闘技場へ(2/2)
闘技場の外周に沿って歩く。
上から洩れ落ちた灯りを頼りに、裏口を探る。
時間が経つと共に、微かな歓声とアルコールの匂いが壁を伝って降りてくる。
もう始まってしまったのだろうか、急がなければ。
慎重に歩みを進めてようやく、闘技場の壁面に錆びた小扉の姿を捉える。
二人の目線を受けて意図を汲み取り、《帰標》を短く展開する。
『見張りが眠ってなければ、ここには誰もいない』
小声で喋りはしたものの、自分の耳にすら届いたか怪しいその声量に驚く。
その口の動きを読んだのか、リゼルファが扉前まで滑り出る。
そして《燼華》を指先に灯らせ、鍵穴にゆっくりと捩じ込む。
錆の粉がこぼれるのを見ているうちに、無音で扉が開いた。
素早く中へと入り込み、扉を閉め一呼吸つく―― はずが喉の奥がえぐられた。
空気が薄く死臭を纏っており、思わず胃がせり上がる。
(酷い臭いだ……普段、何に使ってんだ)
セオに肩を軽く叩かれ我に帰り、《帰標》を今度は短く、広範囲にばら撒く。
すると地下から一箇所に固まった怪しい反応が上がってくる。
方向の種類からして新王国関係者は、そこには五名いるようだ。
そして二十名。行方不明者リストに記載のなかった人数が揃っていた。
人差し指を下に向け、その方角を差すなど、身振り手振りで二人に伝える。
汲み取った二人は動き出す。
どうやら巡回などは誰も立てていないようで、あっという間にその反応の元までたどり着いた。騒ぎがあれば各々好き勝手に逃げ出す、そんな手筈なのだろう。この興行の後ろ暗さが垣間見える。
石造りの回廊に、簡素な柵で区切られた区画が連なる。
その一画に労働者たちは押し込められていた。
十分な食事を与えられていないのだろう。皆やつれ、反抗する気力を失ったかのように顔を伏していた。
酷く殴られた者もいるようだ。
見張りの五人は、もう折れたと分かっているのか、酒臭い息で談笑に花を咲かせている。
上の歓声に紛れるのを知っていて、声量すら気にしていない。これなら多少の変化には気がつかなさそうだ。
『セオ隊士。あともう少しで黙誓術の効果が切れる。出番が来たら、興行を"盛り上げて"長引かせてくれ。終わりは合図する』
微かに聞こえるリゼルファの指示にセオは頷き、姿勢低くその区画へと滑り込んでいく。
少し目を離すだけでその姿を見失うので、この黙誓術がいかに強力かを知る。
『上に往く。変わらず、巡回の反応はないか?』
俺が頷くのを確認すると、リゼルファは黙って移動を開始する。遅れないように後に続く。
階段を駆け上がり、客席最上部へと躍り出る。
《帰標》で分かっていたことだが、客入りは多くない。
ここで闇雲に動いてしまっては目立つのではないか―― そう思った刹那、アリーナから轟音が響き渡った。
石が震え、上段の手すりから砂がさらりと落ちる。遅れて、まばらな歓声が上がった。
土煙が晴れると、そこには屍となった黙獣とそれを見下ろす黙獣がいた。
(黙獣同士の戦いを興行にしていたのか! だから物証があるって、そういうことか)
今更ながら目的を理解する。
歓声が収まると、壁面から突如として耳障りな声が響き渡る。
ドルバン王子だ。
ここにいると確信はしていたが、外れてなくて安堵する。
『下位二群同士の戦いは楽しめたかな? 私としては甲羅の方に勝ってもらいたかったが……まあいい。ここまでは余興に過ぎん。次はお待ちかね――』
『人間対、黙獣の戦いだ! 今日で店仕舞いだ、名一杯賭けてくれたまえよ!』




