戦場ではない戦い(3/3)
「なんだアリャ……腸詰めみてぇな玉だな」
宙に浮かぶ人皮の黙獣を眺めて、乾いた笑いが漏れる。
「なんか弱そうだな。作戦通り、手斧投げるぞ」
あの黙獣であれば作戦を変えた方がいいのだが――今口を挟めば私が浮く。成り行きを見守ることにした。
手斧が放たれ、一直線に黙獣へと走る。
もう少しで直撃。
そんな距離に到達したところで空気が弾けたような、甲高い音が鳴り響く。
そしてその音に合わせて、手斧は投げた時の倍の速度で跳ね返る。
「うおっ!」
男が慌てて制御を試みる。
地に落とすのが精一杯だが、何度も跳ね、こちらに刃を向け――。
痩せた男の足元に深く刺さり、止まった。
「な、な……何するんですか!? 危ないじゃないですか!」
観客から笑いが上がる。
「わ、悪い。これ……遠距離じゃ倒せなくないか?」
そう。この黙獣が厄介なのは、生半可な攻撃は届く前に弾かれること。
ヤツの祝福《振膜》を上回る速度で攻撃する、もしくは使わせない状況を作る必要がある。
我々の微かな焦りを感じ取ったのか、黙獣はゆったりとこちらに流れ始める。近づくにつれ、空気を断続的に押し返す低音が聞こえ、黙獣真下から砂煙が上がるのが見える。
「とりあえず壁作れ、壁! さっきの斧みたいに吹き飛ばされたら絶対死ぬだろ!」
中心人物の号令で、祝福と誓術により即席の土壁が作られる。
壁と呼ぶには余りにも薄く低く、黙獣の身体半分を遮る程度のものだった。
黙獣を迂回させることには成功しているが、疲弊を生むばかりだ。
……本来の黙獣であれば、迷わず壁を壊してくるところだが、この異質な環境が奴の警戒心を煽っているのだろう。
「ああ……! やっぱり僕たちは今日死んじゃうんだ!」
「ヒョロガリ、足止めるな! 距離取れ、距離!」
痩せた男は、真似て発動した誓術の脱力で土壁にもたれかかっていた。
黙獣は今し方できた壁の上から覗き込み――痩せた男を見定める。
「うわああああっ!! た、助け――!」
悲鳴の途中で言葉が途切れ、痩せた男は土の中に消える。
土の吹き飛ぶ鈍い衝突音に続いて、遅れて客席から悲鳴と笑いと口笛が跳ねる。
黙獣はさらに壁を破壊しながら、その身を乗り出してくる。
「クソッ! ヒョロガリは――」
土の中に埋まっていた。
顔が半分だけ出ており、挫創により表皮が剥がれ痛々しく血が流れる。恐怖に顔が崩れているが、半分だけ出ている口を手で押さえ、声を噛み殺していた。
黙獣の真下にいる彼が標的にされれば、間違いなく死ぬ。
「うおおおおおおおおお」
中心人物が駆け寄ろうと走り出す。
その声量に驚いた黙獣は空気を弾き、中心人物を軽く押し返す。
乾いた軽い音と共に男の皮が裂けて、鮮血と威勢が散る。
ここが限界だ。
後のことは黙獣を倒してから考え――。
「お前ら土壁作って、黙獣の周りを固めろ! お前は鎖探して持ってこい!」
突如、中心人物が血を垂らしながら指示を飛ばす。
「早く!!」
その血相に押され、私たちは動く。真意を掴めぬまま、指示通りに。
土壁が聳え立ち、黙獣を囲み始める。まだ開いている隙間に向かって黙獣は揺れ動き、痩せた男の真上から僅かにずれる。
「ヒョロガリ! この後、すれ違いざまに崩せ!」
その言葉で理解する。
新たな祝福《封層》を纏いつつ、足元の剣を拾い、黙獣の前に駆ける。
「私が足止めする! 確実に決めろ!」
刹那、前面から叩きつけるような空圧が来た。
鼓膜がひしゃげ、視界が白む。
《封層》で纏った層が立ち所に割られ、挫創が皮膚に広がる。
「ぐッ……!」
血が派手に落ち、観客が沸く。歓声が跳ねる。
「鎖持って来たぞ!」
「ヒョロガリ、見せ場だ! 気張れよ!
アイツを持ち上げるように土壁作れ!!」
その言葉を合図に、痩せた男ごと土壁がせり上がり――黙獣の身体を、痩せた男が大粒の涙を流しながら恐々と叩く。
強制的に重心を変えられた黙獣は体勢を崩し、壁に激突する。
黙獣は震えを乱し、弾むように地を跳ねた。
「今だ! 鎖で縛り上げろ!」
金属操作によって巻かれた鎖を中心人物が握り、押さえる。
黙獣は気を取り直して鎖を弾き飛ばそうと、膜を震わせる。
「捕まえたのはいいけど、この後どう倒すんだよ!?」
「うるせー知らねー!」
なんとかなった……。
歓声は増え続け、こちらの負傷も致命的ではない。
このまま観客が飽きるまで、拮抗し切ってみせる。
……そうするはずだった。
唐突に、空気が変わる。
笑い声が薄くなる。
禍祈廊の中層のような、あの重苦しく吐き気を催す不快感が闘技場全体に広がった。
次回はいよいよリゼルファ視点になります。
彼女は心のうちで何を考えているのでしょうね?
更新をお待ちください!




