先送りの課題
「――それで、エウラリアご令嬢はどうして私のところに?」
「あら。第一王子殿下のお名前でお声が掛かりましたが……ご自身がご存じないとは、それは少々惨めですね」
妙な挑発に反論したくなったが、セオが殺気立ってしまい気もそぞろになる。
「すまないな、エウラ嬢。オルぼ……オルセオン王子殿下は諸事情で記憶喪失になってしまったんだ。外交にも影響する故、内密にそして寛容であってほしい」
咄嗟にエリック師がフォローに回る。
聞かされた内容にエウラリア令嬢は、相当に驚いた顔を見せる。
「ストラトクトノス卿、内部の事情を話してはなりません……」
セオが溜息を吐きながら師匠を小声で諭す。
「……なるほど。そのような事情があったのですね。
頼る相手もなく御国に置かれていますので、口を開く相手はおらず、情報漏洩の心配は不要です」
……事実だけ並べると自国が悪いことをしている感が凄い。強気のままでいてもらった方が良さそうだ。
「先の質問には私から回答します。教史庁よりエウラリアご令嬢の、身の回りを整えるための予算が本隊につけられました」
リゼルファからの回答に謁見の記憶が蘇る。
「アレか……そういうこと……」
王女の救出後に国王から下賜された、全庁の費用横断。それを使って面倒ごとを押し付けられた、ということだ。
いつか何かあるとは思っていたが、こうして形になるのか。
「ところで、その黙獣を見せていただけませんか? 特殊個体は見る機会が少なく――」
許可するよりも早く、エウラリア令嬢は近づいて、俺の胸に手を添えつつ頭上へと手を伸ばす。
距離が近く、淡く清潔感のある香りを吸わされる。印象は良くないが、見てくれの良い顔の上目遣いに思わず息が詰まった。
「オル坊!」
その声に我に返り、素早く一歩後退する。
彼女の手袋がスライムに当たり、蒸発音を立てて溶けた。
「あ、危なかった! この黙獣は今のところ、私以外には触れられません」
彼女は唖然として溶けた穴を見る。
だが、その驚きは長く続かなかった。視線がスライムと俺の間を一度だけ往復し、確信めいた気配を宿す。
そして何かを思い返した後、口を開く。
「少し……異国の地で気が高揚してしまったようですね。礼を欠き、申し訳ございません。
その黙獣の確認も済んだので満足しました。
私は部屋に戻りますが、何かあればお呼びつけください」
「お部屋にご案内します。――殿下、私はご令嬢に付きますので」
「あ、あぁ頼む」
リゼルファとエウラリア令嬢の背を見送る。
結局何しに来たんだ? 目的は挨拶だけだったのか。
でも、リゼルファの彼女を見る目が厳しい気がした。
「……"失礼"な令孫でしたね」
二人の背が見えなくなってからセオがぽつりと呟いた。
「ま、そう言ってやるな。単身で乗り込んだ異国の地に、年齢が近そうな奴らがいて気が緩んだんだろうよ。オレからすれば貴族、王族との会話は仕来りが多くて、あれくらい分かりやすい方がいい」
「貴方も貴族ですよ」
「はは、坊ちゃんたちの師匠でいるのも大変だ。師匠らしくオル坊の課題を一つ追加してやろう」
……言われなくても分かるし、言って欲しくない。
「女性への慣れが必要だな」




