守りたい場所
俺たちを乗せた飛行船が、エリソン王都の外縁へ降りていく。
海はない。けれど眼下に広がる光景は、オーレシアの港湾地区と似た種類の騒がしさを持っていた。
高い城壁の外側には街道が幾筋も集まり、倉庫群が砦のように並ぶ。雑踏が踏み鳴らす音も、風が運ぶ積荷の香りも、全部が入り乱れては整えられ、また別の方角へ流されていく。
交易国というのは、たぶんこういうのを指すのだろう。
そんな国の中央の通りを、俺、セオ、エリック師、そして大量の物資を乗せた荷車が突き進む。
スライムの黙獣は俺の胸ポケットに。エウラリア令嬢は留守番。リゼルファは行方知れず、だ。
補給物資の引き渡し地点にたどり着くと、あたりの喧騒はいっそう濃くなり、そこにははっきりと戦時の気配が混じっていた。
荷下ろしも積荷の確認も、大勢の手がかけられ驚くほど早い。運び手たちの動きからは、無駄という無駄がすでに削ぎ落とされている。
そうして幾つもの集団が、次々と荷の山を切り分けていく。その光景は、まるで巨大なひとつの生き物が、意思を持って脈動しているかのようだった。
俺たちが運び込んだ物資も、その集団の手によって瞬く間に仕分けられていった。
あとは各補給地点へ向けた配送の号令を、俺が下すだけ。
そうなったところで、この国の高官たちが俺たちを取り囲んだ。
どうやらエリソン王夫妻のもとへ通すためだったらしい。
祖父母にあたる人たち――そう頭では分かっていても、相手はこの世界の王族だ。どうせ油断ならず、口を滑らせれば身内だろうと容赦しない。
そう身構えていたのに、いざ対面してみれば、そんな構えは拍子抜けするほどあっさり崩れた。
エリソン国王は開口一番、戦況でも外交でもなく「長旅で身体を冷やしていないか」と聞き、王妃は俺の返事より先に「痩せたでしょう、頬が少し削げているもの」と嘆いた。
優しい、というより甘い。
しかもその甘さに、打算がまるで混じっていない。混じり気のない愛情が、ただ真っ直ぐこちらへ向いていた。
母の幼い頃の話をされるたび、何も知らない俺は曖昧に笑うしかなかった。
危うい瞬間は何度もあった。それでも二人は問い詰めるようなことはしなかった。ただ俺の顔を確かめるように見つめ、それ以上は踏み込まず、近況を汲むように穏やかに話題を繋ぎ直してくれる。
体感では、二度か三度は確実に詰んでいたと思う。
しかし、不思議と居心地は悪くなかった。
むしろ、良すぎた。
いっそこのままオーレシアへ帰らず、エリソンで匿われていたいと、本気で思ったくらいだ。
こうした穏やかな時間の中でも、余裕の削れた感触が混じっていた。
俺の手を握る王妃の手は冷たく、爪の縁は割れ、乾いたささくれがあった。国王の目の下には隈があり、時折強く目を閉じては渇きを追い払うようにしている。
どうかこれ以上、優しい人たちを追い詰めないでほしい。
そう願うほどに、侵攻してきたポロステニア王国を許せなくなる。
現実へと思考が戻ったところで、視界の端でエリック師が、視線を送るのを捉える。その気配を察知した、エリソン国の側近が王夫妻へと進言する。
「――恐れながら、国王陛下。オルセオン殿下には補給監督の任が残っておいでです」
「そうか……オルセオンだけでも休ませてあげたいが」
それは俺個人としては嬉しい。だが――。
「いえ、私は任務に戻ります。これ以上、ポロステニアのせいでご負担を、そして、苦しむ人を増やしたくありません」
俺の言葉に、王妃は目を潤ませ、国王は詰まりながらも口を開いた。
「ああ、あぁ。ありがとう、オルセオン。やはりお前は今も昔も何も変わっていなかった。誰かを思いやられる……優しい人間だ。それでこそ王族であり――私たち自慢の孫だ」
その言葉に、その場の側近たち数人は顔を伏せ、目元を指先や布で静かに拭った。
そして別れ際、王夫妻から柔らかな抱擁を受け、耳元で囁かれる。
「この先、困ったことがあったらいつでもここに来なさい。いつでも助けになると誓おう」
「ええ、遠慮せずにいらっしゃい。あなたが誰であれ、何かに変わったとしても、この場所だけは変わらないと誓うわ。国外の方がしがらみも少ないでしょうしね」
「――それって」
「さあ、行って。あなたの助けを多くの人が待っている」
優しく、それでいて名残惜しそうに、俺の背を王夫妻が押す。
これ以上、言葉を重ねるのは野暮だろう。
「――はい、行ってきます」
静かにそう応え、その場を後にした。
向かう先は南方戦線。
帰ってもいい場所を知った。壊させないために、俺は進む。




