表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/47

黙徒(2/3)


 付き人が死んだ。

 闘技場の底へ叩きつけられた命は、音となって消えた。


 港の火災、人権無視の興行、そして城下の黙獣騒動。

 間違いなくそれらの黒幕だった男が、裁かれる間もなく(つい)えた。



 裁かれた後の生死は考えたくなかった。――目を逸らしていた結末が、今ここで形になった。



 自分の手で死を呼び込んだ感触に血の気が引く。



 だが、黙徒はそんな俺の逡巡を待たない。

 羊毛めいた髪がふわりと逆立ち、槍が肩の高さまで持ち上がる。



 ハッと我に返り、飛行船の翼から飛び降りる。



 背面から一瞬だけ強烈な青白い光が刺す。

 次の瞬間、衝撃が背を叩き、俺は前のめりに跳ね飛ばされた。空気が焼け、耳の奥が鳴る。


 振り返ると、飛行船は炎に包まれ、帆布が爆ぜる音を夜空に散らしていた。



(クソッ、考えるのは後だ! 今は――)


 闘技場屋上を全力で駆ける。それでも背の火勢は追いすがり、火の粉が風に巻かれて頬を掠める。

 頭上の黒雲を睨み、半ば衝動のまま息を吐いて詠唱する。


「天上の御名(みな)よ。

 誓環(せいかん)の理をここに継ぐ。


 我が頭上を渦巻き、風の流転(るてん)を請う。

 空を掃いて、黒きを散らせ。


 御手の形を借り、乱流の律をなぞり、

 いまこの場へ、一度きりの新たな律を加える。

 吹き晴らせ、《ヴェルダス》!」



 詠唱が終わった途端、頭上の黒雲が裂け、裂け目から乱れた風が深く潜り込んだ。

 雲は激しく渦を巻いてほどけ、引き剥がされてはちぎれていく。

 雲の中にいた雷は、糸くずを伸ばすように夜空の奥へ広がっていった。



(良かった!! 上手くいった!)



 だが安堵は一瞬でも続けられない。

 闘技場の円を挟んだ向こう側——炎に照らされた黙徒の様子を走りながら伺う。


 口元がかすかに動くのが見て取れた、かと思った次の瞬間、黙徒が吹っ飛んできた。



「はぁっ!?」



 闘技場の上を距離などお構いなしに、こちらに向かって一直線に跳躍する。

 空気が裂け、槍の先端が迫る。俺は咄嗟に膝を折って石床を滑り、襲い来る影の下を抜ける。


 槍が空を切って床へ突き刺さった。石が砕け、白い粉が散る。


 その反動を軸に、黙徒は槍を支点に一回転する。


 そして宙で引き抜いた槍を、その勢いごと落としてくる。

 肩を狙う斬り下ろし。俺は剣の腹に腕を添え、受けた。



 火花が飛び散り、金切音がこだまする。

 腕の骨が軋み、《環式(かんしき)》による全力の押し返しも一瞬で押し潰される。拮抗など望めない。



 黙徒は着地と同時に槍を引き、今度は()ぐように振り放つ。

 反射で構えた剣に槍先がぶつかり――電撃が骨の髄に流し込まれる。

 指が言うことを聞かない。視界が一段と白くなる。



 衝撃に、剣が手から離れた。

 それを見て、無表情だった黙徒の口角が、ほんの僅かに上がる。



 そうして何も守るものがなくなった俺の身体を、槍が貫いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ