開戦
「オルセオン王子殿下、急報です! 南方国境にて、エリソン王国とポロステニア王国が交戦状態に入りました!」
朝、訓練所へ向かう途中で、文官から突然そんな報せを受けた。
ポロステニア王国といえば、自国・オーレシアから見てエリソンを挟んだ南の隣国だ。
海を持つこちらと、港を持たぬエリソン。その間を流れる富と人を、昔から狙い続けてきた国でもある――と、リゼルファから聞いたことがあった。
『回廊国家たるエリソンが落ちれば、オーレシアへ繋がる陸路の首根っこを握られる』
……とかそんな感じだったような。
あともう一個何かあった気がするが、それは忘れてしまった。
城下の空気が張り詰めていたのは、やはりこれが理由だったのかと腑に落ちた。
国境の向こうで人が死ぬ。その事実は重い。だが、まだ自分の足元までは届いておらず現実味が薄い。
特に慌てることなく報告に来た文官を下がらせ、そのまま訓練所に足を運んだ。
だが。
「貴方……まさか自分の名前も忘れてしまったの?」
訓練所に駆けつけたエウラリア令嬢と会話が噛み合わず、半ば叱られる形で疑問を投げられる。
その言葉で、エリソン王国との因果を思い出す。
俺の名前には「エリソン=レクス」が入っている。これが意味するのは、エリソン王国の王女と我が国王陛下の間にできた子供ということ。
つまり、この身体の母親の故郷が燃えている。
それなのに、さっきまで他人事みたいに受け流していた自分の鈍さに、遅れて気づく。
「……エウラリア令嬢の言いたいことは理解した。だが返す言葉に変わりはない」
急いで辻褄を合わせる。
「一国の王子が準備なしに紛争地に向かうことはない。……それに自ら動くまでもなく、王命は直ぐに下る。だからそれまでは、ここで鍛錬する」
我ながら、よくそれらしい返しをしたものだと思う。
やたら戦地に向かわせたがっていたエウラリア令嬢も、納得したのかひとまず口を閉じた。
……最近、エウラリア令嬢は暴走気味なんだよな。リゼルファがついてくれてるはずなのにどこいったんだ? 俺たちの買い出しにも、理由を告げずに途中から来なくなったし。
「オル坊、今ならすぐにでも戦地に行っていいぞ。それなりに戦えることをオレが保証する」
「いや、だから行きませんよ……」
「私も今行かれては困ります。圧倒するための手段をまだ講じられていないので」
俺とセオは揃って反対した。
けれど、それはただの個人の主張でしかない。出鱈目を言ったはずなのに、その日のうちに王命は本当に下ってしまった。
オーレシアはエリソン王国への友軍派兵を決定。
俺たちには、南方戦線における補給監督および慰撫使節としての派遣が命じられた。
表向きは、友好国への支援と王族による士気鼓舞。
実情は、各庁で押しつけ合っていた仕事の受け皿になっただけ。
「第一王子に、こんな危ない仕事を回すのっておかしくない?」
自らの不遇に思わず、セオへ小声で零す。
「それが……“以前のオルセオン王子殿下”なら、この程度は軽く片づけてしまっていたのですよ。加えて今の殿下は、以前より現場に近いと評判まで上がってしまっていて……」
なんともまあ便利な王子様だ。
書類仕事が億劫だなんて言っていられない。内勤に逃げ込む算段まで、真面目に考えた方がいいのかもしれない。
【2026/03/14】・王命を修正




