地下の団結(2/2)
酒を浴びせられた男の怒鳴り散らした余韻が、柵の内側に残っている。残飯を口に運んでいた者たちの腹から、空腹の音が虚しく鳴った。
その様を見て、見張りたちは大笑いする。
「寸劇も良いが、さっさと上がる五人決めろよ。殴って言うこと聞かすのも面倒だ」
そうして見張りたちはまた談笑に戻る。
酒瓶を柵に投げつけて笑い、靴先で残飯を蹴飛ばした。
その挙動は酒気で鈍っている。
油断し切っている今ならと、壁際の影から一歩だけ滑り出す。
怒鳴った男の元へ、刃を当てるような距離で声を落とす。
「怒鳴るのは簡単だ。……君は、彼らに何を与えられる」
男の肩が跳ねた。
返答に言い淀み、怒鳴り返そうとして振り向くも、呆気に取られる。
「……誰だ、アンタ」
「港の件の後始末で来た。ここから全員で出る手段を授ける」
男の目が細くなる。疑いと、縋りたい気配が混ざる。だが悩ませてやる余裕はない。今ここで主導を握れなければ、勝算のない五人が売り出される。
「ここでの商品価値は、演出そのものだ。希望を掴める、それでいて絶望が深い。そんな使える三人を君が選べ」
「……もう俺が出ることは決まってんのかよ」
その時、ドルバン王子の声が響く。
『準備は終わったか? 投入口に立たせたら合図しろ』
「クソッ! 疑ってる暇もねえってかよ」
苛立ちながら中心人物が前へ出て怒鳴る。
「飯食ってなかったそこの二人、誓術使えたよな? 前に出ろ。
あと、飯食ってたヒョロガリのお前! 来い!」
「ええっ他にもいっぱいいるじゃないですか! なんで僕なんですか!? 絶対嫌です、何でもしますからどうか――」
痩せた男は泣き喚きながら懇願するも、中心人物に首根っこを掴まれ引きずり出される。
他の二人はその様子を見て諦めたのか渋々と出てくる。
……人選としては間違ってなさそうだ。
「オイ! これで良いんだろ。さっさと始めろや」
「そこの通路の先で暫く待ちな。モタついてたら後ろから火炙りにするぞ」
短い恫喝を聞きながら、通路に入る。
扉が閉められると、遠くから歓声がうっすらと聞こえた。
上から落ちる歓声は熱があるのに、通路の空気は冷えていた。外の灯りが、突き当たりに見える鉄格子の影を鋭く伸ばしている。
「ああ……まだ死にたくない、神よどうか慈悲を……」
痩せた男がなおも引きずられながらすすり泣く。
通路を進み、鉄格子に突き当たる。
その隙間からは、まばらな客入りと傷ついた黙獣の姿が伺える。
あの程度の黙獣ならば、私一人で容易い。
「みっともない……観客にでも命乞いしてろ。まだ助けてくれるかもな。
まあそれは置いといて。話に乗ってやったんだ、その全員助かるっていう手段を吐け」
その言葉に全員が私に向き直る。
「二回戦目の黙獣は君たちで倒すんだ。その一回だけで良い。そうすれば生きて出られることを誓おう」
沈黙に、観客のざわめきが刺さる。
「もうお終いだ……まだ黙王に祈った方がマシだ……」
「ハッ、何を言い出すかと思ったら――舐めてんじゃねえぞ」
胸ぐらを掴まれ、服の繊維が切れる音がする。
「兵でもねえ俺たちが、黙獣に勝てると本気で思ってんのか? しかも二回戦目って、より強い黙獣出されるに決まってるだろ!」
その反応は真っ当だ。しかし、救うことと時間を稼ぐを両立するにはこれしか思い浮かばない。
「……無策であの人数の見張りに刃向かったりしないだろう。黙獣相手だと怖くてできないのか?」
「まだ殺されない可能性があるのと、ないのとじゃ全然話が違うだろうが! ……だが、その挑発乗ってやるよ。隙見て逃げ出すのも失敗してるし、引き返すこともできねえ」
男はゆっくりと胸ぐらを掴んでいた拳を解く。
「いいか、お前ら! 俺の指示に従え! 何となくだが、お前らの祝福にあたりはついてる」
「分かった」「仕方ない」「嫌です」
痩せた男だけが拒絶を示す。
「これだから日銭漁りはよ……」
そんな締まらない団結を見届けたのか、閂が外れる金属音が、闘技場に響き渡った。




