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盤面に残る勝敗


 あの戦いから一週間経った。


 目覚めた時には後始末に入っていて、聞こえてくるのは終わった話ばかりだ。



 俺の腹に開いた穴も埋められていて、リゼルファの寿命七年使って、ほぼ元通りに。


 それでも、急激に戻した反動なのか熱は下がらず、冷や汗は止まらない日が続いた。立ち上がろうとすると、筋肉が引き攣って息が詰まる。

 今日になるまで俺は何もできなかったから、蚊帳の外なのは当たり前だった。



 その分、余計に止められなかった。

 今回、俺が死にかけた件で、セオがリゼルファに一方的に噛みついた。



『殿下の命が最優先なのは覚えておいでですか!? 港火災の時のように誰か付けるのならまだしも、完全に目の届かない危険な場所に置くなら、私は賛同しませんでした!』


 目の前で始まったのに、俺は声を出すだけで精一杯だった。止める言葉も、仲裁する力もない。

 それ以降、二人が揃うのを見ていない。


 ……仲良くしてほしい。切実に。



 コンコンコン。



 不意に部屋をノックする音が響いた。



「……入室を許可する」



「失礼する。体調はどうだ?」


「なんだ、リゼルファか。お陰様でってとこかな。筋肉が引き攣る感じがまだある」


「そうか。英雄たるオルセオン王子殿下へ、今日もお見舞いの品が届いたぞ」


 そう言いながら部屋へ入ってくるリゼルファの後ろを、花やら果実やらを抱えた使用人が続く。


 既に部屋には大量の見舞い品が持ち込まれており、俺のいるベッド周りは花畑と化していた。

 使用人たちは見舞い品を丁寧にその山へ加えると、礼をして退室していく。



「それは?」


 ふとリゼルファの手に、薄く粗末な紙片が抱えられているのが目に入る。


「殿下が気を揉んでいた件だ」


 手渡された紙を眺める。どうやら新聞のようだ。


『城下の黙獣襲撃、ネレドリア新王国の工作と判明。ドルバン王子側近ダリオ(故)の内通が発覚、オルセオン王子が関与を立証。ドルバン王子は王命により家名および身分を剥奪――』



 付き人と白誓院の関連については書かれてはいない。事情を知っていると、世論の矛先を新王国に向ける狙いが見えてくる。

 こちらには新王国兵の捕虜がいる。海の向こうの国なら、それくらいの恨みは負えるだろう。

 それよりも――。


「……ドルバン王子が殺されなくてよかった」


「殺されそうになったのにか?」


 うっかり口から出た呟きを、リゼルファが思わず反応してしまったかのように拾い上げた。


「え、あーいや。命の危機を感じたのは、黙徒絡みだけでドルバン王子は関係ないし。……俺の選択で命を断つ結果になるのは、まだ心がついていけそうにない」



 ただ、付き人と港火災で三十人、死なせてしまった。

 全員を救うなど烏滸(おこ)がましいが、それでも助けたかった。助ける手があったはずだと思ってしまう。



 俺は今一度、行動には命の選択を伴うことを理解しなければならない。



「一般的な感覚ならそうなるのか。そうだな」



 リゼルファは俺からの応えを、自分の価値観と擦り合わせるように打ち返す。

 セオとの感覚のずれがあったばかりだし、彼女なりに考えているのかもしれない。



「そういえばセオは? 黙徒の件はセオに聞けってだったけど、急に見舞いに来なくなったし」


「彼は人員配置に異議申し立ての最中だ」


「えっ、それって……」


「心配するな。考えているようなことにはならない。元々の配置はオルセオン王子殿下が決めたことだ」


 リゼルファが部隊から外されるのかと思ったけど大丈夫なのかな……?


「さて、私はそろそろ失礼する。今回の盤面を振り返って学ぶといい」


 そう言ってリゼルファが席から立ち上がると、空気が動いて花畑から香りが立つ。その匂いに儚げな寂しい感覚が浮き上がって、思わず引き止める。


「あっリゼルファ……その、いつも祝福ありがとう。まだまだ分からないことばかりで、これからも頼らせてほしい。だから――」


「私の命を吸い尽くしたい、と」


「いや、ちがっ、そんなつもりじゃ」


「わかっている、冗談だ。では」


 わずかに口角が上がったかと思えば、感情を共有することもなく扉の向こうへと消える。



 一人部屋に残された俺は、先ほどの会話を反省する。

 確かにこのままでは、彼女の言う命を吸い尽くすだけの存在になってしまう。



 そうして、もう何度目かの戦いの振り返りをする。

 が、何度やっても一言でまとめられてしまう。


 結局は全部、王とオルセオン王子の掌の上だった、と。



 王は最初から動いていた。

 港を出た時点で王命の尾行が付いて、状況は逐次、王に上がっていた。応援要請を受けた瞬間に軍が出せたのは、編成が「その前提」で組まれていたからだ。闘技場へ踏み込んだそのタイミングに合わせて、白誓院も「黙性汚染」と「黙徒来襲」を理由に介入する。黙徒を退かせ、事件を公にする。


 そこまでは善行で片付いた。実際、興行は中止になり、労働者は保護された。

 だが、その関与の証拠があるからこそ、王は次の札を切った。


 白誓院の実動部隊は今、「内政干渉」の札で縛られている。

 さらに、ドルバン王子の側近が白誓院の出であること、王女拉致の件まで束ねて糾弾。それは“人質”がいるから、要求は通りやすい。

 おまけに闘技場にいた他国貴族まで「保護」名目で確保して、我が国は被害を受けた側でもあると脅迫……もとい、アピールしている。


 高官は「手札を切る見極めが秀逸だ」と熱く語ったが、俺はろくでもないと思った。切り取った真実を刃にすることすら厭わない。あの王は、そういう男だ。



 そして……オルセオン王子。


 闘技場も港と同じく私有地で、本来なら公権は踏み込めないはずだった。

 なのに踏み込めた。理由は、リゼルファと最初に話していた『公権介入規程の改定』だ。あれを転生病の発病前にやってのけていたのだ。

 『明らかな黙性汚染が認められる場合に限る』という一文。たったそれだけで、あの日の介入を“正当化”してしまった。


 つまるところ、王がドルバン王子を監視し、切り捨てる日を決めていたのなら。

 俺なんて、居ても居なくてもよかった。

 同じ盤面にいるつもりで、駒ですらなかった。



 自信だけが削れていく。



 それでも、残ったものが一つだけある。

 王の勝利でも武勲でもない。盤面に落ちた、たった一つの異物――黙徒の日本語だけだ。




 だから、これだけは、この世界の常識じゃ掴めない。俺だから確かめられる。



 仮説としては、黙王もしくは黙徒が、日本人の転生者ではないかということ。

 機嫌を損ねる覚悟でリゼルファに聞いてみたけど、黙王が転生者なんて話は誓環経典に載ってない、と返ってきた。



 黙王が生まれたのが千年前だから、今の日本語を喋るには時間軸は合わない。

 転生病が百年単位での発生と伝えられているのは、あくまでも人間側(・・・)の記録。

 なら、黙徒が転生病を発症している可能性の方が高い。



 あの黙徒、何か事情があって黙王陣営にいるのかもしれない。殺し慣れた手つきに見えたのも気味が悪い。

 今後の目標に、あの黙徒に会って話を聞くことを追加した。

 大規模な黙性汚染に向かえば、会える確率は上がるだろう。



 だいぶ頭が整理できて、色々と課題が見えてきた。

 まずはしっかり休んで、それからだ。



 あの日、親の顔を思い出してから、情けなくも帰りたい気持ちが強く湧いている。

 盤面の外へ転げ落ちるみたいに、布団を被ってベッドに潜り込んだ。


 誰にも見られないように。



 あと番外編を二つ書いて、二章は終わりになります。

 番外編では白誓院と黙徒の戦い、ドルバン王子の胸中を書く予定です。


 今回の章で書いた、王のオルセオンへの戦果の持たせ方や、リゼルファの思惑など、どこまで展開を読めたでしょうか?

 楽しめていただけてたら嬉しいです!


 さて、次章からは人も世界も広がっていきます。

 より深く物語を書いていく予定なので、引き続き読んで頂ければ幸いですm(_ _)m

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