黙徒(2/3)
付き人が死んだ。
闘技場の底へ叩きつけられた命は、音となって消えた。
港の火災、人権無視の興行、そして城下の黙獣騒動。
間違いなくそれらの黒幕だった男が、裁かれる間もなく潰えた。
裁かれた後の生死は考えたくなかった。――目を逸らしていた結末が、今ここで形になった。
自分の手で死を呼び込んだ感触に血の気が引く。
だが、黙徒はそんな俺の逡巡を待たない。
羊毛めいた髪がふわりと逆立ち、槍が肩の高さまで持ち上がる。
ハッと我に返り、飛行船の翼から飛び降りる。
背面から一瞬だけ強烈な青白い光が刺す。
次の瞬間、衝撃が背を叩き、俺は前のめりに跳ね飛ばされた。空気が焼け、耳の奥が鳴る。
振り返ると、飛行船は炎に包まれ、帆布が爆ぜる音を夜空に散らしていた。
(クソッ、考えるのは後だ! 今は――)
闘技場屋上を全力で駆ける。それでも背の火勢は追いすがり、火の粉が風に巻かれて頬を掠める。
頭上の黒雲を睨み、半ば衝動のまま息を吐いて詠唱する。
「天上の御名よ。
誓環の理をここに継ぐ。
我が頭上を渦巻き、風の流転を請う。
空を掃いて、黒きを散らせ。
御手の形を借り、乱流の律をなぞり、
いまこの場へ、一度きりの新たな律を加える。
吹き晴らせ、《ヴェルダス》!」
詠唱が終わった途端、頭上の黒雲が裂け、裂け目から乱れた風が深く潜り込んだ。
雲は激しく渦を巻いてほどけ、引き剥がされてはちぎれていく。
雲の中にいた雷は、糸くずを伸ばすように夜空の奥へ広がっていった。
(良かった!! 上手くいった!)
だが安堵は一瞬でも続けられない。
闘技場の円を挟んだ向こう側——炎に照らされた黙徒の様子を走りながら伺う。
口元がかすかに動くのが見て取れた、かと思った次の瞬間、黙徒が吹っ飛んできた。
「はぁっ!?」
闘技場の上を距離などお構いなしに、こちらに向かって一直線に跳躍する。
空気が裂け、槍の先端が迫る。俺は咄嗟に膝を折って石床を滑り、襲い来る影の下を抜ける。
槍が空を切って床へ突き刺さった。石が砕け、白い粉が散る。
その反動を軸に、黙徒は槍を支点に一回転する。
そして宙で引き抜いた槍を、その勢いごと落としてくる。
肩を狙う斬り下ろし。俺は剣の腹に腕を添え、受けた。
火花が飛び散り、金切音がこだまする。
腕の骨が軋み、《環式》による全力の押し返しも一瞬で押し潰される。拮抗など望めない。
黙徒は着地と同時に槍を引き、今度は薙ぐように振り放つ。
反射で構えた剣に槍先がぶつかり――電撃が骨の髄に流し込まれる。
指が言うことを聞かない。視界が一段と白くなる。
衝撃に、剣が手から離れた。
それを見て、無表情だった黙徒の口角が、ほんの僅かに上がる。
そうして何も守るものがなくなった俺の身体を、槍が貫いた。




