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番外編② 私の名は

 ドルバン王子視点になります。


 私に残された時間は今から五日。

 それまでに身支度を済ませて、平民共に混ざらなければならない。


「――ふざけるなッ! 何故、私だけがこんな目に!」


 怒りに任せて叩いた机が跳ね上がり、筆が転がり落ちる。

 床から筆の跳ねる音だけが虚しく響き、部屋は静寂へと戻る。



 私が何をした。私が、何を背負わされた。



 私はいつだってこの国の為に、敵対する者全ての弱みを握り、奪ってきたのだ。


 国は綺麗事で回らない。敵は礼節では止まらない。

 私のやり方は、国にとって都合がよかったはずだ。


 ゆえに私は、才の不足を補う術としてその在り方を選び取った。

 求められる役割を果たしていただけだ。



 『価値を示せぬ者に席はない』



 父上――国王陛下の指針は、どこにいても聞こえてきた。


 だから私は、その言葉に従った。


 弱みを握るたび、価値の存在を感じられた。

 同時に――陛下の視界に入り得る唯一のやり方だとも。



 ただ、……ただ認めてもらいたかった。声をかけてもらいたかった。

 尽くしていれば、いつか声をかけてもらえるのだと。



 最初は社交で道を作ろうとした。笑い、褒め、頭を下げ、贈り物の作法を覚えた。

 その間にも、才ある弟たちは正道を歩み、王女は象徴として揺るがぬ場所を築いていく。



 そこで悟る。

 私には、立つ場所……居場所そのものが与えられることはない。

 表に立てないのならば、裏に立てと。そう求められているのだと。



 利用できるか。利益があるか。危険か。捨てるか。

 頼れば借りになる。借りになれば、首が締まる。



 幼少より、近寄る大人からは常にこのような雰囲気が漂っていた。

 だから、嗅覚だけは才があった。

 そう信じていた。……信じたかった。



 悪事に手を染めれば染めるほど、間違いなく国王陛下からの視線を感じ取れた。

 咎められない代わりに、私の周りを監視する者が静かに増えていった。



 王位継承序列は最初から数に入っていなかった。

 でも、いつの間にか、末席に名前が載っていた。

 謁見は一度も許されたことがない――それでも、それが陛下の返事だと、私は勝手に解釈して舞い上がった。



 だが、あの日。

 オルセオンが転生病を患ったと聞いたあの日。


 隙だらけのアイツを葬り、暗躍する者たち全てに恩を売る、最初で最後の機会だと。

 そう決断(・・)して動いたのに、結果は城下での黙獣騒動ときた。


 かなりの人数を動かしたのに、出てくるのは私の名ばかり。初めから整えられていたかのように、妙に軽かった。


「いや、待て。おかしくないか……」



 …………。


 ……そうか、そうだったのか。

 今、この瞬間に気づいた。私は嵌められたのだ。



 王位継承序列。あれは褒美じゃない、罠だ。

 “王家の名を持つ落ちこぼれが裏を回している”。

 そう噂が立てば、寄ってくる。


 金に群がる虫も、他国の手も、白誓院の影も。

 私の周りに、悪意だけが集まっていく。


 集まったところで――盤面ごと掃く。

 私はそのための受け皿で、最後に割られる器だった。



「私は、自分で自分の受け皿を磨いていたのか……。あまりにも間抜けではないか……」



 処分されても、まだ、どこかで陛下を信じていた。

 こんな結末……最初からそう決めてなければ、こんな仕打ちなどできはしない。



 もう、何も考えたくない。



 椅子の背に体重を預けて天井を仰ぎ見ると、急に胸が苦しくなった。


 いつの間にか、怒りが形を変えていた。

 悲しみになり、恥になり、絶望になり、最後に恐怖になる。



「私は……私の居場所は……」


 唇から漏れた声が、自分のものとは思えないほど湿っていた。


 焦燥に駆られるまま机の引き出しを開ける。封蝋の切れた手紙、贈り物の控え、名簿。

 どれも、私が必死に作ってきた居場所の材料だ。


 反射的に、懐へ仕舞おうとした。――その動きが、遅れて自分を刺して指を止める。


「こんなもの――どうやって使えばいいのだ」


 胸がきゅっと縮む。


 私は束を握り潰し、部屋へ撒き散らすように払い除けた。


 これらの誓約書は私が王族であるからこそ効力がある。

 親族との接触も禁じられた、後ろ盾のない私が使えば、ただ断頭台に登る切符にしかならない。



 残る棚を開き、乱暴に中身を引き出す。しかし、見つかったのは地味な寝巻きだけ。

 私は初めて――自分が何も持っていないことを、手触りで理解した。



 私は――何のために生きてきたのだろうか。


 全ては家名の上に築かれた産物だ。

 名を抜かれた私は、果たして同じ()と言えるのだろうか。



「いったいどう生きれば正しく在れたのか……」



 やり直す資格はもう失っているのに、答えのない問いを抱える。


 始まりで、終わりだ。



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