人質のような何か
「オル坊。その黙獣の処分は委ねるそうだ。――今はどこもごたついてて、関わりたくないんだと」
「……そうですか」
ドルバン王子の後始末で、各庁が多忙を極めているのは分かっていた。
脅威度が低いなら、そりゃあ誰もがほっとくよな。
誰からも相手にしてもらえないスライムと、スライムが手に張り付いて今なお放置されている俺。
似た境遇に、妙な一体感を感じる。
「悪いな、オレは政は弱くてな。誰も動かせなかった」
「いえ、今の時期なら誰が報告しても同じ結果かなと」
「そうだよな。オレが報告に行く意味あったのか、セオ坊?」
「もちろんあります。今、殿下の側に誰がいるのかを知らしめる必要があるので」
「……やっぱりオレは剣一筋だわ。ところでオル坊、剣は握れるのか?」
エリック師から木剣を渡される。
スライムごと剣を握ろうとして……柄が溶けた。
「実戦は無理そうだな。しばらくは、オル坊が思ってる課題を潰す方策を考えるとしよう」
こうして力加減を学ぶ特訓が始まった。
殺さず無力化したい、と腹を割って相談すると「傷負わせた方が長期的に戦力削げるしな」なんて思わぬ解釈をされたりした。
そこからは石を投げるとか、片手でできることを反復練習したり、徹底的に型を叩き込まれるなどした。
気づいた時にはもう夕暮れで、続きはまた明日となった。
……そして、このスライム全然取れる気配がない。
風呂に入るついでに水責めしてみたけど効果ないし、引っ張ってみてもただ伸びるだけ。
挙げ句、今は俺の首に巻きついている。
流石にヤバい。コイツの気が変わったら一瞬で死ぬ。
でも取れないし、下手に刺激しないようにしよう――不安を抱えながら寝た。
◆◇◆
翌日。
なんとスライムは俺の身体から離れていた。
俺の後をついてまわり、手を差し伸べると乗ってくる。
剥がすのも容易にできるようになった。
ここまで来ると、ただのペットのようにも感じる。
黙獣……ってのが一番の不安要素だ。
「そうか、今のオル坊は知らないのか。黙獣ってのはたまに大人しい特殊個体が現れるんだ。そいつを黙性汚染に突っ込んどけば、勝手に増えて家畜になるし、貴族なんかは誇示のために飼ってたりもする」
なるほど。だからあんまり慌ててなかったのか。先に言って欲しい……。
「ん? 家畜って、増やしてどうするんですか?」
「そりゃあ食うのが主流だが……。意外と旨いんだぜ。他にも、皮とか毛とか素材になるし立派な産業だ」
今まで見た黙獣を思い出す。アレを食ったり毟ったりするのか……。
てか、あんまり分かってなかったけど黙性汚染で黙獣増えるんだ。
「ま、敬虔な信徒は目の敵にしてるがな。平民には関係ねえ」
白誓院が浄化に勤しむ理由が分かった気がした。
「――平民に関係ない、とは言い切れませんよ」
聞き慣れない声に振り向くと訓練場の入口に、しばらく姿を見せなかったリゼルファの隣――白と黒を纏った女性が立っていた。
薄青の髪に白いヴェール、髪留めには金細工。聖職者めいた出で立ちなのに、装飾は妙に仰々しく、清廉さより見せびらかしの気配が強い。
黒い衣の上に白布を重ねた格好も、禁欲的なのか扇情的なのか分からない。
だが何より目を引くのは、口元に浮かぶ笑みだった。涼しげな顔立ちに似合わない、値踏みするような悪戯っぽい笑み。
白誓院の信徒だと言われれば頷けるし、同時に、絶対にまともじゃないと、何故か感じた。
「その黙獣、どこで拾いました?」
その視線は俺ではなく、俺の頭の上で揺れるスライムに注がれていた。
「え、はあ……ここの訓練所ですが」
「城壁内に黙獣がいるなんて嘆かわしいですね。まさか食卓に上がるのでしょうか?」
突然現れたかと思うと、馬鹿にしてきて何なんだこの女性は。
「人質の身ですので、少しばかり有益な情報提供をば。
黙獣ばかり食べていると祝福や祈りは薄まりますよ? 平民の方があまり祝福されない理由ですね」
人質? 何のことだ?
「エウラリアご令嬢、お戯れは――」
リゼルファに声をかけられ、その女性は目を伏し、神秘的な雰囲気を帯びる。
彼女は唇の前で指先を合わせ、小さな輪を結んだ。
その輪を崩さぬまま、手を外へ逃がし、肘をやわらかく使って一度だけ円を切る。
指先の軌跡が、空中に澄んだ環を描いた。
それから胸の中央へ手を下ろし、そっと輪をほどく。
誓環をなぞるような、静かでよく整った礼だった。
「申し遅れました。私、エウラリア・カリストス・ソフィア。
白誓院"教皇の孫"です。
度重なる騒擾により御国を煩わせた責の証として、歉意をこの身で示します。
まあ先ほど述べた通り、ただの人質ですね」
それは、自らを人質と称した者のものとは思えぬほど、涼やかで落ち着いた挨拶だった。
「これからよろしくお願いいたしますね? オルセオン第一王子殿下」




