せた荷車が突き進む。

 スライムの黙獣は俺の胸ポケットに。エウラリア令嬢は留守番。リゼルファは行方知れず、だ。



 補給物資の引き渡し地点にたどり着くと、あたりの喧騒はいっそう濃くなり、そこにははっきりと戦時の気配が混じっていた。

 荷下ろしも積荷の確認も、大勢の手がかけられ驚くほど早い。運び手たちの動きからは、無駄という無駄がすでに削ぎ落とされている。


 そうして幾つもの集団が、次々と荷の山を切り分けていく。その光景は、まるで巨大なひとつの生き物が、意思を持って脈動しているかのようだった。



 俺たちが運び込んだ物資も、その集団の手によって瞬く間に仕分けられていった。


 あとは各補給地点へ向けた配送の号令を、俺が下すだけ。

 そうなったところで、この国の高官たちが俺たちを取り囲んだ。



 どうやらエリソン王夫妻のもとへ通すためだったらしい。



 祖父母にあたる人たち――そう頭では分かっていても、相手はこの世界の王族だ。どうせ油断ならず、口を滑らせれば身内だろうと容赦しない。


 そう身構えていたのに、いざ対面してみれば、そんな構えは拍子抜けするほどあっさり崩れた。


 エリソン国王は開口一番、戦況でも外交でもなく「長旅で身体を冷やしていないか」と聞き、王妃は俺の返事より先に「痩せたでしょう、頬が少し削げているもの」と嘆いた。


 優しい、というより甘い。

 しかもその甘さに、打算がまるで混じっていない。混じり気のない愛情が、ただ真っ直ぐこちらへ向いていた。


 母の幼い頃の話をされるたび、何も知らない俺は曖昧に笑うしかなかった。

 危うい瞬間は何度もあった。それでも二人は問い詰めるようなことはしなかった。ただ俺の顔を確かめるように見つめ、それ以上は踏み込まず、近況を汲むように穏やかに話題を繋ぎ直してくれる。



 体感では、二度か三度は確実に詰んでいたと思う。

 しかし、不思議と居心地は悪くなかった。



 むしろ、良すぎた。

 いっそこのままオーレシアへ帰らず、エリソンで匿われていたいと、本気で思ったくらいだ。



 こうした穏やかな時間の中でも、余裕の削れた感触が混じっていた。

 俺の手を握る王妃の手は冷たく、爪の縁は割れ、乾いたささくれがあった。国王の目の下には隈があり、時折強く目を閉じては渇きを追い払うようにしている。



 どうかこれ以上、優しい人たちを追い詰めないでほしい。

 そう願うほどに、侵攻してきたポロステニア王国を許せなくなる。



 現実へと思考が戻ったところで、視界の端でエリック師が、視線を送るのを捉える。その気配を察知した、エリソン国の側近が王夫妻へと進言する。


「――恐れながら、国王陛下。オルセオン殿下には補給監督の任が残っておいでです」


「そうか……オルセオンだけでも休ませてあげたいが」


 それは俺個人としては嬉しい。だが――。


「いえ、私は任務に戻ります。これ以上、ポロステニアのせいでご負担を、そして、苦しむ人を増やしたくありません」


 俺の言葉に、王妃は目を潤ませ、国王は詰まりながらも口を開いた。


「ああ、あぁ。ありがとう、オルセオン。やはりお前は今も昔も何も変わっていなかった。誰かを思いやられる……優しい人間だ。それでこそ王族であり――私たち自慢の孫だ」


 その言葉に、その場の側近たち数人は顔を伏せ、目元を指先や布で静かに拭った。


 そして別れ際、王夫妻から柔らかな抱擁を受け、耳元で囁かれる。


「この先、困ったことがあったらいつでもここに来なさい。いつでも助けになると誓おう」


「ええ、遠慮せずにいらっしゃい。あなたが誰であれ、何かに変わったとしても、この場所だけは変わらないと誓うわ。国外の方がしがらみも少ないでしょうしね」


「――それって」


「さあ、行って。あなたの助けを多くの人が待っている」


 優しく、それでいて名残惜しそうに、俺の背を王夫妻が押す。

 これ以上、言葉を重ねるのは野暮だろう。


「――はい、行ってきます」


 静かにそう応え、その場を後にした。

 向かう先は南方戦線。


 帰ってもいい場所を知った。壊させないために、俺は進む。




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