黙徒(1/3)
雷鳴と共に現れた羊の女性は、静電気で跳ね上がった前髪を必死に手櫛で梳かす。
目的があって現れたのかと思ったが、我々など眼中にないようで身だしなみを整えている。
「も……黙徒!? 何でこんな所に」
突然の出来事に付き人から声が漏れたが、雷雲の低い唸りにかき消される。
「クッ、逃げる手段が……」
付き人は黙徒へと身体を向けつつ、たった今俺が使えなくした飛行船をチラリと見る。
なんか……ゴメン。
二人だけで脅威に立ち向かわざるを得ない状況を作ったことに、少しばかり罪悪感を覚える。
過去を悔やんでもしょうがない。現実へと目を向ける。
《環式》本来の使い方で黙徒を注視し、情報を拾う。
『空気電離による臭気』『帯電による前髪の跳ね』
『祝福《破絶》――絶縁の敷居を破壊する』
何だ? 理解してるから情報が浮かんできたはずなのに、若干分からない。
と、とにかく、逃げることだけに集中する。対策は逃げながらだ。
動こうと腰を浮かしたその矢先、付き人が声を発した。
「天上の御名よ。
誓環の理をここに継ぐ」
その声に黙徒はようやく、こちらへと振り返る。
だが襲ってくる様子もなく、ただじっと見つめている。
「我が周りを円に取り、土の被覆を請う。
土を拾いて、殻を成せ。
御手の形を借り、粒結の律をなぞり、
いまこの場へ、一度きりの新たな律を加える。
囲い塞げ、《グランダス》!」
発動した誓術は、付き人を中心とした土の半球を作り上げる。
(あ、アイツ! 自分だけシェルターに隠れやがった!)
今動けば標的にされる、そんな本能の訴えに、浮かせた腰が自然と落ちる。
黙徒は見飽きたのか、構え直した槍で、空からそのシェルターに向かって線を一本描く。
その瞬間、破砕音と雷鳴が轟く。
再び眩光が訪れ、今度は土の粒子が視界を埋める。
先ほど黙徒が描いた線をなぞって雷を通したのだと理解できた。
「ウ……ゥ……」
付き人は土砂に半身を下敷きにされながらも生きていた。
朦朧としながらも、匍匐で身を引き摺る。
そんな彼の前に、黙徒は見下ろす形で立ち塞がった。
槍の刃を下向きにして。
「や、やめろ!!」
振り絞った俺の制止など黙徒には届かず、槍は付き人の背中を貫く。
「ぐああああああああああ」
絶叫に、黙徒はうるさいと言わんばかりに顔をしかめ――そして、槍を闘技場の内側へと付き人ごと振る。
「なっ――――!?」
時間が止まったかのように感じた。
付き人の助けを求める顔と片手がこちらに向く。
思わず伸ばした俺の手は無意味で、無力で。
付き人は帳簿を抱えたまま闘技場内側へと落ちる。
彼を守るはずの帳簿は紙片にばらけて散り――遅れて、闘技場内側から濡れた土嚢を叩きつけたような、グシャッと湿った音が返ってきた。




