戦場ではない戦い(1/3)
鉄格子を抜けて、黙獣と同じ舞台に上がる。
足裏に伝わる乾いた土の感触に、黒く固まった何かが混ざる。血か、何かの臓物か。使い潰した命を積み上げてきたことを、五感が教えてくる。
不意に視覚が客席の動きを捉えた。
拍手や投げ込まれる酒瓶。人の少なさ故に目につく。
空いた席の分だけ声や笑い声が響き、輪郭をぼやかして落ちてくる。
酒の匂いも、拍手も、やけに大きく感じ取れた。
「ここに来た時は人身売買でもされるかと思ったが、その上を行く結果になろうとは……」
誓術を使える片方がぽつりと呟く。
その横で痩せた男は、明らかに脚を震わせる。
視線が黙獣へ、客席へ、そして空へと泳ぐ。
「ヒョロガリ、堂々としてろ。見栄えがよけりゃ買ってくれ――ってオイ!」
中心人物の投げかけた軽口を無視して、痩せた男は舞台の中央へと全力で駆ける。
そして、そのまま全力で頭を地面に擦り付け、大声を撒き散らす。
「どうか! お慈悲を! 私以外の者はどうなっても良いので、私だけはお助けください!」
一瞬の静寂が訪れた後、会場にドッと笑いが湧く。
「あのヤロウ……」
最低ではあるが、興行としては何よりも正しい。
『ハハハッ! 主催者の口上よりも先に発言するとは、中々に勇気があるではないか! あらためて、挑戦者諸君。最初は――“小手調べ”だ。
黙獣は弱らせておいた。その勇気を持って打ち倒したまえ! 逃げるだけなら、総入れ替えもやぶさかではない』
私は黙獣の敵意を感じ取り、落ちていた剣を二本拾い上げ、中央へと疾る。
錆が握った手の内側で主張する。鈍刀では、祝福を隠したままだと少し厳しいかも知れない。
痩せた男の側に覆い被さるように立ち、手にした二本の剣を背負うように密着させ、盾にする。
その刹那、鞭で叩かれた衝撃を背と後頭部で受ける。
剣で守らなかった箇所の肉が服ごと削げ、耳の後ろの皮が剥がれる。
熱い。視界が明滅する。
……だが、上手く捌けたようだ。
狙った通り、血だけは派手に噴き上がる。
「グッ……!」
大袈裟に片膝をつく。
重なるように剣を手放し、金属音を響かせる。
「ぼ、僕は何も悪くない! コイツが勝手に――」
主張を無視しつつ、痩せた男の身体を持ち上げてその場を離れる。
その軌跡を追うように、地面が炸裂した。乾いた破裂音に合わせて、土と小石が跳ねる。
『上手く逃げたもんだな! 仕留め損なってガッカリだ!』
脱落するのに賭けていた者がいたのだろう。
扱き下ろす野次が少なくない。
雑音を払うために、走りながら深く息を吸い込み――そして発する。
「この地を踏む我、天上の御名に誓う。
土深く宿りし数多の熱よ――御業をなぞり、線上を灯せ《ラグナ》!」
放たれた誓術は、炸裂音を響かせていた線に火を灯す。
引き換えに、闘技場の土は一段暗い色へ沈み、熱を奪われた冷たさを靴裏から伝える。
そして火は、瞬く間に線上を走り切り、繋がっていた黙獣へと届く。
誓神力の喪失による脱力に合わせて、痩せた男ごと派手に転んでみせる。
そして、素早く顔を上げ黙獣へと倒れたまま向き直る。
彼の黙獣の名は――ストラグス。
二足歩行の異様に首の長い、梟の顔をした黙獣だ。
人間の子供くらいの大きさで、羽のような腕から垂れる多数の金属質の触手を、祝福によって伸縮させ鞭のように扱う。
盾や誓術が無ければ、猛威を振るう。
ただし、誓術に弱く、怯みやすい特性があるが……何だか想定以上に燃えている。
焦げ臭さに、甘い樹脂のような臭みが混じった。
『クソッ、早々に仕掛けがハマりやがった! 運の良い奴め!』
ドルバン王子の言葉に、"黙獣を弱らせた"の真意を知る。
「うおおおおおおおおおお!!」
突如あの中心人物が雄叫びを上げながら、燃え盛る黙獣へと迫る。
……戦場でない戦いでは、何が起きているのか本当に分からなくなる。
筆が乗ってきた!
やっぱりバトルは書いてて楽しい笑




